第60話 ボーロだからさ


△△△


「待ち伏せされていたとは。街のどこかにカメラを仕掛けていたのか、それともこちらの行動を呼んでいたのか」


 ハーレーを駆って橋を突っ切りながら、スターライトが呟いた。


「シャクティはすでに逃げているのでは?」

「いや、すでに危険な時刻が迫っている。船を出すなら、その時刻が過ぎてからのはずだ」


 橋の終わりまでは問題なく侵入できた。

 島に着いた。

 まず、駐車場だったらしい広い空間があり、受付小屋が見える。その背後はすぐにそびえるぱくぱくシャークランドだった。近くで見ても、やはり要塞じみている。

 暗闇の静寂にエンジン音が響く。


「ここに侵入するのは……スターライト、かなり危険なんじゃないか? 罠とかがあったらその回避方法は訓練していない」

「――その心配はなさそうだ」


 城砦へいっせいに灯りが灯った。

 飛行ザメ対策か、サーチライトが空を舐める。

 とっさに二人は目を守った。

 いっきに真昼のような明るさである。


「でたな――」


 手のひらで光を避けながら、スターライトが睨む。

 城砦のステップを下りて、小柄な影が近づいてくる。

 人影が受け付け小屋を通り過ぎると、頭上に懸かっていた『ぱくぱくシャークランド』のネオンサインが金色に輝いた。

 人影の頭髪もまた黄金色をしていた。

 肌は母方の遺伝で褐色。

 白衣が、清らかな羽のようにひるがえった。

 彼女は王者のようにゆっくりと近づいてくる。


「――芝居がかった登場をしてくれるじゃないか、シャクティ。いや……シャーク専用クソメガネ!」

「待ってたよ」


 スターライトの言葉をあどけない笑顔で受け止めて、彼女、シャクティ・スペックはハンサムへ歌うような声で告げた。


「戻ってきてくれたね、ボディ」



△△△



 シャクティ・スペックの姿がまばゆい光を浴びて輝いている。


「サメが好き」


 シャクティはその場でくるりと回った。白衣の背に血で文字を刻んであった。


――いっぱい食べるキミが好き――


「……学会員に復帰したのか」

「だってサメが好き。市長も死んじゃったし、あなたにも見つかっちゃったし、もう身を隠す必要ないもの」

「今のお前にサメ好きを名乗る資格があるのか」

「黙ってね~。サメのことでとやかく言われたくない」


 その時、突き上げるような揺れが起こった。

 サーチライトのなかを粉塵がきらきら降りそそぐ。

 シャクティは両手を挙げて光を浴びている。その手に起爆装置らしきものがあった。

 揺れがやんだ。

 建物は崩れるまでには至らず、灯りさえついたままだった。

 爆発は地下のようだとハンサムは悟った。


「すでに出港準備は整った。地下施設は機密保持のため破壊する。『時刻』が過ぎたらこの島は沈没する。そういうふうに爆破しておいた」


 シャクティの口調は相変わらず詩でも詠み上げるかのようだった。

 スターライトが一歩距離を詰めた。


「逃げ切る気か。たいした自信だな」

「これは計算というんだよ」


 ハンサムも彼女に近づこうとした。


「君が、シャクティ……」

「あッあ~やめて。黙って。キミは何も言わなくていい」


 ハンサムは次の言葉を待った。

 シャクティの笑みが深まる。反比例するかのように声だけが冷たくなった。


「――『彼』ならそんな話し方はしない。ダメじゃない。失敗作が人間ぶったりしちゃあ」

「シャクティ――」

「あなたはハカセと呼びなさい。なれなれしいからぁ~」


 シャクティは愕然とするハンサムを無視するとスターライトの方へ向き直った。


「SHARK庁のオフィスを破壊してくれたのはあなたたち? まあぜんぜん気にしてないけど?」

「……なんの話だ?」

「そんなことしても無駄だから~。私は永久に研究を続けるだけだから~。そのためにボディは返してもらう」


 シャクティが指を鳴らした。

 建物から武装した警備兵が飛び出してきた。

 顔を隠すマスク。

 最新鋭の真っ赤なパワード・全身タイツ。

 博士に心酔し、服従を誓う親衛隊である。

 その忠誠心は狂信の域に達し、常に博士のブロマイドを携帯しているほどである。戦力においては通常のビキニ警備員の三倍にも達する。


「見せてもらおうか。サメ人間の性能とやらを」

「サメ狩りとは常に二手三手先を読んで行うものだ」

「見えるぞ、私にもサメが見える」


 呟く言葉からも戦歴の経験が見て取れる。

 シャクティは彼らの口へ乳ボーロ的なものを放り込んでやると、命令を下した。


「みんな~。ボーロを食べたらお仕事の時間~。私のために失敗作を鎮圧してね~」

「勝利の栄光を、少女に」

「ハカセ、私を導いてくれ……」


 対シャーク専用マシンガン、捕獲用電磁ネット、ビーム刺股。最新鋭の武器を手に赤い親衛隊が殺到してくる。


「呆けるなよハンサム。皆がお前の帰りを待っている」

「……ああ!」

「オラッ!」


 スターライトがハーレーを蹴飛ばした。

 車体にセットしていたローラースケートが宙に舞う。

 さらに衝撃でステレオシステムが起動。

 孤島の静寂をダンスミュージックの津波が包んだ。


「ジャニ!」


 師弟は息を合わせてきりもみ回転でジャンプした。

