第41話 シャイニングとスターライトのレッスン~マツリ玉・スーパードライ~


 修行二日目。

 チェーン宋寺ソウじの朝は悲鳴から始まる。


「あああああああああああッ!」

「あああああああああああッ!」

「良しッ 兵糧丸ひょうろうがんを食べたら昨日のルートを往復だ! 兵糧丸の携帯を忘れるなよ! おじさんはモチモチほろほろの『山菜&ヤマドリのおにぎり』を食べるけれども」


 夜が明ける前にたたき起こされて、まずはマツリ玉――兵糧丸をキメて寺を出る。スターライトは早朝の行があるので来ないという。


「どうだい! 我がバッファリン家の秘薬は? 疲れがすっかり吹き飛んで異様に体が軽いだろう!」

「確かに疲れは残ってないけど……一睡も出来なかった」

「心がやすまらねえ……結局トレーニングはツレぇし」


 竹林をすぎ、岩山に出たころに日が昇ってきた。そして昨日の熊くんが追いかけてくる。

 森に入ると遭難者が声をかけてきた。


「やっぱり助けてくれ……腹が減って下山できない。何でもいいから食い物を……」

「助けてほしいのはこっちだよ!」

「何でもッつったよな? マツリ玉でも喰らえよ!」

「あああああああああああッ!」


 猿くんたちとともに霧から逃げ、川に突き落とされ、熊くんと一緒になって必死で泳いで滝壺に沈んだ。シャイニングが二人を引っ張り上げてようやく休憩。彼はおにぎりを食べながら言った。


「うーん。二人とももっと楽をしないとだめだよ。武芸の行き着く先は『楽』だよ、楽。楽ちんの楽。いかに楽して力を使うか、目的を果たすか、だよ」

「死ねば楽になりますけどねー!」

「殺せー! ひと思いに殺せー!」

「死なないよぉ……なぜなら秘伝の兵糧丸があるからね」

「あああああああああああッ!」

「あああああああああああッ!」

「ようし! 元気になったらダウンヒルだ。熊くんもご苦労さん、ご苦労さん」


 ボロボロになって帰ると、昼。スターライトがチキンを囓りながら迎えた。もちろんハンサムたちの昼食は兵糧丸だけである。

 今日は海鮮バーベキューだ、などとはしゃいでいる皆から離れて、丸薬を飲み下す。


「私たちばかりいいのかな」

「しかたがないさ。SHARK神流の合宿は三食兵糧丸と弘法大師の時代から決まっているのだからね。おい、近くで食べるなよ。臭いがするからな」


 スターライトは容赦のないことを言い、マツリは恐縮した。マツリはやや思案したあとで手を叩いて言った。


「じゃあ私、兵糧丸がパワーアップするよう調合を研究してみるよ」


「味! 味を改善してほしい! 無味でも、なんなら激辛でも構わない!」

「脳がむずむずして裏返りそうになるんだよ、この苦さ!」


 男子たちは必死で懇願した。


「もっと効き目がでるように濃度を濃くしてみるね!」

「私も手伝うよ、マツリ」

「アリシアさん」

「アリシアでいいって」

「味だって言ってるだろ! いい話だけれども」

「自分のやってることが分かってんのか! お前は俺たちの心を殺し続けてんだぞ!」

「素材から強化してみたらいいんじゃない?」

「確かに……もっと強力な素材を使えば、効果は増すはずだよね!」

「あれ? 俺たちの血の叫びは聞こえてないのかな?」

「死んでんのかな? 俺ら。すでに死んで魂だけで苦しみ続けてんのかな?」

「さあ、山に入る時間だよ」

「いやだ……」

「死んでた方がましだったわ……」 


 二日目の午後は、スターライトのバイクに先導されて、別ルートで山を巡った。食材を集めるという名目だった。丸薬の素材集めを手伝うと約束したため、アリシアも一緒だった。

