第63話 左右シャーク入場


△△△


 一方ハンサムは――。

 「ぱくぱくシャークランド跡地」にも火の手が上がっていた。


「ミサイル! 全弾発射~ク!」


 逃げるハーレーをミサイルが追いかけていく。

 背後で次々に爆発が起こる。


「おジョーズなバイクさばきだけど無謀だから~」

「今だから言うが、お前のサメジョークで笑ったこと一度もないぞ」

「許さん」

「こっちのセリフだ」


 エンジンを吹かしてスターライトは接近を試みる。

 シャクティもじっとしてはいない。反重力装置で泳いで下がっていく。

 追っていく間にも誘導ミサイルが迫る。

 スターライトは後部座席のハンサムへ指示を飛ばす。


「――ハンサム! 防御の方は頼む」

「無茶だ――クソッ!」


 ハンサムの体が勝手に動いた。

 彼は目の前のミサイルを手刀で払った。シャイニングの回し受けとまではいかないが、見事なパリィだった。

 ミサイルは軌道を逸れて建物に炸裂した。


「――できた」

「『ジャニ』の成果さ」

「また適当なことを! だが次はやれる自信がないッ!」

「次はいい。合図をしたら飛びおりろ――今だ!」


 訳も分からず従った。

 なんとか受け身を取ったところで、ハーレーがシャクティへ迫っていくのを見た。

 ミサイルの一発が車体をかすめた。ガソリンタンク付近から火が上がった。

 スターライトは加速する。


「くたばれクソメガネ!」


 彼女は飛びおりる前に、バイクをウィリーさせた。

 燃えさかるバイクがサメパジャマへ突っこんで、爆発した。


「スターライト!」


 投げ出されたスターライトを、ハンサムが走って行って受け止めた。


「大丈夫か」

「助かった。紳士に教育して正解だったな」

「コキ使ったの間違いだろ。やったのか?」

「だといいが」


 バイクは黒煙を上げて燃えている。

 相手が普通のサメなら、これでエンドロールだったろう。

 爆煙の中からサメのシルエットが現れた。

 サメパジャマはメガロドン並の耐久力を備えているのだ。


「今のは、ちょびっと熱かったよ? ぜんぜん無意味だったけど~」

「ミサイルはカラになったようだな。残っていれば誘爆させてやれたのにな」

「せいか~い」

「どうするシャクティ? まな板の上のサメとはこのことだぞ」

「ミサイル凌いだごときで勝ち誇るとか! 真のサメはミサイルに頼らない!」


 シャクティはぴょんと跳ねると、体をくねらせ、空中を泳ぎ始めた。反重力装置の力である。それにしても本物そっくりの泳ぎっぷりだった。


「速いッ!」


 一気に加速して迫って来る。

 鋭い前ビレがスターライトを掠めて行った。

 薄皮一枚のところで僧衣が裂けている。


「真のサメのヒレは北極の氷さえ切りさく! ヒレも持たない失敗作くんには無理だけど~」


 スターライトが舌打ちする。

 二人が体勢を立て直した時には、シャクティは宙を泳いで、すでに遠くにいる。


「舐められてるぞハンサム。お前の力を見せてやれ。ブッ殺せ」

「いやいちいち怖いな。それに、俺はトミカと違ってSHARK神流の稽古は――」

「来たぞサメキチ女が。ボゴボゴにしろ」

「くそ――」


 ハンサムはとっさに腕で受けた。北極の調査基地をも壊滅させるサメの前ビレを受け止めたのである。


「あらあ?」

「で、できた。また」

「良し。『ジャニ』の成果だ。一つのことを極めた者は別の分野でも成果を発揮するものさ。武蔵もそう言っている」


 一芸は道に通ずる。

 一つの技芸を修めた者は、他のジャンルでも応用を利かせることができる、という、宮本武蔵の言葉である。 

 剣を極めた武蔵が、仮にサメ映画を作ったなら、やはり素晴らしいB級映画ができたことだろう。逆にスティーブン・スピルバーグが剣を取ったなら、やはり小次郎を見事に爆殺していたに違いないのである。

