第49話 シャイニングを待ちわびて④「開戦」
燃えるシーザー号へ最後の一瞥を与えたのち、ジミーは振り返る。
バイクに跨がったシャイニングがそこにいる。鍛え抜かれた肉体の圧力が、ほとんど物理的に港内をおおっている。普段はおとなしいが、超大型のサメより危険な生物が、この男なのだ。
対するジミーは、科学の粋を集めた人工筋肉に身を包んでいる。こちらも超大型のサメさえ実験材料にする天才科学者の生んだ逸品である。
「来たよ。ジミー・パーン……」
「待ちくたびれたよ、シャイニング」
ジミー・パーン。
シャイニング・バッファリン。
兄弟のように育った二人は、かつて遊んだ港で、敵として対峙した。
「あの準備際の事件からか、街の事情が変化してな。急だが今夜決着をつけようと思った次第だ」
シャイニングの視線が港内を巡る。
炎の作る影のあちこちに、人が仰向けに、うつ伏せに、また折り重なって倒れている。火に気づいて様子を見に来た漁師たちである。かすかに動いる。まだ息はあるようだ。
「ジミー……」
「邪魔だろう? 片付けておいた」
バイクのエンジンが主人の怒りを代弁するかのように唸った。
「あいかわらずいかれたチューンだ」
「乗りたいのかジミー! 心の歪んだお前には乗りこなせんぞ」
「もう私にはそんなもの必要ない。私は自由だ」
「自由。お前が」
「決めたんだ、シャイニング。どうあれ今夜お前を殺す。お前の娘も殺す。いっそこの街も焼いてしまおうか。それから、さあ……どこへ行こうか」
「難しいんじゃないかねえ……特に最初が難関だ」
話しながらシャイニングは用心深くジミーを観察している。
ジミーはこの街には珍しいロングコートを羽織って立っていた。コートの影に武器を隠していることは容易に想像できる。
ジミーの視線がそれた。
「ところでいいのか? そっちの娘を巻きこむことになるが」
「娘……何を――」
周囲には漁師たちが倒れている。
新たに誰かが来たのかと、とっさに連想したのは自然なことだろう。シャイニングは振り返ろうとする。
ジミーは確かめる時間を与えなかった。シャイニングが背後を確認する前に、そちらへ向かって構えたのである。コートの下に隠していたのは、マシンガンだった。
「邪魔をするから悪いのだ」言い終わる前に、その誰かへ向かって引き金を引いた。
「――貴様!」
シャイニングはバイクから飛びおり、側にいるであろう少女をかばおうとした。
が、見つからない。
初めからいなかったのだ。
シャイニングは素早く転がってバイクを盾にした。野生の虎でもここまで素早く動けないだろう。
「すまんな。言ってみただけだ」
反動で体を震わせながら、ジミーは斉射を開始した。
タイヤが破裂し、ミラーが弾け飛び、カウルが穴だらけになる。ついにガソリンタンクへ立て続けに穴が開いた。引火も時間の問題である。
いや、その前に車体は盾としての機能を失うだろう。
シャイニングはジミーめがけて車体を蹴った。ヒグマを上回る脚力で蹴り出された鉄のかたまりが、銃弾をはじきながらジミーへ迫る。
「ふんッ」
ジミーは事もなげに蹴り返した。身体を被う人工筋肉の力はシャイニングの脚力に匹敵するらしい。
「
シャイニングもまた蹴り返す。またジミーが返す。
同じ応酬を数度続けた。車体が往復するごとに、二人の距離は近づいていく。
ついにお互いのハイキックが交差した。間に挟まれたスクラップが爆発する。破片を避けて二人は飛び下がった。
「世話になった! 楽しい日々であった」
愛車への別れの言葉である。
叫びながら、シャイニングは飛来物からチェーンを選んでつかみ取り、それを拳へ巻いた。
ほぼ同時に、おそらくブレーキの部品と思われる薄い円盤状のパーツを蹴った。円盤は弧を描いて彼方に飛んだ。
そしてジミーは。
煙の向こうに彼はしゃがんでいる。
マシンガンに変わって、さらに巨大な兵器が現れた。あらかじめ隠しておいたガトリングガンである。
一秒間に一〇〇発近い弾丸を発射するこの兵器は、最強のサムライ「御庭番」ですら壊滅させたという逸話を持つ。これに耐えられるのは超大型のサメか、プロレスラーくらいのものであろう。
「
ジミーの言うとおり、他に対処法はない。
が、シャイニングは踏みとどまった。背後に怪我人が横たわっていたからである。避ければ罪のない漁師が蜂の巣になる。
一見無謀である。いかにチェーンで拳を守ろうと、普通ならガトリングには対抗できない。だが、カラテをベースとするSHARK神流には回し受けがある。
銃弾には回し受け。
これは武道家のセオリーにして奥義である。円の動きはすべてを解決する。
