第52話 シャイニングを待ちわびて⑦「襲撃」


△△△


 一方トミカも夜空を見ていた。

 雲が出て、月見台からは月は見えなかった。

 沖の方で赤い灯りが小さく揺らめいているが、彼は物思いに沈んだまま感心を払わなかった。

 そこへハンサムが戻ってきた。


「トミカ、なぜだかわからないけどアリシアが謝ってた」

「謝ることねえのにな」


 ややあってから彼はそう応じた。

 ハンサムはちょっと考えてから、言葉が見つからなかったのだろう、ニシンパイを切り分け始めた。


「それ嫌いって言っておいたやつだろ」

「うまいって言ってなかったっけ?」

「でもまあ……ありがとよ」


 皿は受け取ったけれど、よく見るとニシンがスゴイ顔をしている。パイに魚の焼死体をまるごと突っこんだ感じだ。彼は囓るのをやめて、


「師匠は? まだ風呂入ってんのか」

「風呂?」

「出かけるって言ってそのまま出て行ったけど。約束がどうとかって」

「俺にはそんなこと言わなかったぞ。なんでわざわざ嘘つくんだ?」


 その時、町の方から地響きが聞こえた。

 別名「バクハツ・ウォッチ山脈」と呼ばれる山からは、よく、サメとの戦いにおける爆発の灯りが見えたりもしたものだが、今夜はなんとなく違った。立て続けの爆発で、そのなかに、何というか人間同士の戦いめいた駆け引きを感じるのだった。サメが相手なら、もっと一方的な爆発になるはずだった。

 嫌な予感がした。トミカは他のメンバーを呼び寄せた。


「おい! 住民のヤツら、ちょっと来て確認してくれ。不味いパイやるから」

「不味いっつったか」


 と、アリシアが。それに、マツリとスターライトも戻ってきた。


「いいからちょっと見てくんねえか」

「あんた、もう大丈夫なわけ」

「いいから。あの辺りだよ、たまに光るだろ。アレどこらへんだ? よくあるのか? こういうの」

「灯台のところじゃないか?」代わりにスターライトが応えた。「マツリの家のある区間だろう」

「バッファリン家の近くで灯台のあるところっつったら――師匠の話にあったところじゃねえのかよ」


 なんとなく、予想していたことのような気がした。理屈はともかく運命的に納得できた。あの灯台のところで誰かが戦っているのだ。トミカには確信があった。


「師匠は誰と会うって言ってた」

「聞いてない。ごめん。聞いてない」アリシアが慌てて言う。

「――見てくる」


 スターライトがそう言って、駐車場へ向かった。シャイニングの車はそのままだったが、ガレージからあの赤いバイクがなくなっていた。


「買い物や人に会うだけなら車で行ったはずだ。シャイニイング氏はあのバイクはもう乗らないからといってここに預けたのだ。供養といった感じでな。氏があのマシンに跨がるのは、よほど急いでいるか――戦いへ向かうときだけだ」

