第48話 シャイニングを待ちわびて③


「単刀直入に言うが、あんたはもうお終いだよ」

「たとえ緊急だろうが直接連絡はしてくるなと言っておいたはずだろう」


 高級料亭「必殺」。貸し切った二階にある「ラブカの間」で、ジミーは昔なじみの男と向かい合って座っていた。品のない顔にアロハシャツを着た外の男である。テーブルには、上品に整って、まるでプラスティックみたいな高級懐石料理がならんで、すでに冷め始めていた。男は好きな物だけ選んで下品に喰らい、ジミーは一切手をつけていなかった。


「口には気をつけてもらいたいね。元はといえば俺が企業と引き合わせてやったんだぜ?」

「単刀直入に言うのではなかったのか?」

「重役どもがあんたを切り捨てた。あんた役員の中に死人を出したろ。それ自体はどうでもいいってお人らもいるが、死んだ状況が悪かった。売春クラブとかクスリはやばい。奴らあんたとの関わりをなかったことにしたがってる」

「奴らの望んだものを食わせてやっただけだ」

「それがまずい。奴らはすべてあんたが勝手にやったことにしたいんだから」


 男は寿司のなかからマグロだけを食べた。

 ジミーはやはり箸すらもとうとしない。


「握りつぶせばいいことだ」

「現代じゃ悪評は消せない。それに、あんた報道の人間もやったのか? まだ水面下だが奴らウキウキであんたを調べてる。ビッチの遺族やら関係ないビッチから報道素材を集めてもいる。『慰謝料もたんまりもらえますよ』って」

「ヤツらは仕事でやっている。つまり金で解決できる問題だ」

「程度によるだろ。ジャスジャスって男を知ってるか?」

「ハイスクールで一番の臆病者」

「そのジャスジャスがあんたを売った。報道関係への証言を始めているし、重役たちにも取り入ろうとしている。つまり全部あんたの責任にするような証言をばらまいてる。多分うまくいくだろう。お偉いさん方もジャスジャスが好きだ。無論あんたのほうが優秀だろうが、ジャスジャスは扱いやすい」

「……豚どもと直接話をさせろ」

「そんな時間はない。あの人らは学会員にあんたの抹殺を依頼した。『フカマサが来る』ぞ」


 サメの街、そしてその外でさえ、学会員の名は脅威である。さすがのジミーも黙った。

 男は下品な笑みを浮かべて続けた。


「安心しろって。俺が取り持っておいた。条件をのむなら命だけは助かる。その条件は売春倶楽部のこと、学校の爆破のこと、その他まあいろいろ。この街での重役たちにとって都合の悪いいくらかのことをあんたがやった事にしてもらいたい。待てよ。これが精一杯だった。学会員をチラつかされてはどうしようもない。しかもあの『フカ雅』だぜ? 怪談の部類だ。それだけあのお人らも本気って事だ。だから、なあ? この条件で手を打っておこうぜ……失礼――」


 男は部屋の隅へ行くと、畳の上へ吐瀉した。もどってきた顔は真っ青で脂汗が光っている。


「な? 死ぬよりいいだろ? とにかく条件をのんでくれ。とりあえずでも受け入れておけば、その後の交渉の余地もある。俺にまかせてくれればいい」

「やけに気前がいいな。何を企んでいる?」

「よせよ。俺らのあいだがらだろ?」

「断る」

「――なに?」

「豚共に尻尾を振るつもりはない。お前の力も必要ない」

「オイオイオイ。命あっての物種だろ。再起するんだよ、命さえあればあんたにならできるさ。冷静に判断しろよ」


 男は立ち上がって、また吐くと、戻ってきてジミーに詰め寄った。


「マジの話だ。学会員へオファーを伝えに行ったのは俺の知り合いだった。ヤツはシチューみたいになって死んだよ。とうぜん、フカ雅がやった。依頼は引き受けたのにだぞ。理由は『サメの観察を妨げたから』だ。ヤツら常識が通じないんだ。ミキサーに話しかけるようなもんだ。命乞いしようが巻きこまれたら最後だ」

「私より、学者ごときを恐れているわけか。どいつもこいつも」

「学会員だ。ただの学者じゃ――おいおい」


 料理の皿が蹴散らされる。ジミーは机を乗り越えて男の胸ぐらをつかんだ。


「待て。待て待て。落ち着け。落ち着けってよぉ。二十年? もっとか? 二人でやって来ただろ、俺たち? ヤクの取引、船上カジノ、死体の始末、危険な海域ってのはいろんな使い道があったよな? その海域でサメのいない時間帯をあんたが選ぶ。俺は客を探してくる。最初はそうやって旗揚げしただろ? それでのし上がって、企業の重役たちとまで仕事ができるようになったんじゃねえか。俺の手伝いがあったからこそだろ?」

