第56話 ~こんな夜はひっぱりラーメン~

 長い夜。みんなが何か腹に入れたいと思っているけれど食材がない。

 こんな時は『ひっぱりラーメン』と法律で決まっている。

 大きな鍋で野菜とインスタントラーメンを煮て、それを引っ張り合いながら食べるのだ。みんなで。


「まったくバカな人たち!」


 湯気のなか、お椀を配り、マツリや子供によそってあげる。そして自分のお椀を覗きこみながらアリシアは繰り返し言うのだった。


「程度ってものを知らない! 学会員も、ジミー市長も、サメ狩りとかしてた頃のおじさんも、この街の人みんな。ほどほどにしておいたら上手に収められたかもしれないのに、どうしてそれができないの?――お代わりいる? はい。はい。いる人。いる人は?」


 何度も鼻を啜り、ときどきむせて咳きこみ、タオルで目尻を拭った。子供の世話をするときにはちょっと笑った。子供はアリシアに抱え込まれるような格好で一心不乱に食べている。


「確かにな」オウルが頷いた。「しかし、そんな街だから私は守ってやりたいんだ」

「ビキニで暮らす街がそんなにいいですかね!」

「君もビキニじゃないか……」

「私ももっとバカならよかったのに!」

「旨いなこれ。でも何味だ?」

「え~ミソにショウユに……キンちゃんらーめん?」

「誰かコショウ取ってくんない?」


 そんなやり取りをしながら、やはり全員がマツリのボディースーツを見て、誰かこれの指摘とかしてくれないかなと思っていた。

 異変に気づいたのはそんな時である。

 庭から誰かが道場を覗きこんでいる。

 全員が立ち上がった。


「誰だテメエぇえええ!」

「怖い!」

「子供に近づかないでぇええええええッ!」


 そいつは異様な姿で道場へ上がってこようとした。

 ビキニ一丁。

 マリモを半分に切ったようなヘアースタイルで、頭頂部の皮膚があらわになっている。乳首に吸盤あとみたいな傷跡があった。それと腹に包帯を巻いている。

 新人である。

 フカ雅に襲われるも一命を取り留めたS.H.B.Bの新人が訪ねて来たのだ。


「誰だって聞いてるんだてめえええ! ふざけた頭しやがって。殺すぞぉ!」

「これは……オチ武者だな? 爆破オチによって死んだ侍の霊が成仏できずにいるんだ。これを仏教用語でオチ武者という」

「怖い!」

「子供に近づかないでぇええええええッ!」


 その辺りでマイクルが気づいた。


「なんだ、新人か。まぎらわしい頭をしやがって。上がれよ」

「自分で呼んだんでしょうに。あ、ゴッサム先輩とライス先輩、峠を越しましたよ。もう大丈夫だそうです」

「そうか……良かった」

「そいじゃあ、お邪魔しますね~良いニオイするな~」


 上がってきた新人だが、マツリを見ると絶叫した。


「なんだその格好!」


 言ってくれた、と全員が思った。その言葉を待ってた。


「え?! なに? 大丈夫?! 気をしっかり持って! え、これどこに電話すればいいんすかね?! 児童相談所? 家裁?」

「え? これは母が残してくれた仕事着で……」


 仕事着なんだ。と全員が思った。


「仕事着なんだ?! お母さんどんな仕事?! えっどういう効果がある服? 何着なにぎ? 何仕様?」

「えっえっ変ですか?」


 正直に言ってあげて。と全員が思った。


「心配になりますけど?! 犯罪を疑う! えっ大丈夫?」


 コイツ凄いな。と全員が思った。


「えっホントに大丈夫? お尻のとことかうっわ。スゴイよ。ええ~コレ……ええ~」


 やり過ぎだ。いい加減止めよう。と思い、全員で新人の尻を蹴った。


「いい加減にしろオチ武者野郎!」

「そうだ! 誰も思ってもないような事をペラペラしゃべりやがって!」

「あれは仕事着なんだよ! アスリートと一緒!」

