第64話 ちくわ、ちくわ、鉄アレイ、ちくわ
△△△
「スタミナ切れを狙う作戦になるな」
オウルが言った。
プラン一。トゥーは破綻。しかも武器を積んでいた装甲車まで破壊されてしまっていた。手持ちのマシンガンも撃ち尽くした。
「予備の武器は……海パンなかのものだけですね」
「私もだ。少年は?」
「……俺は海パンはいてねえ」
「見ての通り素手と言う訳か。手持ちの武器でなんとかするしかないか」
話し合いながら、彼らはフカ雅との距離を測っていた。
オウルはマツリについて後方に構え、マイクルとトミカが前衛をつとめる。
マイクルが海パンを探りながら言う。
「少年、とりあえず私の銃を一丁――」
「いらねえ。俺はSHARK神流で出る」
「おい。何を考えている」
「こうなったらヤツの力の秘密を掴むしかねえ。敵の武術を知るには武術で挑むことだぜ。どういう定石で返してくるかで流派が分かる」
「特別な技芸を使っている形跡はない。それは見て分かる事だろ。ヤツの強さの秘密は武道ではない」
「隠してるんだ。手の内を知られないように。超常的な力は第三の力を使う武道にしかありえねえ」
「サメだって超常的だが武道家ではないだろ」
「このままやって逃げ続けられると思ってんのかよ」
「だとしても落ち着け。ヤツはサメ調査で二四時間、過酷な環境と戦う学会員だ。そんな生活に武術を持ちこむのは不自然。ヤツの秘密は何らかの特異体質にあると私は思う。だとすれば――」
議論の途中で、マイクルが黙った。
フカ雅が先ほどから動いていない。注視していると、口からよだれが垂れた。
「寝……ッ」
「寝てねえかオイ――なめやがって!」
「待て! もし特異体質だとしたらヤツの行動一つ一つには野生動物のような合理性がある、無防備な姿に騙されるな――」
「ただの特異体質でSHARK神流に勝てるか。サメ映画野郎が師匠を倒せるはずないんだ!」
制止を振り切ってトミカは突進した。
「子供がッ――だが確かに、このままという訳にはいかんか!」
マイクルもサポートに回る。
彼の言うとおり、フカ雅はただ眠っているわけではなかった。
サメやイルカが泳ぎながら眠るように、彼は脳の半分だけで眠って休息を取っているのだ。危険区域でサメ調査する学会員の習慣である。
彼らは警戒態勢を維持したまま、サメ映画一本分の夢を見ることすらできる。
「サメ映画は地獄で見やがれッ!」
正拳突きが薄皮一枚の距離に迫る。
フカ雅が目を開けた。ここから一瞬でポジションが入れ替わる。
恐ろしいスピード。気づいたときにはトミカは捉まっていた。両腕を掴まれている。
「ほうれ~踊ろうね~シェイクシェイク」
これが攻撃と言えるだろうか。
フカ雅はトミカを掴んだまま回転し始めた。
地獄のコーヒーカップ、あるいはオクラホマミキサーとでもいうべきか。
ベテランパイロットですら
このまま続けられれば脳への血液がとどこおり、失神。悪ければ死に至る。
しかもトミカが盾になってマイクル達は拳銃が使えない。
「クソッこれでは撃てない」
「いや――ここだ!」
マイクルを押しのけてオウルが発砲した。
狙ったのは回転するフカ雅の足下である。そこだけは無防備になっている。
「ヒョッ」
フカ雅は飛び上がって躱した。ジャンプしたことで回転軸がズレた。フカ雅はトミカを解放した。
彼の体が遠心力で吹っ飛ぶ。
マイクルが回りこんで受け止めた。交通事故のような衝撃。
「これだ! この異常な力」
通常の方法では相殺できないと悟り、マイクルは地べたをぐるぐる回転して受け身を取った。
この際に使用されたジュードーの応用技術は二〇種類あまりにおよぶ。
ガードレールから落ちるギリギリのところで彼らは止まった。
「トミカくん!」
マツリが金切り声を上げて駆けつけた。
起き上がろうとしてトミカは頭から転んだ。
「だい……だい――」
「大丈夫ってすら言えてないよ!」
マイクルもふらつきながら立った。
「すま、すま――」
「『済まねえ』って言いたいのは分かった。だが仕事は果たしたぞ少年。今のでヤツが武道家じゃないことがわかった。あんな攻撃、パワーさえあればアルプスの少女にだってできる」
武道にあるべき合理性の欠如。ジュードー家のマイクルにはそれがはっきり分かった。
「だ、だ――」
「『だが天然であんな力はありえない』それには同意だ。あんな力をもつ生物など私もサメくらいしか知らない。ヤツには武術以外の秘密があるのだ」
フカ雅は、酔っ払ったバレリーナみたいにくるくるしていたが、おどけたポーズで静止すると、こちらを見た。
「次は誰と踊るかいね?」
「あば、あば――ッ」
曝いてやるぜ。トミカは飛び起きようとした。
つもりだが、まだダメージは抜けておらず、前のめりに頭を打ち付けた。
「守らないと」
マツリが声を上げる。
クイントは主の願いを感じ取った。彼は小さく鼻を鳴らした。
マツリも彼の主張を理解した。
「……いいの?」
クイントが肯定の声を上げる。
マツリは兵糧丸を取り出すと、クイントに食べさせた。
なお彼は特殊な訓練を受けたアキタ・ドッグである。ご家庭の犬にマツリ玉を食べさせてはいけない。