 竹林。沼。カモシカも滑落するような崖。大岩の転がる河原。彼女はスターライトの運転するオフロードバイクの後ろの座席で、関節の壊れた人形のように翻弄されている。

 スターライトは山を熟知していた。それぞれの場所でとまって、食材および兵糧丸の材料を採取させた。


「これがマツリ玉になるのか……」

「自分で自分の墓を掘るみてぇな気分だ」


 彼らの前をアリシアが横切っていって、物陰で吐瀉していた。披露でひがみっぽくなっていた二人は密かに溜飲を下げた。


「うかつな口約束をするからこうなるんだ」

「たったひとつの間違いで地獄に転げ落ちるんだよ、この山じゃあよ。ザマあねえな!」


 物陰から石が飛んできた。

 日暮れまでには川魚や山菜のほかに、スッポン、野生のカカオ、異様に綺麗な目をしたトカゲ、青い色をした謎の幼虫、人型の根菜、人面ガニ、スターライトが決して名前を教えてくれない花、などを採取して、背負子しょいこに入れて帰った。帰りは熊くんが殺意たっぷりに見送ってくれる。

 寺に帰ると二人は倒れ込んだ。


「終わった……」

「今日も生き延びた」

「お前たち何をやってる。まだだぞ」

「ハイハイ、マツリ玉だろ?」

「これから私のレッスンだ。もちろんマツリ玉は食ってからだが」

「レッスン?」


 本堂に入る前に着替えを強要された。ダンスシューズに、タイツ、動きやすいTシャツにハチマキ姿。カラフルなリストバンドも忘れないよう言われる。

 菩薩像の腕をフック代わりにして、鏡面加工した大きなフィルムを垂らしている。


「ようこそ。スターライトダンスSTUDIO《スタジオ》へ。YOUたち楽にしちゃってよ」


 ラジカセを担いだスターライトがリズムを取りながら入ってきた。


「なんだこれ……地獄か?」

 

 スターライトPの言い分はこうだった。

 訓練を見る限り、二人とも体の使い方が出来ていません。その弱点を克服するためにダンスレッスンを提案します。ダンスは体の動きをミリ単位でコントロールする必要があります。しかも全身運動でもあります。リズム感も身につくし、基礎能力のトレーニングにはうってつけです。

 幸い、偶然にも自分はアイドルその他に造詣ぞうけいが深いです。よって自分のレッスンを受ければ武芸はもちろん、トップアイドルも夢ではない。私にはそのビジョンとメソッドがあります。武芸の芸は「芸能」の芸なのです。云々。


「話し終わりました?」とハンサムは言った。

「オタクの妄想話終わったら俺らもう休ませてもらえねえかな?」

「良し。パーフェクトコミュニケーションだ。まずは私の推しの話からきかせようか」

「こわぁ~」

「話をぜんぜん聞いてねえよ何だこのババア」


 言った途端、足下をゴム弾が粉砕した。


「次は当てる」

「めっちゃキレるじゃん……」

「スターライト、でも俺たちは――」

「プロデューサーと呼べ。スターライトPだ」

「あっぶねえ! なんで俺の方撃つんだよッ!」

「次は避けるなよ」

「避けるわ!」

「いいか。これは必要なことなんだ。今から音楽に乗って説明してやる」

「スターライトP、べつに音楽に乗らなくても普通に……」

「避けるなよ?」

「だからなんで俺の方撃つんだよバカ!」

「お前らは、サメと戦うようなヤツらから二人で身を守らなきゃならないんだぞ。そのために何が必要か? コンビネーションだ。つまりユニットを組むことだ」

「自分の都合しか話さねえよ……怖え~」

「スターライトPつまり俺たちはコンビネーションを鍛えればいいのか?」

「それだけじゃない。ハンサム、お前は自分のハンサムぢからをコントロールする必要があるんだぞ。お前がハンサムじゃなければ、ビッチ器官が反応する機会もぐっと減るんだ。つまり、ハンサム度合いをコントロール出来れば、それはビッチ器官をコントロールするに等しい。普通の人間のように暮らせるということだ」

「……ホントだ! すごいよスターライトP!」

「言いくるめられてるんじゃねーぞ」


 スターライトはトミカの腹にゴム弾を撃ちこんで、


「日本の伝統芸能『猿楽さるがく』を知っているか? 猿楽は、ほとんど役者の演技だけで物事を表現する。動作や、面をした顔の角度ひとつで、老役者が美女にもモンスターにも精霊にだって変身してしまうのだ。その力は時の将軍たちからも保護され、神の代行者であるミカドからもリスペクトされるほどだ。あらゆる武芸の元であるとも言われる。おそらくムサシやニンジャも猿楽の達人だったに違いない。ゴクウもだ」

