第43話 シャイニングとスターライトのレッスン~シャイニング特製サメピッツァ~


 かまぼこ。

 日本人におなじみのこの食べ物の原材料はサメ肉である。

 ミートバーグが、このかまぼこの生産量で日本に次ぐトップを誇ることは有名である。ミートバーグを歩けば、日に何度かは、かまぼこ製造業者のトラックとすれ違う。もっとも有名なかまぼこ業者は創業六〇年を越える老舗『TAKESI』であるが、最近、外から参入してきた企業が、価格の安さと、市場の広さで勢力を拡大しつつあった。

 この廉価れんかかまぼこ業者のトラックは派手なロゴですぐ分かる。冷凍車の場合は倉庫からサメを運んでいるのだ。

 ハンサムたちの乗ったバイクが、その冷凍トラックを追い越した。コンテナの中で何かがガタガタ音を立てたが、二人も、トラックの運転手もそれには気づかないままだった。



「ピザァ!」

「ピッツァ!」


 IQの下がった二人はピザの名を呼びながらバイクを飛ばし、狩人の目でピザ屋を探した。


「アアッ! (あれです)」

「ザァ! (アレがピザ屋ですか)」

 

 ピザ専門店。『サメノ・ピザ』のネオンが神々しく輝いていた。


「ピザァ!」


 前転で店へ飛びこんできた『着ぶくれ』二人。しかも片方はサメマスクの上にサングラスを装着している。そんな客にも、さすがピザ大国アメリカのピザ店員は差別することなく応じた。


「イエッシャッシャ-ク! (いらっしゃいませ)」


 声がいい。

 捻り鉢巻きに、パリッとノリのきいたビキニ、パンッと手を叩いた姿も粋である。本場のアメリカンピザはこうでなくてはいけない。


「オァアッ! (たのもう)」

「ヨォッオネアッシャーッ! (よろしくおねがいします)」


 ハンサムたちも粋に対応した。この辺り街になじみ始めているといっていい。


「ドゥーウッシャー? (どれになさいますか?)」

「サアッ! (メニューのここからここまで全部ください)」

「ザッ! (このコーラもください)」

「ザァッ! (かしこまりました) 注文ザァ! (注文はいります)」

「ザァッ! (あちらの席でお待ちください。あとコーラになります)」

「ザァッ! (ありがとうございます)」


 店員は、クーラーボックスからキンキンに冷えたコーラのビンを取り出すと、ジャグリングしてから、ノールックでハンサムたちへ投げ渡した。粋である。ハンサムたちもこれを片手でキャッチした。質問など、ましてや「ビンを投げるな」などと無粋なことは一切言わない。空いている席を探す。


「ああ~めちゃくちゃいい匂いがする」

「なんだよ窓際の席は塞がってんな。俺は自分の乗り物の見える席で飯食いたい派なんだけどな」


 窓際のテーブルは、いちゃついているカップル、風俗情報誌を熟読するサラリーマン。かまぼこ業者の帽子をかぶった男。携帯電話で差別発言を繰り返すフリーター。などが占領している。窓の外にはスターライトから拝借したバイクの他に、冷凍車が駐まっている。


「ミックスマッシャアッ! (ミックスピザお待たせしました)」


 声とともにピザが回転しながら飛んだ。粋なピザ屋はこうやってピザを提供するのだ。窓際のサラリーマンはあらかじめ用意しておいた皿でこれを受け取った。玄人となると皿回しのように指一本でキャッチしてしまうのだが、彼はまあ中級者といったところである。

 早速サラリーマンは鼻の下を伸ばしてかぶりつき、チーズをホフホフたぐった。ピザを食べるとき、人は好色な顔になる。

 熱々のピザはチーズもたっぷり香ばしく、トマトのジューシー加減も絶妙、サラミもスパイシー、それらをバジルの香りが引き締めている。ややこしいトッピングはいらない。こういうのでいいのだ、とサラリーマンの好色な顔は語っていた。

 それをサメのような目で見つめていると、また「マッシャー」といって空中をピザが飛んだ。注文した品が来たのかと、期待したがピザの軌道は窓際のカップルのところへ向かっている。

 カップルは粋ではなかった。店の都合など無視していちゃつくことこそオリジナリティ、俺たちは特別な存在、という価値観に取り憑かれているのか、ピザを無視して唇のついばみ合いをはじめた。

 ピッツァよりもキッスを優先した、というわけである。その時だった。

 何かが飛びこんできた、店内の窓がすべて割れた。サメだ。凍った無数のサメの襲来だった。冷凍ザメの群れは、かまぼこ業者の男の頭を撃ち抜き、天井や床に突き刺さった。凍って刃のように鋭くなっている。

 しかも体内には冷凍ガスが充満しているらしい。極低温のガスがサメの口やヒレから漏れ出し、まだ空中を飛んでいたピザを瞬間冷凍した。


 缶ビールを冷やすさい、容器を氷につけて回転させると早く冷えるという事実をご存じだろうか。回転させることで中の液体が動き、熱交換が活発になるため、早く冷えるのである。

 つまり、ピザも回転している方がよく冷える。

 凍って刃のように鋭くなったピザは、高速回転しつつ飛んで、カップルの首を同時にはねた。首は天井まで飛んで粉々になった。ピザの冷気で凍ってしまったのだ。


 ハンサムたちは慌ててテーブルの下へ伏せた。

 サメはどこから来たのか?

