第61話 『さゆり』
△△△
一キロ先のシャークランドに明かりが灯るのが、トミカのところからも見えた。
彼らは燃え上がるフェアレディを挟んでフカ雅と対峙しているところだった。
フカ雅が仕掛けてくるには車を回りこむ必要がある。彼らにとってはチャンスである。
オウルが銃を構えたままタイミングを探る。
「行かせてくれるとはな。いや、追いつけなかったんだ。 動ける時間には限度があるんだ。バイク以上のパワーは出せても、同じ距離を走り続けられるわけじゃない」
フカ政は風の中に佇んだままである。口から唾液が糸を引いている。
姿は徘徊中の老人にしか見えない。それが笑うと途端に妖怪じみてくる。
「ええんよぉ~行っても。この先は行き止まりじゃけんねぇ~キミらをチョイしたあとに……ねえ?」
「後を追ってハンサム少年のバックを取ろうというつもりか」
「やらせねえよ」
トミカが構える。
マツリが割って入った。
「待って!」
「んん~?」フカ雅が首をかしげる。
「あなたの目的はサメの研究なのでしょう」
「んん~」
「サメの研究がしたいんでしょう?」
「んん……」
「でも、研究にこんな危険なことが――」
「――お嬢ちゃんよ」
「はい」
「どしたん、その格好。セクハラは公共機関に相談せんといけんよ?」
たちまち男たちが抗議した。
「おい、失礼なことを言うなよ」
「この子は趣味でこの格好をしている。我々は関係無い」
「俺らは止めた側なんだよ馬鹿野郎!」
「……そうなんかい。ファッションかい。お爺ちゃんサメのトレンドしか分からんわ」
マツリは辛抱強く、
「……協力し合うみちもあるはずです。ひどいことをしなければ、彼だって研究に協力してくれます」
「彼ぇ? サメ人間のことかい」
フカ雅が身をよじって笑いはじめる。
全員が耳をおおうほどの声量だった。炎までが揺らいでいる。
「カレッ! あれはサメぞ!」
「そんな言い方はやめて下さい。彼は人間です」
「人を喰うぞ」
「彼は兵糧丸しか食べません!」
哄笑がひときわ高まってはじけた。
「人を喰わぬサメなどおらぬわ!」
炎が薙ぎ倒し笑い声の爆風が吹き付けた。
「でも彼は――!」
「やめとけ。お前は誠意を尽くしたぜ」
言いつるマツリをトミカが下がらせる。
フカ雅の気配が変わっていた。
フカ雅の腰に瓢箪が下がっている。中身は学会員が愛飲するサメ酒である。殺人的なアルコール度数を持つ。
彼はサメ酒を口に含んだ。胸部が蛙のように膨らむ。
「ンン~ッ」
「来るぞ、みんな散れ!」
人並み外れた肺活量。吹き出されたアルコールが炎に引火した。
まるで巨大ザメのような規模の炎が一同を襲った。
「大丈夫か!」
「下がれ、下がってろ!」
男たちが気遣うも、マツリとクイントはすでに飛び退いていて無事だった。
特殊な素材でできたバトルスーツは、彼女の感覚を増幅してくれていた。その探知力は常人の三千倍。
いいえと彼女は言った。
「下がりません。私も戦います。あんなふうに嗤われて友達は渡せない」
バトルスーツのホルスターから
意外にもマツリの放ったこのクナイが、フカ雅への第一矢となった。
△△△
「オホッニンジャ!」
フカ雅はクナイを素手で弾いた。
「ごめんなさい。躱された」
「いや、あれでいい。当たらなくとも少しでもヤツに体力を使わせたい」
オウルがマツリを下がらせる。
依然、両陣営は炎をあいだに挟んで向かい合ったままである。
フカ雅に緊張感は見られない。それどころか、よそを向いたり鼻をヒクヒクさせたり別のことに気を取られる様子すらある。
「いやぁ~ここはええね~。エエ海ッ! サメちゃんの匂いがプンプンするね~」
