第62話 サメちゃん流「弾丸滑り」


△△△


 師弟は戦いの構えをとってサメパジャマと対峙した。


「見た目に騙されるなよ、ハンサム」

「――ええ」


 シャクティは一見、サメ型のパジャマを来た少女にしか見えない。外見が若すぎることも奇妙だが、なによりこのパジャマ型スーツである。

 IQ八九八九。あらゆる分野の学問を百年は進めたと言われる、天才シャクティ博士の発明品である。カワイイだけのはずはない。その証拠に地面から少し浮いている。


「シャクティ……浮いてる。スゴイ!」

「お前……そのデザインはないだろ。年齢を考えろ」

「凡人共の喝采が聞こえる……! ここにいるのは崇高なるサメちゃんッ! サメちゃんは噛む。すなわち噛み。神!」

「バカかお前は!」スターライトが発砲した。

「サメに銃がきくかバカッ!」


 着ぐるみのシャクティが空中でロールした。弾丸は着ぐるみの表面に弾かれてしまった。その動きはまさにサメ。スーツの力なしには不可能な行動だった。

 しかも弾はS.H.B.Bからぶんどった実弾である。それがパジャマみたいな薄布に防がれていた。

 シャクティはよちよち歩いていって、前ビレでマイクを拾い上げ「おわかり?」と言った。


「説明しよう。このキュートなサメボディには超スゴイサメ肌。超スゴイ人工筋肉。最新鋭の反重力装置が標準装備されているのだ! しかもシャークフレームの採用により、脳波で操作可能! その他あらゆる生態を兵器で忠実に実装しました! ぱくぱくカワイイえらの動きもジョーズに再現! 一にして全。アルファにしてオメガ。最新にしてレガシー。あらゆるサメのお母さん! 太母ゴッド・マムシャーク・シャクティさんだ! 痛っ」