「どういう……ことですか?」


 マツリが聞いた。スターライトは自分の失言に気づいたらしい。急いで、


「いや、昔の話をしてまた乗りたくなったのかもしれない。そうに違いないさ。だが、一応私が迎えに行ってくる」

「俺も行くぜ」


 そう言ったのはトミカである。彼はすべてを察した様子だった。シャイニングはジミーと戦っているのだ。

 スターライトは初め止めようとしたが、彼の目を見ると考え直した様子だった。


「待て――いや、私も行こう。マツリ。念のためだが傷薬を用意してくれないか」

「俺も行く」とハンサム。


 スターライトは二人にキーを投げると、準備を始めた。

 下界からは、あらたな地響きが届いてきて、ガレージから出たときにはちょうど、天の川みたいな爆発の光が瞬いているところだった。


「嫌な……予感がする」


△△△


 サメさえも切り裂くブレード「サメハダ」がきらめく。

 シャイニングは手刀でさばく。

 鍛え抜いた手刀とブレードがぶつかり、火花が散る。示現流を正面から受ければ腕ごと断ち切られることは必至だが、彼はブレードの側面を指で打っているのだ。


「苦しかっただろう? シャイニング。妻も守れず、役立たずの余生を生きるのは。いま楽にしてやる!」

「お前こそ苦しそうに見えたがな! 念願のボスになれたというのに荷が重かったか?」

「のうのうと生きながらえたヤツが!」

「人を頼ることもできん臆病者めが!」


 二つの影がぶつかるたび衝撃が走る。漁業組合の建物の窓ガラスや、船のマストを共鳴して鳴った。海上では夜光虫が騒いでいる。


 ジミーの腹へ、シャイニングの拳が連続でヒットした。

 衝撃に反応して人工筋肉が硬化する。それでもジミーは血を吐いた。彼はひるむことなく、ブレードの柄で打ち返す。

 シャイニングの額が切れて出血した。


「楽しいなシャイニング!」

「初めからこうしておけば良かったものを! ここで! もっと早くに!」


 空中で影が交わり、漁船へ着地する。

 たちまち示現流の太刀筋チェストが閃き、船を真っ二つにした。船は渦をまいて沈んでいった。

 小ザメが逃げだし、入れ替えに大ザメが集まってきた。船のように巨大なサメが空中の二人に飛びかかる。

 即座に、手刀とブレードがサメを輪切りにした。

 サメのスライス肉は宙を舞ってばら撒かれ、海面に睡蓮の葉のように浮かんだ。

 二人の達人がそこへ降り立つ。

 肉の睡蓮を足場に駆け回り、海上で切り結んだ。

 踏んだ睡蓮が沈む前に、別の睡蓮へ飛び移るのだ。

 二つの斬撃が絶え間なく走る。

 血と水が跳ね上がり、斬りさかれ、空中で交わり、花のように散った。


「は。今になってみれば狭い港。狭い街だ」

「その街の王様になったのだろうが」

父親あのおとこが船を売った日のことをおぼえているか。私はあいつを殺して街を出ようと思っていたんだ。だがどちらもできなかった。飲んだくれを殺す力も、街の外で生きていく力もなかった。お前のところへ行くので精一杯だった。この惨めさ、分かるまい!」