「その重役どもが恐ろしいのだろう? 私の首を差し出して機嫌を取り、次からはジャスジャスに乗り換えるわけか」

「違う。ひどい誤解だ。俺の目を見てくれ。神に誓うよ、嘘だったなら死んでもいい」


 ジミーは男のアロハシャツを引きむしった。男はジーンズの腹に銃を隠し持っていた。


「これは……これは護身用だよォ~こうやって――」


 男は右手を銃へ走らせる。その手首をジミーが素早くつかんだ。アルミ缶を潰したような音が響いた。骨が粉砕され、男の拳が反対側へ垂れ下がった。


「えッえッ!? 何だこりゃあぁあああ」


 信じられないという顔の男をよそに、ジミーは悠々ゆうゆうと銃を拾い上げた。


「裏切りが確定したな。初めから貴様など信用しなかったが」

「これは……護身用だろうがよォッ……!」


 男はラブカ柄の障子を突き倒して部屋から逃げ出した。隣の部屋へ出た。誰もいず静まりかえっている。二階は貸し切りである。ジミーが歩いて後を追う。


「お……俺は重役たちから言づてを持って来たんだぞ! 俺が消えればあんたは敵に認定される……! マジだって!」

「信じさせてみろ、私を」

「学会員が来る……それで十分だろッ! 俺は巻きこまれたくないんだよ」

「それで? もう私のために話してくれないのか?」

「どう言えばいいんだ!」

「頭を絞って考えろ。私を信用させるために努力しろ」

「何なんだよぉオオオ~」


 ジミーは追いついては男を突き放し、相手が逃げるとまた追う。

 男は恐怖と腕の痛みに泣きながら、料亭内を逃げ惑った。しかし高級料亭は果てしなく広い。どこまで逃げても次の部屋が現れるばかりである。

 ラブカの。蝶の間。頰白の間。深海の間。野分のわきの間。幽の間。双頭、蛸、雪、フランケン――そしてエビルの間。

 襖を突き破って転がった男を、ジミーは膝の下に組み敷いた。

 さらに銃口を目の中へ押しこむ。眼球が外へ逃げ、かわりに銃口の方は眼窩がんかの奥へ深く潜りこんだ。


「痛ッ……痛え! 痛えぇえええッ! どうなってんだこれえ!」

「親切で言うが動くなよ。サザエの壺焼きみたいになる」

「裏切ってねえ……って……! なんで分かってくれないんだよぉおおお! 俺たち長い付き合いだろ!」

「それで」

「あんたが十代の頃からだ!」

「ふうん」

「二人でやったろ! そう、ここの海の影の支配者は俺たちだった。俺たちはいいコンビだった!」

「それはすでに聞いたぞ」

「マッチョどもが組を潰してくれたおかげで、縄張りが転がりこんできた!」

「組の報復でアサギを殺したのか?」

「ああ――は? はあ!?」

「タンクローリーを突っこませて殺しただろう。木っ端みじんに」

「なに……何の話だ?」

「さっそく嘘か」

「いや……いや! 何を言っているのか分からない!」

「分からない? 二つ目の嘘だ」

「違う、ほんとに意味が分からない! ほんとだよ! せめて訳も分からずってのだけは嫌だッやめてくれよぉ!」

「嘘でないなら話を聞く努力が足りないということだ。私の言うことを必死で理解しないってことだよなあ」

「待て! 待って! 女? そいつが組を潰したって? ああ! あんたがホレてた、あの中国人の――」

「日本人だ。また知らないふりをしようとしたな」

「痛えぇえええ! 間違えたんだ! 違う――俺はそもそも彼女の国籍を知らなかった。アジア系だからてっきり――」

「言い訳で消費する時間など無いぞ。一秒に一ミリずつ深くしていくからな」

「やってない! 報復などやってない。俺みたいな下っ端が組の仇なんて討つかよ! むしろ感謝してるくらいだ、そうだろ? 俺たち組の縄張りをかすめ取ってのし上がったんだからよぉ! 復讐なんて――」

「誰かに依頼されたか?」

「されてない、誰もしない! 捕まった幹部たちにもそんな気力はない。この世界で負け犬がどんな惨めな扱いを受けるか知ってるだろ! 一度なんて兄貴分だったヤツが俺のところにタカりに来た。追い返したけどな」

「殺したの間違いだろう?」

「――それは、いや! いや、そうだ。殺した。過去の犯罪のことは口封じする必要があった。脅してきたんだ……!」

「ついに白状したな?」

「いや……えッ! いや! 違う――違う、何でそうなるんだ! 組のヤツを殺したって話だ、女のことじゃない。違うだろ! なんでそうなる!」

「信じると思うか? 兄貴分を殺すヤツの言葉を」

「本当だって……言ってるのに……! タンクローリーィ? そのクソッタレなタンクローリーは調べたのかよ! 中国人を爆発四散させたタンクローリーはよ!」

「なぜ知ってる?」

「はあ!?」

「なぜ彼女の死因を知っている?」

「――言っただろぉッ! あんたが自分で言った! 俺をなぶってるのか! 殺すならさっさと殺せよ! いや――やっぱり助けてくれ! 何でもするよぉ」

「私がタンクローリーと言ったか」

「言った、言ったよぉ!」

「確かに言ったな」

「――え?」

「勘違いだ。悪かった。確かにお前の言うとおりだ。お前たちに彼女を殺す理由はない。納得した」

「……本当に?」

「ああ。嘘はつかない。ほら――怖がるな。ゆっくり引き抜くぞ。ほら。大丈夫だったろ? 眼球っていうものは以外と頑丈なもんだ。怖いなら銃も返そう。ほら、友情の証だ。なあ、仲直りか?」