さすがの栄養素。マツリ玉を食べた途端、自然界では小柄な部類に入るアキタ・ドッグの体が、一瞬で巨大化した。
強い顎。長い足。逞しい胴。ふさふさの尻尾。その体格はまさに獅子レベル。
吠え声も太く大きくなっていた。
カエルしかり狐しかり、ニンジャのオトモは巨大化しがちだが、そんなことはもちろん彼女たちとは何ら関係がない。
「お願い。みんなを守って」
マツリは愛犬へクナイを与えた。
クナイを咥え彼はオーダーを実行した。素早い動きでフカ雅を翻弄したのだ。
「ヌッ? ヌヌ!」
尻尾で目をくらまし、隙あらば口のクナイで傷をつけた。
相手が反撃を試みたときには、すでにクイントは距離をとっている。
犬は柔軟性で人間を大きく上回る。
それにより高速のUターンや、カーブ、稲妻の切り返しが可能。加えて姿勢の低さもアドバンテージである。
本気になったアキタ・ドッグを捉えることはフカ雅といえども困難を極める。
「ヌフゥ……イヌゥ!」
「嫌がってる! もう少しだけ頑張って、クイント! ちくわ! ちくわを食べて!」
クイントはちくわが大好き。
マツリもボディスーツのちくわケースにちくわを常備している。
複雑に動き回るクイントに、ちくわを上手く投げてやれるのは彼女だけである。
ちくわ。ちくわ。時にクナイのお代わり。ちくわ。このルーチンである。
ちくわで体力を回復させながらクイントは仕事を続けた。
その隙にマツリはトミカに兵糧丸を食べさせてやる。
「ヴォエッ!」
彼は力を取り戻した。時間稼ぎの成果である。
クイントが戻ってきた。兵糧丸の効果が切れたのだ。一日に何度も使える技ではない。
「ありがとう、休んで。後は私が!」
マツリがクナイを放つ。
「サメェ!」
火花が散った。
フカ雅が歯でクナイを噛み止めていた。しかもサメのような顎の力でクナイを噛み砕いている。
「ウマイッ! クナイ、ウマイッ!」
「躱された?!」
「どうかな」
オウルである。彼は一呼吸のうちに三度引き金を引いた。額。心臓。
「ぶぇええ~」
フカ雅は噛み砕いたクナイを吐き出した。
恐るべき肺活量で吹き付けられた破片はまるで散弾。オウルの弾丸がすべて撃ち落とされた。
「なんだと……」
「おいでぇ~サメちゃんよォ~」
フカ雅は口内の血を上空へ吹き出している。
血の臭いを嗅ぎつけて、橋の下でサメたちが騒いでいる。
サメが喜ぶのが彼にはたまらなく嬉しいらしい。
自らの血をシャワーのように浴びながらフカ雅は笑い続けた。
「カワイイねぇ~サメちゃんカワイイね~」
「異常者め……!」
笑うフカ雅の背後へマイクルが回りこんでいる。
オウルがガン=カタで動きを止め、その間にマイクルが接近する。彼らの必勝パターンである。
「――ヌッ」
「もう遅いッ! 襟をとった」
襟をとったジュードー家の戦力は巨大ザメに匹敵する。おそらくスティーブン・スピルバーグですらタダでは済むまい。
マイクルのフェイバリット、一本背負いがうなる。
が、動かない。
マイクルの脳裏にメガロドン級のサメの像が浮かぶ。
しかも、そのとき彼が感じたのはエンジンにふれたような熱だった。
「なにィ――これは……貴様はッ」
「オッホ! 一七〇〇バーグ! なかなかのジュードウ家よ
フカ雅がマイクルの
だがジュウドウ家の本能がアラームを鳴らす。
枯れた老人の腕が、マイクルには巨大サメの顎に見えた。
「いけないッ」
なりふり構わず飛び退いた。
受け身を繰り返して転がりながら、マイクルはオウル達のところへ戻った。
「マイクル!」
「隊長……あぶなかった……」
たった一合のやりとりでマイクルは一気にやつれていた。そんな彼にオウルはこう言った。
「マイクル、ミッションコンプリートだ」
「ええ」
「え?」
トミカとマツリには初めその意味が分からなかった。遅れてマイクルの手のなかにあるものに気づいた。
手榴弾のピンである。
あの死を覚悟するような一瞬にマイクルは置き土産を残してきたのだ。
ボロボロになったフカ雅の帯に、手榴弾が三つほどねじこまれている。
「あらあ?」
「帯をとったぞ。バーグ・ジュードー『榴弾落とし』!」
マイクルが指を鳴らと同時に爆音が響いた。
「サメ用の禁じ手だ。学会員のあんたなら気に入ってくれたんじゃないかな?」
「すげえ……」
トミカが歓声を漏らした。
至近距離の爆破。普通なら生存は不可能である。
「素晴らしい仕事だマイクル。グミ食べるかい?」
「メチャ疲れたんで三つもらえますか」
「ぜんぶ持ってけ」
「恐ろしいヤツでした。それともう意味はないですがヤツは――」
「儂にもグミちょうだい?」
背後にフカ雅がいた。それも傷一つ無い姿で。
「――なんだと!」
「あの爆発をどうやって――」
「ん? 爆風よかちょォっと速く、のォ~……あれじゃわ……何じゃったか?」
「ええい――!」
オウルは飛び退きながらバックハンドブローをはなとうとする。その時である。
クイントが吠え始めた。
威嚇ではない。その場の全員に危険を知らせるような鳴き方だった。どこからともなく異様な気配が近づいてくる。
「オホッ来た来た!」
フカ雅が歓声を上げた。
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