 ジャニもまた同様。

 ジャニを習得する過程で、ハンサムは戦闘の骨子こつをも習得していたのである。


 余談ではあるが、ジャニと戦闘の相性の良さは「実写版」と呼ばれる映画を観れば明らかである。

 「実写版」のキャストには度々ジャニの達人たちが起用される。

 なぜならジャニを極めた彼らなら、スタントなしでバトルシーンを演じられるからである。

 「実写版」のアクションシーンはすべて実際の戦いを撮影しているのだ。

 一歩間違えれば爆死、滑落死、斬死は当たり前の世界。演技に加え武力を必要とする「実写版」のキャストは、ジャニかプロレスラーにしか務まらないのである。ジャニの道はすべてに通ず。


「これを仏教用語で『タレント器用』という」

「嘘つけ!」


 再びシャクティが斬りかかる。今度ははっきりと意思を持ってハンサムが受け止めた。


「スターライト。シャイニングさん。感謝します。あなたたちに授かった力でシャクティを止める」

「あっ……ふーん」


 鼻を鳴らすと、シャクティはゆっくりと下がっていった。あまりに悠々とした動きなのでハンサムも追撃の機会を逃してしまう。


「別にこのままでも余裕だけど~。半端者に調子コかれたんじゃ、サメとして示しがつかないってわけで……イカれたヤツらを紹介するわよー。シャーク! シャーク!」


 前ビレで手拍子しつつシャクティが叫ぶ。

 またもや地下施設を破壊しながら何かが上がってきた。


「またか」

「気をつけてスターライト。下から来る」


 新たに二つ、地面に穴があいた。

 飛び出てきたのは、黒々した逞しいサメと、遺伝子操作の結果か、鮮やかなピンク色をした綺麗なサメだった。いずれとも呼吸装置と反重力装置を身につけて、宙を泳いでいる。

 依然、高揚状態のシャクティが彼らを紹介した。


「まずはママシャークの頼れる右腕ッ。サメが強いのは当たりまえ! サメ学会には内緒にしてくれ! 違法レベルのハイパワー! ブラックシャークくんだァー!」


 紹介に応えるように、黒い方のサメがくるりと宙を泳いで見せる。体長は十メートルもないが、ドーピングを疑うほど立派な体格をしている。


「お次はママシャーク自慢のカワイイ左腕ッ。このキュートさに死角はないッ! バランスの良さに定評のあるピンクシャークちゃん入場だァー!」


 やはりピンクシャークが進み出て、お辞儀するかのように回った。やや小柄で理知的な目をしたサメだった。


「強い! カワイイ! そんなヤツらが今宵ミートバーグに上陸ゥウウウ! 今日から地上最強はお前らだッ! なお、実況はシャクティ・スペックことゴッド・マム・シャークがお送りいたします。あ、マイク使えばよかった」


 シャクティはマイクを探そうとして、一瞬でどうでも良くなったようだ。左右のサメたちに号令を下した。


「ふたザメとも、ママのために働いてね! 失敗作くんの手足は喰ってヨシッ! 肝臓も一口だけなら喰ってヨシ!」


 左右シャークの目が赤く光る。

 予想外に鋭い動きでピンクシャークが突進してきた。


「速い」


 ハンサムが受ける。

 が、反撃する前にピンクシャークは元の位置に引いている。

 そしてまた牽制、と押し引きを繰り返す。

 ハンサム達は深く追えない。

 ブラックシャークの方が、体をたわめて食らいつく機会を狙っているからだ。

 ピンクシャークが牽制し、いざとなればブラックシャークがとどめを刺す。

 まるでボクシングのジャブとストレートのようだ。


「なんだこのコンビネーション」

「野生動物にこんな知能があるのか? それともクソメガネが何かしているのか?」


 シャクティはヒレを組んで笑っている。


「ンッンー? どうしたのぉ? 全然攻めてもらってかわまないんだど? それにもたもたしてたらフカマサおうの相手をしているお友達の方がもたないんじゃなくて?」


 一キロ後方から銃撃の音が響いてくる。音だけでも相当な激戦であることが分かった。


「トミカ……マツリ……」


 実際、トミカ達はフカ雅を攻略しようと躍起になっていた。


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