「あ、ああ……?」

「仲直りか?」

「……ああジミー……そうだな……俺を殺さない? ほんとに?」」

「私が嘘をつくと思うか? 来いよ、飲み直そう」


 ジミーはあっさり背を向けた。

 無防備な後ろ姿に見えた。

 男の目には、最初安堵が広がり、それから屈辱の怒りが燃えた。


「ところで――」


 ジミーが振り返った瞬間、男は引き金を引いた。

 銃弾が素肌の胸へ確かに命中した。男は自分で驚いたような、なんともいえない表情になった。が、次の瞬間には明確な驚愕を浮かべた。その表情のまま彼は絶命した。目の下から脳を貫通する穴が開いていた。

 ジミーは片手を構えた姿勢で立っている。血は一滴も流れていない。

 手のひらの中心から、わずかに煙が上がっていた。そこだけ皮膚が裂けて、黒鉄を束ねたような人工筋肉が覗いていた。

 シャクティ博士につくらせたパワード肉襦袢にくじゅばんである。肉体を覆うこの薄いスーツは、サメ並みのパワーと防御力を発揮し、さらに手のひらには超小型のレールガンが仕込んであった。スペースと強度の問題上、一度に一発しか弾丸を発射できない奥の手である。

 胸からひしゃげた弾丸がポロリと落ちた。

 まだらに破れた人工皮膚を引き剥がすと、ジミーは男の死体に語りかけた。


「――ところで、お前は最後まで私を何も理解できないままだったな?」


 銃声を聞いてオウルたちが駆けつけてきた。


「――これは?」

「市長! 一体何が……どこへ?」

「お前たちを自由にしてやる」

「市長?」


 ジミーは彼らを置いて料亭を出た。


△△△


 警備を置き去りにしてジミーは車で自宅へ戻った。

 その頃、居間では息子のマックスと、愛人の女が言い争っているところだった。


「オイ、オイ! それはオフクロのカップだ。勝手に使ってんじゃねえ」

「失礼。出てった人の物をここに置いとかないでほしいわ。ところであんたずっと家にいるけど友達とかいないわけ?」

「乱暴にあつかってんじゃねえ! 正妻のカップだぞ」

「あんたのママが何番目の奥さんか知ってる? あたしは知らない。ジミーもきっとおぼえちゃいない」

「一番目だよバカヤロウ」


 物を投げつけようとしたところでジミーが入ってきた。


「オヤジ……この女が今――」

「あなたお帰りなさい! 遅くなるって聞いてたものだから!」


 ジミーは二人を無視して書斎へ向かうと、金庫の中からいくつかの書類を取りだして焼き、どこかへ電話し、それから居間へ戻ってきた。


「オヤジィ、こいつが――」

「家を出て行け」

「えッ!」

「いやなら出家でもしろ」

「ざまあ」


 という愛人を引っ張って、再び車に乗り込み、ジミーは港へ向かった。高級車は海へ突っこませた。おそらくは何の必要もない行為だった。

 所有のクルーザーへ乗りこむと、ジミーは岸へ荷物を運び出しはじめた。布がほどけて、黒光りする銃身が覗いた。隠していた重火器のコレクションだ。

 一連の行動の目的を愛人は何も説明されていない。呆然としている彼女をジミーはクルーザーへ乗せると、エンジンをかけ、それから操舵室のコンソールをパワード肉襦袢にくじゅばんの手刀で破壊した。


「ジミー……なにをしているの?」

「私は失脚した。それでも私を愛しているか」

「――も、もちろん。もちろんよ、ジミーさん」

「なら私を信じてそうしていろ」


 言い残してジミーは一人だけで船を下りた。コントロールを失った船が出港する。


「え? えッ!」


 女はうろたえるが、もはや岸に戻れる状態ではなく、それどころか船は加速しだした。船の向かう先は灯台のある岩場である。座礁したままのあのシーザー号がある。


「ジミー! 信じてるわジ――やべえッ!」


 シーザー号にぶつかるギリギリのところで、女は船から飛びおりた。水に落ちる前に、ゆきずりのサメが飛び出して彼女をキャッチした。かなりがんばった方といえるだろう。

 クルーザーとシーザー号がもろともに爆発、炎上する。

 海岸に立って、ジミーは炎を見つめ続けていた。

 月が隠れて、やがて彼が来た。


「ジミー・パーン……」

「待ちくたびれたよ。シャイニング」

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