「スゴイ! やっぱりゴクウはスゴイ! じゃあ俺も猿楽をマスターすればブサイクにもなれるのか」

「そうだ。そして日本にはゴクウと並ぶ猿楽の達人がいる。それが『ジャニ』たちだ」

「ジャニ!」

「ジャニたちは『ジツ=シャカ』と呼ばれる技によって、様々なヒーロー、モンスター、宇宙戦艦などに変身するのだ」

「ジャニってスゴイ!」

「そうジャニたちはスゴイ。そこでだが、さいわい私はジャニに詳しい」

「えっスターライトPがジャニに詳しい!?」

「偶然にもな。つまり私のレッスンは立派なジャニになるためのレッスンなのだ。だがジャニへの道は長く険しい。やれるのか?」

「……できらあァ!」

「お前……絶対、騙されてるぞ……」


 足下でトミカが言ったが、スターライトは無言でとどめの一発を撃ちこんだ。

 けっきょく勝手の分からないダンスレッスンが夕方まで続いた。成果はゼロだったと言わざるを得ない。


「右往左往してるだけの時間だった……スターライトはスゴイ語ってきたけど、その話もよく分からなかったし」

「バイト初日みたいな居心地の悪さだったな……体力的には山連れてかれるよりマシだったけどよ」

「ああ……次はマツリ玉か……」


 鐘撞き堂へ向かっているところでシャイニングに呼び止められた。


「君たち、夕食まで時間があるからSHARK神流のインターバルトレーニングをやろう。二十秒間沼の上を走った後、十秒間休憩、それを繰り返す。限界まで追い込むのが目的のトレーニングだからね。沼に沈んだらトレーニング終了だ」

「沼の上を走るって何だよ」

「右足が沈む前に左足を出すのをくりかえすのだ」

「おもしろい冗談ですね。皮肉ですけど」

「冗談でも二度と言うなよ、オッサン」


 二人は行き過ぎようとしたが冗談ではなかった。足ヒレを装着させられサメの沼で一時間もがいた。

 ドロドロになって帰ってくると、疲労のあまり風呂で溺れかけ、気付けに兵糧丸をねじこまれる。

 夕食後はわずかな憩いの時間である。縁側で死んだように横たわっていると、スターライトがやって来てアイドル談義を始める。トシ=チャンだとかモロ☆がどうだとか熱く語るけれども、二人は何も楽しくなかった。


「テレビとかねーのかよここ」

「DVDなら見れるぞ。実写版デビルマン。実写版ヤマト。暗殺教室。実写版ハガレン。なんでもある」

「……ちょっと、そそられねえな……」


 そこへシャイニングが提案してきた。


「暇なら型の訓練でもするかい? 基本の型くらいなら今のうちから習得しておいてもいいだろう」

「おっやっとまともな訓練じゃねえか」

「よし、ではこの二〇キロの重さのある胴着を着こみたまえ。それと五キロのリストバンドと、十キロの鉄下駄だ」

「合計何キロだよ!?」


 またまた死にそうになって、深夜のマツリ玉。ようやく床へつく時間になったと思ったら、これは訓練でもなんでもなく、酒に酔ったスターライトが乗りこんでくる。


「今、女子たちが露天風呂にいるんだが、お前たち覗きに行く甲斐性もないのか」

「寝させてくんねえかなぁ!」

「就寝用のBGMに私のアイドルベストセレクションをリピートで流しておくから勉強してくれ。朝来て停止スイッチ押してたら二人とも殺すから」

「いやだ……もういやだ……」

「仏はいねえのかよ!」


 そして、まったく待ちわびていない朝が来て、マツリ玉の時間になる。


「みんな、新型兵糧丸の試作品ができたよ!」

「兵糧丸マツリスペシャル・スーパードライだ。お前ら喜んで食べるよなあ!?」


 素材集めの時のやりとりを根に持っているアリシアがトングを押しつけてくる。


 こうして三日目が始まる。

 そろそろ、二人のストレスは限界に近づいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る