 冷凍トラックである。サメが雪山や北極でも活動可能なことは公的記録にもある事実である。サメを凍らせるには超低温の措置をとる必要があったのだが、今回サメを運んでいたトラックは廉価かまぼこ業者のトラックである。モグリの業者に騙されたか、コストダウンのためにありふれた冷凍措置をとったにちがいない。半冷凍のサメがコンテナを突き破って襲ってきたのだ。半壊したトラックからサメは次々に飛び出してくる。


「サメがァアアアアッ!」


 無論ミートバーグの住人たちはビキニからマグナムを取り出して応戦した。

 弾丸の雨が、冷凍ザメの群れを迎え撃った。

 だが、弾丸はすべて凍ったサメの体表に弾かれてしまった。

 しかもすさまじい冷気である。地面や壁が凍り付き、冷えた銃が手にひっついて離れなくなった。しかもサンダルばきの足から冷気が浸透していく。

 住人たちが慌てているうちに、サメたちは氷を滑り台にして店内へ侵入してくる。ヒレを伸ばして滑ってくる姿はまるでペンギン。


「かわいい!」


 それが最後の言葉。冷気が全身を被ったのだ。冷凍ザメが突進した。銃を構えていた住人たちはボーリングのピンのように砕け散った。


「やべえぞ、出ろ出ろ、地面が凍っている」

「冷たッ!」


 『着ぶくれ』のぶんハンサムたちは冷気に強かった。テーブルの上に飛び乗って、飛んでくる冷凍ザメを腕で払った。


「なにッ!?」


 トミカの腕にサメがくっついていた。冷気のせいだ。冷凍ザメがガチガチ歯を鳴らす。


「あぶない!」


 ハンサムはフォークでサメを突き刺した。サメはトミカの腕の皮膚と一緒に剥がれ落ちた。血が流れ出すが、それもすぐ凍ってしまう。


「トミカ……こいつらに触るのはヤバイ」


 一瞬サメにふれただけのフォークが凍って、手から離れなくなっていた。


「逃げるしかねえな――」


 窓はサメと冷凍ガスで塞がれている。出入り口へ視線を向けると、そちらは初めに撃ちこまれたサメたちが突き刺さり、さらに、その際に死んだ客たちの死体が凍り付いて壁となっていた。ハンサムとトミカ、それに生き残った客たち総掛かりでも、とても破壊できそうにない。


「裏口とかねえのかよ!」

「シャッ……シャーセェ!」


 ピザ店員に声をかけたが、彼は震えて歯の根も合わないようだった。恐怖か低体温のせいかは分からない。そうこうしている間にも冷気は充満し、体の自由を奪っていく。そしてサメたちが殺人ペンギンのように迫ってくる。

 もはや逃げ場もなくなったその時である。炎のように真っ赤なバイクが、氷の壁を突き破って店内に飛びこんできた。凶暴なタイヤが勢いのままサメたちを蹂躙する。


「危ないところだったね」


 車体を横滑りさせて止めると、謎のライダーはハンサムたちを振り返った。武道着を身につけている。シャイニング・バッファリンである。


「シャイニングさん!」

「おっさん!」

「見つけたぞ。しょうのない悪ガキどもめ」


 シャイニングは軽く笑って、バイクを降りた。

 風通しの良くなった出入り口から客たちが逃げ出す。


「君たちも逃げろと言いたいところだが、ちょうどいい。そこでSHARK神流の技を見ておくといい。マスター、ピザを!」

「へ、ヘイラッシャーク!」


 反射的に店員はピザを投擲した。シャイニングは指一本で粋に受け取ってくるくる回した。


「SHARK神流は戦うために使用する力を三つに分けて考えている。一つは筋力や体重を含めた『肉体の力』だ」


 そう言ってシャイニングは飛んできた冷凍ザメをチョップで切り落とした。彼の手はサメに喰われてもいなければ、凍ってすらいない。冷気の浸透より速く両断したのだ。


「二つ目は重力や気候、その他、武器なども含めた『環境の力』をいう」


 シャイニングはピザを投擲して、襲い来るサメたちを切断していった。熟練の武道家にかかればピザは凶器となる。しかもどうした技術か、ドローンのように彼の周囲を飛び続けて、サメから守っている。