 叫んだところに銃弾が当たって跳ねた。

 スターライトが無言で撃ったのだ。スゴイサメ肌のおかげで無傷だが、さすがに衝撃はあったようだ。


「ん~? なあにぃ?」


 スターライトはさらにもう一発撃ちこんでから、中指を立てて見せた。


「丁寧な説明いたみいる。これはその礼さ」

「あらあ~礼儀正しい~。さすが仏教徒、死ねば良いのにぃ~」


 シャクティも首を掻き切る仕草で応じる。

 そして持っていたマイクをボンっと地面に叩きつけた。コワイ。とハンサムは思った。


「それじゃあ今度はサメの番~。ミサイルッ! 発射ークッ!」


 サメスーツのエラからコバンザメ型のミサイルが放たれる。

 周囲はたちまち火の海になった。


「うわあ! 爆発! サメの天敵爆発だ!」

「ハンサム、私の後ろへ。スケートは邪魔だ、その辺に捨てとけ」

「爆発してる!」

「うるさいっ」


 スターライトがバイクのエンジンを吹かす。逃げながら、ハンサムもその後ろに飛び乗った。

 シャクティは笑い続けている。


「このサメの威力! サメが好きィイイイイイイ!」

「シャクティ! あのアマブッ殺してやる」


 バイクをのたうつように操ってスターライトはミサイルを躱している。さらに騎乗のまま銃を抜いて撃ち返しはじめた。


「サポートしろハンサム。ミサイルが当たりそうになったら撃ち落とせ」

「無茶な!」



△△△


「プラントゥー!」


 マイクルの声が響く。トミカ達は陣形を整える。

 プランの二つ目。範囲攻撃である。接近される前にカタをつける。


「――全員! ワンちゃんも目をつぶれ!」


 隊長の判断は速かった。

 プランを切り替えるやいなや、ビキニへ手を突っこんだ。そして輝く球を引き抜き、地面へ叩きつけた。

 これも打ち合わせ済みである。男たちは目をかばい、マツリはクイントへサングラスをかけた。

 一帯が白く染まる。閃光弾である。


「オワッ」


 フカ雅に直撃した。これで数十秒は視覚を奪えたはずである。


「そしてマイクルッ!」

「了解! ぶっ殺してやる!」


 車からサブマシンガンを取り出すと、マイクルとトミカは、一斉に掃射した。

 銃弾の雨が交差しつつ学会員へ迫る。


「どう逃げようと逃げ場はないぞ!」

「ンフ~そうかいそうかい」


 目も見えず、銃弾に晒されようというその時、フカ雅は奇妙なことをした。

 耳に大きな輪飾りをつけていたのだが、彼はそれを指でつぶした。

 なかに液体が入っていたらしい。それが飛び散って全身をおおった。

 オウルたちには知るよしもないが、それはサメの肝油から精製した学会員特製のローションである。

 それは酸素にふれると、数秒のあいだは比類無い潤滑性を示す。

 マシンガンの弾さえ滑らせるほどの。


 秒間一〇発を超える弾丸がすべて皮膚で滑ってそれていく。

 もちろん、いかなる潤滑油があろうと常人なら全身の骨を砕かれ、半年は病室でサメ映画を見ることになる。

 だがフカ雅はフラフープのように体を蠢かせて衝撃を逃がしている。


「オホホッくすったいのう

「野郎この銃弾の海で阿波踊りをしてやがる!」

「撃ち続けろマイクル! 少年! 潤滑油ローションを焼き尽くすんだ!」

「化物が――ッ!」


 弾丸を撃ち尽くすかどうかという頃、オウルが眉をしかめた。

 フカ雅のキモノが奇妙に蠢いている。

 ガン=カタで銃に慣れた彼だからこそ違和感に気づけた。

 弾丸の抜けていく気配がない。ローションで滑った弾丸がどこにも着弾していないのだ。

 彼の感覚は正しかった。

 外からは見えないが、フカ雅の体に触れた弾丸は、深く刻まれたシワの上を、モノレールのように滑走していた。

 フカ雅の阿波踊りめいた動きは、弾丸をフラフープのように回すための運動でもあったのだ。

 恐るべき弾丸回しのテクニック。

 つまりキモノの下では、無数の弾丸が勢いを保ったまま、体表を滑り続けている。まるで惑星の重力に囚われた隕石のように。

 オウルが叫ぶ。


「――いかん! 射撃中止だ!」

「んふふふ~シャーク! サメちゃん流『弾丸たま滑り』!」


 フカ雅の動きが反転した。すべての衛星を発射するための動作である。

 キモノが内側から吹き飛ぶ。

 撃った弾丸がすべて、しかも一斉に帰ってきた。


「何ィ――ッ!」

「伏せろッ伏せろー!」

「避けきれん――!」

「ニィインッ!」


 マツリのニンジャシャウトが響いた。

 フェアレディの残骸が飛び散る。

 装甲車のほうにも流れ弾が当たった。運悪くガソリンタンクを傷つけた。たちまち車両は爆発、炎上した。当然、中にあった武器も失われた。

 弾丸は地面もえぐった。

 だがそこに立っていたはずのオウル達の姿がなかった。

 

「ヒョッ? 消えおった」


 フカ雅が目をしばたいた。閃光弾のダメージから早くも回復しつつある。が、さすがに気づくまでは時間がかかった。

 四人と一匹は上空にいた。

 着弾の寸前に上へ逃れたのだ。だが、誰がどうやって?


「――そんなとこに、まあ。誰かい? 誰が何をしたんか? ン?」


 フカ雅が首をかしげるが、それはトミカ達も同様だった。


「何があったんです? これは隊長が?」

「いいや……分からんが助かったようだ」


 トミカにも分からなかった。何かがぶつかって来て、気づいたら上空にいたのだ。

 着地してから、体をあらためめてみたが、銃弾は一発も食らっていなかった。

 誰かがかばってくれたとしたら、物凄い速度で動いたことになる。

 少し遅れて、ニンジャ・カイトのマツリとクイントが下りてきた。

 彼女は尻餅をついた。


「痛……みんな無事? 一体どうなったの?」


 トミカはフカ雅へ残心しつつマツリをうかがった。

 一体誰が自分たちを助けたのか。オウルでもマイクルでも彼でもない。だとすれば。


「……まさかな。それよりどうする?」


 トミカはS.H.B.Bの二人へ意見を求めた。

 マシンガンは撃ち尽くした。

 武器他の武器は車両ごと燃えてしまっていた。

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