「情けないことばかり言いおって! ぬ――ッ」


 チェストをフェイントにした後ろ蹴りが、シャイニングの腹に入った。

 彼は吹っ飛んで漁業組合のビルに叩きつけられる。

 そこへジミーの袈裟切りが襲う。

 身を沈めて躱す。

 背面のビルが斜めにズレた。示現流はビルをも断ち斬る。

 瓦礫が降り注ぐ。

 ダッキングの直後で、シャイニングの反応が遅れた。コンクリートと鉄骨が彼の姿を隠した。武道家の腹圧が無ければぺしゃんこになってるところだ。腹圧はすべてを解決する。


「ぬうううッ!」

「オッサァアアアっ!」


 シャイニングが瓦礫を担いで立ち上がる。同時にジミーもまた絶叫しながら、なんと漁船を持ち上げていた。

 これがサメの生体データを反映した人工筋肉のパワーである。漁船がサメに勝てるわけがないのだ。パワード肉襦袢の筋肉が凄まじく隆起する。背中のエラが開いて排熱した。


「死ねぇ!」


 食いしばった歯が欠けた。筋繊維の切れる音を聞きながジミーはついに漁船を投げつけた。


「お前が死ね!」


 しかしシャイニングは武道家。武道家は物理法則を無視する。

 彼は飛来する漁船へ、跳び箱の要領で飛び乗ると、甲板を駆け抜け、そのままジミーまで肉薄した。

 正拳突き。

 ジミーが「サメハダ」の腹で受ける。


「ヌアアアアアッ」

「カァアアアアアッ」


 背後で漁船とビルが爆発した。

 二人はもつれ合い、膝蹴りを応酬し合いながら港内を転がった。


「貴様がもっと死ね! そのスターウォーズみたいな胴着も昔から嫌いだった。みんな一緒に歩くのを恥ずかしがっていた!」

「それは昔の時点で教えろ貴様ァ! 陰湿なんだよ!」


 港全体が揺れるようなぶつかり合いだった。

 彼らの取っ組み合いに巻きこまれた車や自動販売機が、いともたやすくスクラップになった。

 だがパワーでは互角に見えても技術面ではシャイニングが勝る。そして技術でまさるシャイニングはパワーロスが少ない。

 疲労面で差がつき始めていた。

 ジミーは蹴りでシャイニングを突き放した。

 シャイニングは素早く転がり起きたが、ジミーの立て直しは重い。

 人工筋肉が痙攣して、所々から循環液のごときものが漏れている。ジミー自身の疲労もはなはだしかった。


「ギブアップか? ジミー」

「は。殺してから訊け」


 ジミーは上段に構え直すと、一気に十メートルも踏みこんだ。地面を踏み割るほどの渾身の一刀チェスト

 これをシャイニングは正面から受けた。

 額の上で両手を拝むように合わせる。

 真剣白羽取り。

 同時に熊をも貫く蹴りがジミーの腹へめりこむ。打撃音とともに、人工筋肉の断裂する手応えが響く。

 ジミーは水面を跳ね、漁師たちの休憩所を粉々にして止まった。


「は……ッ」


 瓦礫から転がり出て、ジミーは血反吐を吐いてのたうちまわる。この状態でも彼はまだブレードを握ったままだった。ブレードを杖代わりに立とうとしている。


「ジミー。そこまでだ」


 かろうじて立ち上がると、ジミーは構えた。激しくあえいでいるが、酸素を取り込めていないらしく、顔色は蒼白だった。


「終わりなどない――何?」

「ぬ?」


 振りかぶったところで、双方動きを止めた。

 いつの間にか子供が一人、港内に迷いこんできていた。子供はジミーのすぐ側にいる。


「邪魔だ」


 ジミーは子供へ刃を突きつけた。しかし顔を見てわずかにためらった。

 子供は感情を失ったようなうつろな顔をしており、開いた口から覗く前歯が欠けていた。痩せていて、顔や、肩の辺りに殴られた跡があった。虐待、という言葉を連想するには十分な外見だった。


「ジミー! 子供に手を出すな」


 シャイニングが叫ぶ。ジミーは無視して、しかし攻撃するふうでもなく、切っ先の反射光で子供の注意を自分へ向けさせた。そしてこう言った。


「街を出たいか」


 少年は無表情なままだった。が、顔は変わらないままに、両目から大粒の涙をこぼした。

 ジミーは刃を引いた。


「この子供は私だ。シャイニング。頼んでもいいか?」

「……何?」

「私は失脚した。面倒は見れん。この子供を守ってくれるのなら、私はもうお前たちには手を出さん」

「ジミー……」

「こんな子供がまだいるようでは、私のしてきたことは無駄だったらしい。シャイニング、挽回するチャンスをくれ。私をこのまま逃がしてほしい。いずれ借りは返す」


 ジミーの目を見つめた後、シャイニングは無言で構えを解いた。

 それを見届けてから、ジミーも刀で子供を促す。


「行け。逃げることをためらうな」


 ジミーとシャイニングの距離は五メートルあまり。その距離を子供がシャイニングへ向かって歩いて行く。やがて駆けだした。シャイニングは身をかがめて受け止めようとした。

 その瞬間をジミーは待っていた。身を沈め、距離を詰める。

 死角になる位置、つまり子供の背後から、子供もろともシャイニングを串刺しにしようとしたのだ。


「シャイニングッ!」

「ジミー……!」


 刀が届くより早く、シャイニングの拳がジミーの顔面にめりこんでいた。死角からの攻撃に、先をとれたのはジミーの行動を予測していたからだ。

 シャイニングは涙を流した。


「残念だジミー。信じていたよ。お前が子供を利用するだろうと、信じていた……その事実を残念に思う」


 拳は完璧な角度でジミーを捉えていた。

 奥歯が吹き飛び、顎の骨に亀裂が走る。皮膚が裂け、血が吹き出した。しかしジミーは、笑った。


「墜ちたなシャイニング。私を理解できるところまで」

「お前の言うとおりだ兄弟」


 追い打ちの連打が火山弾のようにジミーへ降り注ぐ。全身の肉と骨の砕ける手応えを二人は感じた。

 宙を舞い、ジミーが大の字になって倒れる。


「SHARK神流の道場へ行くんだ。勝手に上がっていて構わないからね」


 子供の背を押しやってから、シャイニングはジミーへ向かって歩み寄っていく。ジミーにはまだ意識があった。


「これで……分かったろう……シャイニング。私を止めたいなら殺すしかないぞ」

「そのようだ……ジミー。私たちの青春に決着をつけよう」


 シャイニングは旧友の傍らに屈むと、拳を構えた。岩を分厚いタイヤで包んだような拳である。人間の頭を潰すなど造作もない。

 待ち受けるジミーの体内で、彼にだけ聞こえる音がカチリと鳴った。隠し武器の安全装置を解除した音である。

 右手の一発は「アロハの男」に使ってしまったが、左手はまだ発射可能だった。レールガンの一撃は精度こそ低いものの、至近距離で撃ちこめばシャイニングといえども防御は不可能である。

 ジミーはその瞬間を待った。

 手のひらを向けて構えるという動作をシャイニングが見逃すはずもない。隙が生まれるなら攻撃の瞬間だけである。

 左手は、まだ動く。


「さらば……」

「ああ――」


 タイミングを計っていたその時である。

 月が出た。

 音もなく、気配もなく、シャイニングの背後に何者かが立っていた。

 着流し姿。枯れ木のような痩躯そうく。彫刻刀で刻んだような皺だらけの顔の中で、ぱっくりと口が開いた。笑っている。

 学会員。

 フカ雅。


「――後ろだシャイニング!」


 叫びざま、ジミーはレールガンを放った。

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