「そうだよ! 私らは全然変だと思ってないし!」

「お前が悪いぞ新人」

「切腹しろ新人」

「ええ~俺ちょっと前にお腹に穴開けられたとこなんですけど。ええ~すみませんでし、た?」


 マツリはちょっと不機嫌になって頰を膨らませていた。自分では格好良いと思っていたのだ。クイントも哀しそうだった。


 ところで、新人が呼ばれたのは武器調達のためだった。

 表に新しい装甲車が駐めてある。


「頼んでいたものは持ってきてくれたか?」

「いやあ外ヤバいっすよ。どこからか市長の死亡の噂が流れて暴動とか起こってるし。あれはどういう立場の人が暴れてるんですかねえ」

「警察機関は使えないか」

「大忙しですよ。みな出払ってますね。おかげで車と銃器も簡単に失敬できたんですけどね」

「警官の増援は期待できそうにないな。あの化け物を逮捕できるとは思っていなかったが……」

「僕はムリっすよ。期待しないで下さいよ? お腹に穴あいてるんですからね」

「分かってる。これ以上の無茶はさせんさ」

「……いつ、どういう作戦で仕掛けるんすか? いや、僕だって作戦次第では――」


 新人がそう言ったときである。

 かすかではあるが空気に振動を感じた。


「地震?」

「いや爆発っぽいが」

「爆発はいつものことだが……タイミング的に気になるな」


 初めは何事か分からなかったが、警察本部に問い合わせて事態がつかめた。


「SHARK庁で爆発があったらしい」

「爆発?」とトミカ。「サメでも出たのか?」

「いや、シャクティ博士の顧問室が狙われたらしい」


 全員に緊張が走った。


「クソメガネはどうなった? 死んだのか?」

「クソ――いや、ハカセはこの時間、海上実験施設にいるはずだ。仮にSHARK庁にいたとしても、あのフカマサが一緒のはず。無事だろう」

「一体誰が?」

「暴徒にはハカセを狙う理由がない。その存在も知らないはずだからな。可能性があるとすれば、ハカセ本人が秘密保持のために破壊したか……」

「秘密保持?」とハンサム。

「街を出るつもりなのだろう。資金源だった市長のいなくなった今、ハカセがこの街にいる理由は薄い。一応、顧問室にも実験データなどは置いてあったからそれを始末したのかもしれん。それにしても爆破は事を急ぎすぎだと思うが」

「爆破は企業連中の差し金かもしれませんよ」とマイクル。「連中サメ兵器の――というよりサメビジネスそのものに否定的でしたから。あとあるとしたら……口封じですかね。フカ雅に市長の暗殺を依頼したわけですから、フカ雅と彼を召喚したシャクティ博士の口を封じたいはずです」

「暴動に乗じて始末しようとしたわけか……」

「つまり俺らはどうする必要があんだよ?」


 トミカが焦れた。


「猶予がなくなった。自分の意思だったにしろ、暗殺未遂だったにしろ、ハカセが次にとる行動は逃亡しかない。必要なものをまとめて、おそらく船で街を出るはずだ。それもできる限り早く」

「俺のことは」ハンサムが訊いた。「諦めてくれたりは……しないよね」

「ハカセは安全なところで研究を続けながら、フカ雅を送り込んでくるだろう。そうなれば、はっきりいって絶望的だ」

「じゃあ……」

「そうだ。街にいるうちに決着をつけるしかない。今日」

「今日……」


 ざわめきが広がった。

 トミカだけは二つの拳をかち合わせてたけった。


「いいぜ。こっちだってこんな夜を繰り返すつもりはねえ。夜明けまでに決着をつけてやる」




 全員が出発の準備を始める中で、スターライトがハンサムに近づいてきた。


「少しいいか。今のうちに話しておきたいことがある」


 なんとなく予感があった。

 きっとシャクティと『彼』のことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る