しかもシャイニングの
その圏内に入った弾丸は、すべて滑るように軌道を変えて斜め後方へ抜けていった。
真球をしたダイヤモンドへ発砲するようなものである。これならば数秒ならばガトリングにも耐えられる。
だが、たかが数秒である。ガトリングの残弾はまだまだある。さらに弾丸を受け続けるシャイニングの拳からは血が流れ始めている。
その時である。何かが飛来してガトリングの銃身を輪切りにした。弾が詰まって爆発を起こす。
「誰だ――いや……」
瞬間、ジミーは第三者の介入を疑ったが、そうではない。
シャイニングがあらかじめ蹴り放っておいた円盤が、ブーメランのように戻ってきたのだ。ジミーは舌打ちして立ち上がる。
「計算のうちか? シャイニング」
「偶然さ。保険で放っておいたものが役に立った」
「己が強者であることを自覚した上での正直さ。そういうのがな、シャイニング。鼻につくのだ」
ジミーは新しい武器を取り出した。大げさな消化器のような外観。
火炎放射器である。
Amazonアウトロー用品、年間売り上げ第一位。モヒカンが選ぶ買って良かったグッズランキング常連。あらゆる悪役から愛される、あの火炎放射器である。
「オモチャはまだまだある。もっと遊ぼう――なに!?」
ジミーが初めて驚きの声を上げる。
ボンベにつながるホースが切断されている。
シャイニングは手刀を構えたていた。したたる血をカッターのように飛ばしてホースを切断したのだ。
のみならず、浅くではあるがジミーの頰を切り裂いていた。粘ったジミー自身の血が、ゆっくりと流れ落ちる。
「――貴様」
「詫びてもらうぞ。ジミー。お前の傷つけてきたすべての者たちに」
「そういう態度なんだよ……目障りだったんだよシャイニング!」
ジミが叫ぶと同時に、シャイニングは動いた。
転がる大縄や
「調子をこくなよシャイニング。依然この場は私が支配しているのだ」
圧倒的パワーを前にジミーが取りだしたのはマグナム銃だった。
確かに協力な武器だが、シャイニングは間合いの一歩手前まで距離を詰めている。ジミーが銃を構えた時には、すでに懐へ潜り込んでいるだろう。
ジミーの腕が上がる。シャイニングがウィービングしながら身を沈める。
マグナムが火を噴く。シャイニングの回避は完了している。
ところが、躱したはずのシャイニングが、なぜか再び射線上に身をさらした。
右腕で弾丸をわざわざはじいたのだ。
弾丸は当たらないのだから、本来ならそんな必要はない。右腕は攻撃に使うべきところだった。
だが彼はそれをせず、受けに労力を使った。
その隙にジミーは飛び退いて安全な距離を確保している。
「ふふ」
ジミーがもう一度、今度は
やはりシャイニングは、あえて射線上へ割りこんで受けに回った。跳ね返った弾丸が電線を断ち切った。
「ジミー……お前は!」
シャイニングが鋭い目を向ける。
彼の背後に怪我人の姿があった。偶然ではない。ジミーは彼らめがけて発砲したのだ。先ほどもそうであったように、シャイニングには彼らを見捨てることができない。
「よく防いだな。なぜ無用な庇い立てをするか訊いてもいいか?」
「誇れる父でありたいからだ」
「勘違いも甚だしいなシャイニング。まあ頑張りたまえ」
ジミーは立て続けに弾丸を放った。宣言通りシャイニングは受け続ける。
「そら右だ、いや左だ。右。後ろが空いているぞ」
怪我人へ向けて発砲し、ときに嘘で方向を惑わし、さらには直接にシャイニングを狙う。
シャイニングはすべてを受けきった。むろん、見てからでは間に合わない。ジミーの行動を読んで動いているのだ。兄弟のように育った彼だからこそできる芸当である。
ジミーは笑いながら攻め続ける。
「いいぞ。似たような遊びを子供の頃にしたっけな。嫌いな遊びだったが――おっと」
銃がむなしい音を立てた。弾が切れたのである。
隙を突いてシャイニングが攻撃に転じる。
「補給の隙は与えんぞ」
「そうでもない」
「何――ッ」
踏みこもうとしたシャイニングの身体がつんのめった。怪我人のひとりが彼の足を掴んでいたのである。
彼は傷の痛みと恐怖に耐えかねてシャイニングにすがりついたのか?
そうではなかった。
怪我をした漁師の男は、涙を流しながら笑うとジミーへ向かって叫んだ。
「殺してぇええええッ」
自分の意思で足止めをしたのだ。
「よくやった」
銃弾を補給すると、ジミーはシャイニングへ向かって冷静に狙いを定め、引き金を引いた。
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