「……暢気なこと言ってやがる。クソ映画野郎が」
「観光気分か。だが早まるなよ少年」
「みんな、プランを忘れるな」
彼らにはあらかじめ立てたフカ雅対策がある。
プランは三つ。
それをリスクの少ない順で実行していくと決めていた。
プラン一はアイテムである。
拘束用の兵器を使ってフカ雅を無力化する。たとえ屈強なレスラーも布団一枚で拘束は可能である。要はやり方なのだ。
プラン
まだ、弾丸と見まがう速度で移動できるが、ツバメのように切り返せるわけではない。
方向転換するにはスピードを殺す必要があるのだ。
つまり、超スピードで回避行動は続けられない。
理論上、反撃の間を与えず攻撃し続ければ、いつかはヒットすると考えられる。
プラン三。
スタミナの枯渇を狙う。
フカ雅は速く、強い。しかしその力を持続できるわけではない。
街から港までの移動速度は驚異的というほどではなかった。港から去る際にもサメを乗り物に使った。スタミナでは中型ザメにも敵わないのだ。そこを、突く。
しかし、このプランはもっとも危険度が高い。長時間の交戦が必要だからだ。
なお、この話し合いのあいだ、マイクルがプランツーのことをプラントゥーと言うのに全員がイラついていたのだが、それは本編とは何ら関係がない。
「まずはプラン一からだ」
「ええ! プラントゥーはいささかリスクがありますからね!」
「……ああ。ともかくヤツには油断がある。そのあいだに決着をつけたい」
「ええ! プラントゥーが必要になる前にですね! いいでしょう! 私たちが気を引きましょう」
「いいや。すでにやっている」
フカ雅の注意がサメに向いていた時である。すでにオウルは、隠し持っていた小型のバケツ型容器を放っていたのだ
熟練のバスケット選手のような、死角をついた背面投げ。
バケツが真上からフカ雅へ落下した。
蓋が開き、なかからスライム状のものがこぼれた。
「ヒュー! 出たぞ、隊長のビックリドッキリ捕縛メカ! 絶対束縛スライム『さゆり』だァーッ! さゆりィイイイイ! コールはどうした少年たち!」
「そのイカれたノリに俺らをまきこむなよ」
スライムが老人の体を被った。
フカ雅の姿は琥珀に閉じ込められた昆虫のようだ。
もがくが、その動きがスローになっている。
「ヌ? ヌッ! 重ォい!」
これが巨大ザメすら鎮圧する強力トリモチ『さゆり』である。名前の由来は定かではない。
体温に反応して『さゆり』はトリモチ状に化学変化を起こす。
そうなると衝撃に強く、しかも無類の粘着力を示す。
その束縛力は、さながら鋼でできた
しかも重い。これが『さゆり』である。
「ンン~ッ」
フカ雅が体を震わせはじめた。
炎を吹き飛ばしたあの身震いだ。
しかし『さゆり』はそんなことでは離れない。獲物が拒むほど粘着し、可動域を奪っていく。『さゆり』はそういう女だ。
「ンンンッ!」
「無駄だ。一度絡んだら『さゆり』は離さん」
「隊長、いつでも撃てます!」
「良しッ!」
三人の男が銃を構える。
引き金へ力を込めたところで『さゆり』が発泡スチロールのように砕け散った。
「何ッ!」
「オイッ話が違うじゃねえか!」
「バカな……振り払えるものではない。物理的に無理なのだ。力を加えれば粘度が増す材質なんだ。あんなふうに砕けるはずがない」
「なってんじゃねえか」
「くそう、これではプラントゥーに移るしかない」
「――うるせえッ」
トミカはやけくそで撃とうとする。飛び散った『さゆり』が銃に付着していた。
それは完全に粘度を失っていて、なぜか火傷するほど熱かった。
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