 着地したときには、すでにローラースケートを装着している。


「準備完了。ハンサム、戦闘開始ショータイムだ」

「そのつもり!」


 ミュージックに体を浸し、ハンサムはジャニのポージングを、スターライトはハンドガンを構えた。

 生臭い海風のなかに、檸檬が爽やかに薫った。ジャニとハンサムフェロモンのもたらす幻匂げんしゅうである。ジャニにはレモンと、そう決まっている。


「やらせはせん」


 親衛隊の一人がマシンガンを構える。

 しかしハンサムの投げキッスの方が速い。

 ズキュウウウウン。というのは、『光るGENNSHI現象』が走る音。

 輝くハンサムぢからが一瞬早く親衛隊を捉えた。ぼうりょくがキッスに勝てるわけがないのだ。


「ガ――ハンサム!」


 彼は心臓を押さえて崩れ落ちた。

 続けて電磁投網が投擲される。

 ズギュンッ。

 ハンサムは残像を残して躱しつつ、いい顔をした。武道とジャニの融合。回避の動きがそのままハンサムポーズになっている。


「なにィ?!」


 親衛隊がのけぞる。そこをスターライトの放った銃撃が降り注ぎパワーと・タイツの強化筋肉を無効化した。


 一瞬で二人の親衛隊が倒れていた。ミュージックはまだまだ続く。ここからはハンサムwithスターライトPの独壇場である。

 バンッあるいはドンッ。時にメギャンッ。事によってはグッパオンッ。

 ハンサムのジャニが炸裂する。

 スターライト連射。スターライト二丁拳銃。スターライトローリングバスター。グーパンチ。

 仏教徒の射撃も絶好調である。

 スケートで舞う姿はまさに妖精。彼らの踊るところに、ロリコン達の悲鳴が上がる。


「これが若さか……」

「認めたくないものだな……」

「まだだ……まだ終わらんよ――」

「撤退する!」

「冗談ではない!」

「これでは道化だよ」


 曲が終わったとき、サーチライトの下に立っていたのは、ハンサムたち師弟だけである。


「さらにできるようになったな! ハンサム」

「ニューハンサムはダテじゃない!」


 ポーズを決めた二人へ、ぱちぱちと白々しい拍手が届いた。シャクティの笑みに動揺は見られなかった。


「ふーん。カッコイイね。それがなに?」

「なんだ? この余裕」


 スターライトは僧衣の袂を探った。

 そして、こんなこともあろうかと忍ばせておいたマイクを取り出すと挑発パフォーマンスを始めた。


「どうする? シャクティ。お前のロリコン部隊はワンステージ持たなかったな。出てこいよ。オイ。オイ。シャクティ、お前も女だったら私ともう一度戦え。あの夜の続きをしよう」


 そう言ってマイクを地面へ叩きつけた。

 シャクティもこれを拾って、


「スターライト院さんでしたっけ? 困るんだよねぇ。ロリコンごとき倒してイキられても恥ずかしいからぁ~。でもそんなに決着をつけたいなら私はぜんぜん構わないけど――来い! シャーク! シャーク! 出てこいや!」


 シャクティの声がこだまする。

 再び地面が揺れ始めた。

 下から破壊音が近づいてくる。地下施設の階層を貫いてなにかが迫って来る。


「なんだ?!」


 コンクリートが割れて海水があふれた。すでに地下施設に浸水していたのだ。

 海水をまとって空高く舞い上がった影がある。

 師弟はサーチライトに目を細めながら、影を見定めようとした。


「何だ? サメか!?」

「鳥か!? ガンダムか?! いいや、あれは――」


 影は急降下してシャクティのところへ着地した。水しぶきが彼女の姿を隠す。

 次の瞬間、水煙が吹き飛んで、異様な姿のシャクティが現れた。


「――我はサメちゃん……サメちゃんは我……お待たせしたわねぇ~」


 黒光りするサメ肌。

 丸みを帯びた腹。

 立派な背ビレ。

 両手は左右のヒレに格納され、セクシーな両足もやはりサメ皮に包まれている。

 サメがいる。

 サメの口が開くと、牙の奥からシャクティの顔が覗いた。

 サメスーツである。

 天才サメ博士シャクティ・スペックの作り出した、超強化シャーク・パジャマだった。

 カワイイ。しかし凶悪。

 シャーク・パジャマのエラが音を立てて開いた。

 そこはまさに弾薬庫である。

 エラから誘導ミサイルが発射された。

 ミサイルが弧を描いてハンサム達へ迫る。

 二人は危うく飛び退いた。

 傷は免れたが地面に穴が開いていた。

 シャクティにとっては、ほんの挨拶に過ぎなかったろう。


「この破壊力! これが天命を受けた天才の生み出す、真の強化スーツ。最強のサメ・パジャマだ! IN ハカセ!」


 地面の穴から海水が噴き出した。サメパジャマが飛沫を受けてキラキラ輝いた。


「しかも防水加工!」


 言い切ると、シャクティは持っていたマイクを地面へ叩きつけた。そして哄笑を放った。


「イカれた格好を!」

「シャクティ……写真の中のキミはそんなふうには笑っていなかった。力尽くでもキミを止めるべきだと今分かった!」


 師弟が戦いの構えをとる。

 シャクティは哄笑で迎える。

 地獄のパジャマパーティが、いま始まった。

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