第50話 シャイニングを待ちわびて⑤「乱戦」


△△△


「殺してぇええええッ」

「よくやった」

「これは――ッ」


 弾丸が発射される。シャイニングは上体を大きく反らして躱そうとした。弾丸は胴着を貫き、腹筋をえぐり、さらに回転しながら胸筋を裂き、鎖骨をかすめ、ギリギリで顎の上を通り過ぎていった。

 シャイニングはそのまま後方へ回転して起き上がった。しがみついてきた漁師は彼の足下でぐったりしている。ブリッジの直前に首へ打撃を与えて気絶させたのだ。

 彼がジミーへ向き直ると、遅れて血が噴き出した。


「一手遅れたな。シャイニング」

「山ごもりでウェイトをしぼってなかったらヤバかったねえ――それより貴様」

「ああ。勘違いするなよ。そいつらは仲間ではない。まして脅して命令しているわけでもない。私は合意の上が好きなんだ。お前が来る前になシャイニング、ちょっと『説得』して私を好きにならせておいた」

「そいつ……ら?」

「見ててぇえええ!」


 別の漁師が起き上がった。彼もまた叫んだかと思うとラグビー選手のように突進してきた。

 受け止めることはたやすい。が、直感がシャイニングに回避行動を取らせた。

 半身になって躱した直後、背後で漁師が爆発した。爆弾を抱えていたのだ。柔らかいものや固いものが飛び散ってシャイニングの背中に突き刺さる。


「ぬぅッ!」

「んん~クソデカ感情」


 ジミーは爆風に髪をなびかせながら笑う。

 周囲では怪我人のふりをしていた漁師たちが起き上がり、なんともいえない、緊張と恍惚の混じった目で爆発の名残を見つめている。皆、胸に、まるで赤ん坊のように大切に爆弾を抱いている。


「ジミィイイイ!」

「だから勘違いしてくれるな、シャイニング。彼らは望んでこうしている。なあ――」


 ジミーは側にいた初老の男性を身振りで呼び寄せた。それはシャイニングも子供のころから知っている男だったが、今や爆弾を胸に、見たこともない表情を浮かべている。涙を流していることを覗けば、主人の呼ばれた忠犬のように幸福そうな顔だった。


「お前は、孫をサメに喰わせたのだったな? お前の酔いに任せた失言に、孫は家出をし……結果バカな観光客と一緒にサメの餌になった。すべてはお前のせいだ。そうだな? お前はそう思っている。分かっているなら行け。孫に胸を張って会いに行けるぞ」

「クリッティイイイイ」


 それが孫の名前なのだろう。初老の漁師が解き放たれたように駆けだす。強い衝撃を与えても、また時間が経っても爆弾は起動するだろう。

 シャイニングは当て身で漁師を気絶させ、さらに爆弾を取り上げてジミーへ投げ返す。この間一秒足らず。ジミーが狙撃し、爆弾は空中で爆発する。


「誰にでも過ちはあるものだ。生活が苦しければなおさらな。そして過ちは時に大きな損失を生む。『しかたがない』と皆が言う。『仕方がない』で済むと思うか? 済むのならこの者たちのようになりはしない。『しかたない』ではなく『死ね』と言ってやるべきなのだ。そうだろシャイニング」

「死ねと言ったのか、お前を慕う者たちに!」

「【情】だよシャイニング。情を施してやった。水よりも濃く、食より切実で、どんな貨幣より流通している。情はじつに重要な道具だ。コツはひと匙の優しさと、絶望を後押ししてやること。見ろ。皆これほど終わりたがっているのだ」


