第58話 みんな、マツリ玉は持ったな!!



△△△


 道場の裏、桜の木の下で、トミカは黙々とSHARK神流の型を繰り返していた。

 彼の足下に、汗が水溜まりをつくっている。

 鋭い風切り音が響く。

 だがそれだけだった。


「――だめだ。こんな威力じゃあヤツには勝てない……滝を割ったときのあの技がもう一度できれば……」


 庭の方から彼を探す声が聞こえた。出発の時間が来たのだ。


「時間切れか……そうか……しかたねえ」


 道場の、神棚のある方角へ向かって一礼してから、彼はその場を後にした。


 ハンサムとスターライトも道場に戻ってきていた。

 何やらS.H.B.Bとアリシアがまたモメている。

 どうやら、アリシアが武器を持ちだして戦線に加わろうとするのを皆で止めているようだった。

 アリシアは顔に迷彩ペイントを施し、肩にマシンガン。防弾ジャケットには手榴弾などをぶら下げている。


「落ち着くんだ少女よ」

「ビキニモリモリの変態は黙っていろ」

「なんで私にだけアタリが強いんだ……! 新人! その子を止めろ」

「僕ですかぁ? やだな~。ほらキミ? それを返しなさい。ね?」


 新人は引き留めようとするが、アリシアは彼を引きずってずんずん歩いて行く。


「許せない。ヤツらはただでは済まさぬ」

「ダメだって! え? 力、強っ! 待って、だいたいマシンガンなんか扱えないでしょ」

「説明書を読んだ」

「最近『コマンドー』観た?」


 そこへマツリが立ち塞がった。


「アリシア」

「マツリ。私も行くから」


 アリシアは不動のまま言った。

 マツリは歩み寄ると彼女を抱擁した。


「アリシア、本当にありがとう。でも私、あなたに待っていてほしい。今日がどんな結果に終わるのかは分からないけれど、きっと私、戻ってきてからたくさん泣くと思う。だから『泣く時はアリシアがいてくれる』って思って戦いにいきたい。アリシアには私たちの帰ってくるところを守っていてほしいの」

「マツリ……」

「そうだ」すかさずマイクルが言った。「君は君の役目を果たすんだ。なぜなら君は君であって、君の代わりをできる人はいないのだから」

「そうだよ。残って子供と僕を守ってくれないと」新人も言った。

「お前が守るんだぞ新人」

「いっけね。またマイクル先輩に怒られちゃった」

「こいつめ!」


 アリシアは目尻を拭って頷いた。


「マツリ。分かったよ。私にできることをやるね。そしてマイクルさん。新人さん」

「うむ」

「ええ」

「お前らは許さぬ」

「なんで?!」

「今のはマイクル達が悪い」



 一段落ついて。

 アリシアはタオルで迷彩メイクを擦り落とすと、


「出かける前のマツリ玉、持ってくるね」


 少し前に現物を見ている二人、オウルとマイクルが顔をしかめる。新人は素直に悲鳴を上げた。


「クッセ!」

「落ち着け新人。これはどうやら薬らしく――クッセ!」

「何度言ってきても私は食べないぞ――ヴォエッ!」


 さらに二人の乙女は一連の儀式を実行して、手のひらの上に青い発光体を出現させた。


「ハイィイ!」


 最高純度のマツリ玉である。栄養素のあまり空中に浮いている。

 すでにマツリ玉を覚え込んだ二人が叫ぶ。


「出たぜェ!」

「待ってました! マツリ玉スパーキン!」


 マツリたちはマツリ玉スパーキンを小瓶に閉じ込めて二人に渡した。


「慣れてる二人にはこっちのスパーキンを渡すけど、服用は一日一個までにしてね? ねんのため三つ渡しておくけど、絶対に三つ一度に食べたりしないでね。食べれば戦闘力を大幅にアップできるけど一つだけだからね?」

「え~ダメぇ?」

「俺ら超修行したのにダメぇ?」

「栄養価が高すぎて体への反動がスゴイから。でも安心して。こっちの丸薬ドライの方なら好きなだけ食べていいよ」

「ヤッター!」

「フゥーッ!」

「さてと」


 マツリたちはマイクルを振り返った。

 彼だけは怪我人にもかかわらず、マツリ玉の摂取を拒み続けているのだ。


「マイクルさんはどう言えばわかってくれるのかな?」

「オイ。オイ。近づけるんじゃない。その得体の知れない――クッセ!」

「大丈夫ですよぉ」マツリが濁りのない瞳で言う。「この兵糧丸は新鮮なお寿司とまだ学名のない厳選された素材を使った完全栄養食で、その効果は瀕死のマラソンランナーがタップダンスを踊り出した事もあるほどなんですよ。彼は三日三晩踊り続けました」

「全員食うのをやめろォ! 隊長! これを鑑識に――隊長?!」


 マイクルの後ろで、オウルはすでに兵糧丸を一つ囓っているところだった。


「隊長ォ! ダメですよ吐き出して下さい。ペッしなさい」

「毒味済みだ。何を心配することがある? すでに彼らが食べているのを見ているじゃあないか」

「見たから心配してるんですよ!」

「大丈夫だ。それどころか下っ腹の辺りから活力がみなぎってきて――ヴォエッ!」

「ほらあ!」

「まだわかってもらえないかなあ? オイ、お前ら」

「御意」


 アリシアに促されてハンサムがマイクルを羽交い締めにした。そこへ兵糧丸を持ってトミカが近づいていく。


「力を抜けよマイクル。わかっちまえば楽になるぜ?」

「貴様ら!」

「おとなしくして下さい。素直に受け入れれば害はないんだ」

「下手に抵抗するとショック症状を起こして死ぬ」

「ついに決定的なことを言ったな貴様ら! やめろ私は薬だけはやらないと祖母と約束して――あああああああああああッ」


 五分後、そこにはすっかりマツリ玉の効いたマイクルの姿があった。


「もっと! 五個ッ! 私はオトナなので五個持たせてはくれまいかッ!」


 マツリも嬉しそうだ。


「良かった。わかってもらえて。でもマイクルさんはビギナーだから兵糧丸ドライでも一日三個までですよ」

「ええ~ダメぇ~? オトナなのに~?」

「また今度来たら分けてあげますからねぇ」

「ヤッター! フゥーッ!」

「……うわぁ……うわああああ……!」


 ひとしきり見ていた新人は軒下で震えていた。

 これで戦闘要員全員の回復が完了した。

 新人にトラウマを植えつけたがそれは些細なことである。すべては必要な措置なのだ。

 出立の刻限が来た。



「みんな。マツリ玉は持ったな!」

「フゥーッ!」

「行くぞ。夜明けまでにすべてを終わらせる」


 新人と、子供、アリシアに見送られハンサム達は出発した。


「絶対帰ってきてよ! みんなで!」


 目指すはシャクティとフカマサの待つぱくぱくシャークランドである。

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