第59話 すべてを正確にジャニった


△△△


「酷い有様だな」


 イヤフォンからスターライトの声が響く。

 彼女はハーレーでハンサムたち生存戦略同盟の前を走っていた。

 彼らが乗っているのはガタガタのフェアレディ。三人とも最後はこいつで行きたいと決めていたのだ。


「大通りの方が逆に安全かもしれないな」


 一番前を走る装甲車からオウルの声がした。

 新人の言った通り、街では騒ぎが起こっていた。

 夜空のあちこちが赤く燃えている。

 暴徒なのか、避難民なのか、それともただの野次馬か、店の駐車場に人々がかたまりをつくっている。

 絶え間なくサイレンが響いていた。


「バカが。花火上げて遊んでるヤツもいるぜ」

「花火どこ? 見たい」

「言ってる場合かよ」

「学校のみんな大丈夫かな」


 クイントがサイレンに反応するので、マツリは彼の背をなで続けている。

 イヤフォンからマイクルの声。


「海上研究所は、もともとレジャー施設だった。特にサメの多い海域なのを逆手に取った『逢いに行ける人喰いザメ』がコンセプトのふれあい型テーマパークだったが、実際喰われる客が続出したってことで、あっさり潰れた。全盛期は自撮りによる死亡ぱくぱく率が三〇%を上回ったという」

「バカかよ」

「廃墟になった『ぱくぱくシャークランド』を市が買い取ってハカセの実験施設に当てたのだ」

「どういう立地なんだ?」

「ミートバーグの沖にある孤島だ。全長二キロのビッグブリッヂで陸とつながっている。この橋ってのが、利用に制限がつけられるほど危険地帯になっている。もっとも実験施設の関係者以外は使うことのない一本道だが」