 駐車場でトラックが吹き飛んだ。すべてのサメが飛び出して店を襲う。天井が吹き飛ばされ星空が見えた。冷凍ザメたちが舞い上がり、気流に乗って回転し始める。しかも周囲の水分を凍らせて結合し始めた。気流に従ってそれは螺旋状らせんじょうに固まっていく。ドリルである。結合したサメたちが巨大なドリルを形成している。台風しかり、DNAの形状しかり、自然物は何かと螺旋を描きがちである。つまり冷凍ザメがドリルになってもなんら不思議はない。

 重さ数トンにも及ぶドリルが、シャイニングめがけて落下してくる。しかも回転によって弾丸のような速度をもって。

 逃げる隙はない。人間の筋力で防げるものでは尚、ない。


「――三つ目。SHARK神流の奥義はこの三つ目の力の運用にある。ニンジャやカラテ家も同様だね! 見ていたまえ、これが『第三の力』だ! 親ァ!」


 シャイニングは落下してくる巨大なドリルザメを素手で殴りつけた。右腕が凍る前に、左腕を撃ちこむ。左腕か凍る前に、右腕を撃ちこむ。その繰り返しである。しかも一撃一撃に物理法則では考えられない不思議な力が宿っている。


「オヤ! オヤ! オヤオヤオヤオヤ親親親親親親親! これが親の力だよォーッ!」


 中年男性の突き《ラッシュ》がついに巨大な氷塊を打ち砕いた。氷塊はすべて空の彼方に消え、それだけではない。周りの冷気さえパンチの圧力で吹き飛んでいた。破壊の後の一瞬の静けさの後、街の喧騒と供に暖かい夏の夜の風が吹き込んできた。


「すげえ」


 トミカが思わず呟く。

 生き残りの客が今更ながら指摘する。


「あのピーキーなマシン――間違いない。あんたはかつてこの街のサメをすべてバーベキューにした男。過去七〇〇体のサメを素手で爆発させ、丸呑みにされること十三回、そのすべてを生き延びた男……! 指定暴力BBQ組織『明-AKIRAKA-』の初代総長、シャイニング・バッファリン!」

「フフ、ピッツァも好きだがね!」


 シャイニングは男臭い笑みを見せてから、ウインクを飛ばした。武道家のウインクの圧力は強い。まぶたから火花が飛んで、ちょうど漏れ出していたガスに引火、わずかに残ったサメもろとも『サメノ・ピザ』は爆発四散。ミートバーグに毎夜咲く花火の一つとなった。

 爆煙の中から、シャイニングのバイクが二人の弟子を乗せて飛び出した。

 着地すると、シャイニングは二人を降ろし、人差し指をピンと立てた。炎の中からピザが飛んできて彼の指の上に収まった。

 ピザはスライスしたばかりのサメの肉がトッピングされ、しかも最高の焼き加減だ。


「ヘイッ! サメピッツア一丁上がり!」

「ヒューッ!」


 小粋。野次馬たちが歓声を上げた。


「さあ、帰ろう」


 シャイニングは言った。弟子たちは地面に座りこんだまま声も出せない。涙が流れていたが、それが恐怖のためなのか、感動のためなのか自分たちでもわからなかった。


「いろいろありすぎて感情がバグってしまったかな?」

「……俺ら逃げ出したんだ。それにマツリたちにもひどい事を……」トミカがようやく言った。

「謝ればいいさ。許してくれるまで謝ればいい。いいかい、二人とも。私は弟子のことを勝手に家族だと思っている。だから勝手なことをいうけれども、君たちは戻ってこなくてはダメだ。喧嘩することもあるだろう。もしかしたら、私がとち狂って君たちに出て行けと言うことすらもしかしたらあるかもしれない。君たちが逃げ出すことだって、こうしてある。だとしても、帰ってきてくれなくてはだめだ。家族なんだから。戻って来てくれれば、分かり合うための時間はいくらでもある」


 シャイニングは暖かいピザを彼らに渡した。


「ピザのことは皆には内緒だよ。でも、女子たちにはちゃんと謝らないとだめだぞ。後が怖いからね!」


 有無を言わせない暖かさが、シャイニング・バッファリンにはあった。そのぬくもりに包みこまれるのを感じたときには、二人は頷いていた。温かなピザを食べた。

 そして寺へ帰るとマツリ、アリシア、スターライトへ頭を下げた。

 三人はそれぞれのやり方で謝罪を受け入れてくれた。

 アリシアが無言で突きつけてきた兵糧丸を、二人はありがたく頂戴した。

 この日から、二人の修行へ対する打ちこみようが変わった。

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