 漁師たちが声を上げ、次々に特攻を始める。

 一体どういう洗脳の結果か、誰もが喜びにむせび泣いている。しかも感情のタガが外れたためか、並外れた力を発揮している。

 感情は時に物理法則を上回る。

 彼らはミサイルのように平行に飛んだ。これは力士の使う技。スーパー頭突きである。ただのタックルがスモウ技の域にまで近づいていることを彼ら自身は知らない。


「やめろ。死んで何になる」

「無駄だ。盛りのついた犬と同じよ。心のチンポが収まるまで止まりはせん」

「言い方ァ!」


 ジミーへ叫び返しながら、シャイニングは人間魚雷たちを処理していく。力士のように飛び交う彼らを躱し、爆弾を取り除くのだ。

 魚雷たちに加えてジミーの攻撃も凌がなければならなかった。

 閃光弾。

 対サメ用ライフル。

 電磁投網。

 タル爆弾。

 己の肉体一つでシャイニングが対抗できたのは、皮肉にも彼とジミーが通じ合っているからだった。彼にだけはジミーの行動と、呼吸を読むことができる。


「ぬうううううう!」

「がんばるな! シャイニング! いいじゃないか!」

「ジミー! 彼らの洗脳を解け」

「無駄だ、無駄。これは持ってこいつらの生まれた因果なのだ。もっと豊かな街に生まれていれば、さっきの男も飲んだくれることはなく、孫も死ななかった。不幸はこの街に生まれた時点で決まっていた。私はその最後を華やかに彩ってやったにすぎない」

「人間を何だと思っている!」

「これが人間だ。死ぬ前の祖母がどんなふうだったか教えてやろうか? どんなにお前たちを妬んでいたか。どんな悪態をついたか。人間性など情に溺れてしまえば無残なものよ」

「だから大切に守るのだ」

「それが人を惨めにするのだ」


 ついに最後の人間魚雷の処理が完了した。

 取り除いた爆弾を遠くへ捨てる必要があった。そうしなくてはジミーに利用されるからだ。シャイニングはそれらを渾身の力で海へ放った。

 その隙を突いて、ジミーも最後の重火器を行使した。


 ミサイルランチャーである。


 一斉発射されたミサイルの群れがシャイニングを襲う。

 これも受けるしかない。眠らせた漁師たちが巻き添えになる。

 シャイニングはむしろ踏みこんだ。迫る脅威へ向かって身を沈め、神速のアッパーカットを放つ。滝をも逆流させる衝撃波がほとばしり、すべてミサイルを上空へ打ちあげた。いわばジミーは逆さまになった大滝へミサイルを撃ちこんだようなものである。

 爆風と炎と、巻き上げられた瓦礫たちがぶつかり合って起こす放電現象のために、港の上空が天の川のごとく輝いた。


 ランチャーを投げ捨て、ジミーが拍手する。


「見事見事。妻は守れなかったくせにミサイルは跳ね返すのだな。だがそうとう疲弊したな」


 今の強い攻撃でかなり身体を酷使していた。しかも腕や胸からの出血はおびただしい。シャイニングは息を切らしながら問うた。


「なぜだ――」

「おいおいおい、今さら動機の説明か? それとも時間稼ぎかな?」

「まがいなりにも――それが憎しみにしろ、そこまで人間を思いながら、なぜまだ一度も子供たちの名前がでこない。お前の因果のために彼らがどんな報いを受けているか。彼らに対して思うことはないのか」

「子供。子供だと。お前は便所に入るたび排泄物の行く末を気にするのか」

「許さん」


 シャイニングが間合いを詰め、正拳突きを打ちこむ。

 ジミーはマグナムで拳を受けた。衝撃が背後まで貫く。銃がバラバラに分解された。


「チィイイイッ……!」


 吹き飛ばされたジミーは一回転して受け身を取る。その腕がねじ曲がっていた。

 が、すぐに人工筋肉が締まって骨と肉を固定した。ジミーが確かめるように力を入れると、かろうじて指が動いた。恐ろしい痛みを感じているはずだが、ジミーは笑った。


「私たちの戦いが……ついに新しいフェーズに入ったな」


 彼は傍らの漁師の死体に腕を突っこんだ。死体の体内に武器を隠しておいたのだ。

 背骨のような何かがずるりと引き抜かれる。

 特製合金製のジャパニーズ・ブレード『サメハダ』だ。

 人工筋肉を隆起させジミーはサメハダを上段に構える。

 この構えから放出される圧倒的迫力と、チェスト感。

 示現流である。

 イカれたヤツは大抵示現流を使う。


「殺してやるぞシャイニング」

「泣いて詫びをいれさせてやる。ジミー」


 二つの影が交わった。

 ついに武道の射程に入ったシャイニング。

 示現流で迎え討つジミー。

 ここから戦いは超スピードの接近戦に突入する。

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