「危険ってのは?」

「この時間はまだ大丈夫。あとは実際見れば分かる。また知ったところで対処法はない」


 前方にパトカーのランプが見えた。


「検問か」

「どうする? あんたらなら素通りさせてもらえるんじゃねえか」

「許可が下りるまで時間が掛かる。それに君らまではムリだろう」

「力づくってのは……あとあと面倒だろうな」

「やめろ。ハカセとは無関係の善良な警官たちだ」


 フェアレディへスターライトのバイクが近づいてきた。


「ハンサム。お前の『ジャニ』でなら怪我をさせずやれるだろう。やれ。道は自分で切り開くのだ」

「――分かった。みんな、下がって下さい。トミカはこのまま車を走らせてくれ。このハンサムがハンサムによって道をあけさせる」


 ハンサムはオープンカーの助手席で立ち上がった。

 検問をしていた警官達が気づいた。

 手旗を振って制止しようとする。


「トミカ!」

「あたぼうよ!」


 厳しい特訓を支え合った仲。二人のあいだに打ち合わせなど不要である。

 彼らはノールックでお互いの顔面にパンチした。

 あまりに美しいクロスカウンター。

 流血。

 そして流血からの友情ポーズ。

 二人はがっつりと腕を組み合わせた。

 若者たちの戦いと友情がどれほど人を引きつけるかは、今さら言うまでもない。

 バトル展開の方程式である。

 ハンサム×流血×友情=週刊少年ジャンプ。

 ここに、少年誌の黄金パターンが採用されているという冷徹な事実は無視できない。

 かつては垂れ流しだった己の『ジャニ』を、今の彼が理論的に制御しているということだ。

 正確にコントロールされたS級のジャニは空間中を帚星ほうきぼしのように走って、手旗の警官達を射貫いた。

 もし、この場を電子顕微鏡で覗いた者がいたら、ハンサムさのあまり空間中の原子が励起、発光現象を起こすのが、つぶさに観測できた事だろう。

 これがジャニの界隈でいう『光るGENSHI現象』にあたることは言うまでもない。


「――ハンサム!」


 手旗警官たちがエビのように跳ね上がった。

 続けてハンサムは叫ぶ。


「マツリ! クイント!」

「はい!」


 ハンサムの意図を察して、マツリが立ち上がる。

 二人はお互いの手を合わせて、ハートマークを形づくった。

 ハートはカワイイ。常識である。

 そのハートへ、向こう側からクイントがズボッと鼻をつっこんだ。

 犬はカワイイ。常識である。

 そして、ハートマークがマツリの桃尻を象徴している可能性は否定できない。

 お尻を出した子一等賞という格言もある。

 尻は一等賞。常識である。

 つまり計算式はこうだ。

 ハート×犬×尻=キュート力。

 これは犬好き相手ならほぼ致死量といえる。

 さらにダメ押しだが、ハンサムとマツリがにっこり微笑んでいる。


「――キュート!」


 白バイの警官が心臓を押さえた。彼らはバイクごと一回転した。


「そしてフェアレディ!」


 とどめにハンサムは倒立前転でボンネットに座ると、不敵に微笑みつつ胸元をくつろげた。

 この黙示録的セクシー。

 セクシーとハンサムの相乗効果については「MEN'S NON・NO」に詳しい。

 胸元を開けることによって、大胸筋二つぶんのセクシーが得られる。

 これでセクシー力、二倍。

 そこへさらに、時速六〇キロで走るフェアレディのセクシーが加わる。

 よって二×六〇セクシー。

 つまり合計一二〇倍ものセクシー強度が導き出された。

 ハンサム×一二〇セクシー。

 はっきり言って仏教徒ですら踊り出すであろうセクシー倍率である。

 そして聞こえるはずである。

 エンジンのように高まるハンサム《ぢから》の鼓動が。


「――エスカレーション!」


 パトカーが起立ウィリーして飛んだ。


「突貫――完了ッ! 一切すべてを正確に魅惑ジャニったッ!」


 ジャニが終わった。

 道を阻んでいたもののすべてが宙を舞っていた。絶頂エレクチオンしたのだ。


「――見事!」

「やるじゃない!」


 スターライトが手を打ち、装甲車からも声が掛かった。

 『光るGENNSHI現象』の瞬く通路を、彼らは何ら問題なく通過していく。

 爽快な風が彼らの髪をなぶった。


「ぱくぱくシャークランドまではもう一本道だ。もう検問もないだろうが気を締めて行けよ!」

「了解。行くぜ! ぱくぱくシャークランド!」


△△△


 じょじょに灯りが減っていった。


 やがて暗闇のなか、蜘蛛の糸のように伸びるビッグブリッヂが見えてきた。

 沖に横たわる「ぱくぱくシャークランド」は影絵のようだ。

 かつては島全体が一つのテーマパークになっていたが、今は巨大な監獄か要塞めいて黒い海上に浮かんでいた。

 橋の手前に申し訳程度に車止めのバーが下りていた。


「当然、突っ切る」


 装甲車とフェアレディでバーを弾き飛ばして、ビッグブリッヂに突入した。

 橋はまっすぐで、両端には低いガードレールがあるばかり。オープンカーで飛ばしていると、まるで海の上を滑っていくかのようだった。

 街灯は最小限しか立っていない。


「シャクティは警備も敷いていないのか」

「フカ雅がいればいい、ということだろう」

「真っ暗だな」

「昼間なら美しいところ何だがな」

「でもサメがいるんだろ?」


 半分ほど行ったところで踊り場が見えた。

 そこだけ円形に広くなって、街灯の明かりも集中している。

 中央に何か影が立っている。

 年老いた鶴。

 あるいは枯れ木のような影。

 トミカが吠える。


「――学会員」


 無線から誰かの声が響いた。


「気をつけろ、下だ」


 ライトに照らされて地面が白く輝いた。

 路面いっぱいの骨。

 いや、サメの顎の骨である。

 トラバサミのごときサメの歯の骨が並んでいるのである。

 スターライトがバイクで飛んだ。

 車の方はどうしようもない。ブレーキの間に合う距離でもない。フカ雅に目を奪われすぎたのだ。

 車体がスピンする。

 立て直しは不可能と悟り、トミカは叫ぶ。


「お前ら、飛べ!」

「分かった」

「私は大丈夫」


 マツリも言った。彼女とクイントにはニンジャ・フロシキという滑空装備がある。

 仲間の返事を聞くと、トミカはハンドルを押さえ込みながら思いきりアクセルを踏みこんだ。

 ただ行動不能になるより、フカ雅へアタックをかけようというのである。

 フェアレディはタイヤを鳴らしながらフカ雅へ突っこむ。爆発した。ということは命中したのだ。周囲が一気に明るくなる。


「今までありがとよ」


 トミカは直前で飛びおりていた。

 転がって衝撃を逃がす。


「飯食いながら習った受け身がさっそく役に立ったぜ」


 燃え上がるフェアレディのなかから、フカ雅の雄叫びが聞こえる。

 燃えるかたまりが飛びたった。空から炎が降り注いでくる。

 フカ雅が例の身震いで火炎を払い落したのだ。


「やっぱあれじゃ倒せはしねえか」

「だがわずかにしろ体力は使わせた」


 マイクルが近づいてきて言った。オウルも無事だ。どうにか装甲車を止めて降りてきたのだ。無論、彼らの車も足回りをやられて走行不能である。


「誰も怪我してない?」


 グライダー飛行していたマツリとクイントがふわりと降り立った。

 そこへ、エンジンの音が合図のように轟いた。

 行く。そう言っているようだった。

 スターライトのハーレである。後部座席にハンサムが座っていた。

 トミカとハンサムは素早く視線を交わした。


「行け」


 二人は頷き合うと、次の瞬間には自分の目的へ向き直っていた。

 トミカは地上へ降り立ったフカ雅へ。

 ハンサムはそびえる「ぱくぱくシャークランド」へ。

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