第40話 シャイニングとスターライトのレッスン ~噛んでみろマツリ玉~


 修行初日。

 修行はシャイニングとスターライトの前口上から始まった。


「いいかね。愛弟子の諸君! 今日からこのシャイニング師匠と」

「このスターライトPが君らをプロデュースするが!」

「基本なくして修得できる奥義などないことを! おじさん忘れないでもらいたいと思う!」

「そして基本をおろそかにする者を信用するプロデューサーもいないということを、肝に銘じてもらいたい」


 尖った岩の上で、太陽を背に腕組みをして、彼らはそう言った。


「眩しッ!」

「なんでわざわざ高いとこ登るんだよ」


 彼らがいるのは寺から少し離れた岩場である。巨大な積み木のように岩石が積み重なっている。

 チェーン宋寺の周囲には様々なエリアがある。

 寺から一番近いところにある竹林。

 サメが泳げるほど水気に満ちた森。

 川ザメの泳ぐ、急流。そしてその上流にある大滝。

 そして積み木のような岩場。

 

「で、結局なんなんだよオッサン。ていうか弟子入りはしてねえけどな」

「うむ、とりあえず初日は君たちの基礎体力を――」

「え? ちょっと聞こえないですシャイニングさん。横風がスゴイ」

「今日は体力測定をするって言ってるの!」

「体力測定?」

「といってもこの辺の案内もしておきたいところだからな」スターライトの声は岩場によく響いた。「とりあえず初日は、親睦をかねてピクニックと行こうじゃないか」

「君たち、走らないと食べられちゃうよ」


 そう言い捨てると、シャイニングは風切り音を残して、頭上の岩から岩へと遠ざかっていった。スターライトもオフロードバイクに飛び乗ると、爆音を轟かせて走り去った。

 残されたハンサムとトミカは顔を見合わる。


「ニンジャかな?」

「おっさんども最後になんか言ってなかったか?」

「食われるとかなんとか?」

「ていうか獣臭くねえか?」

「……ハアハア言ってるのが聞こえる」


 二人がゆっくり振り向くと、口に川ザメを咥えた熊くんが立ち上がって威嚇していた。バクハツ-オチ山脈に住む熊は、鮭の代わりにサメを捕食する極めて獰猛な種である。

 二人はエリマキトカゲのように全力で走りだした。これが特訓の始まりだった。


 岩場を越え森に入った。

 前方にキャンパーの姿が見えた。

 己の実力を過信してサメ山に挑んだものの、遭難してしまったものらしい。彼は一行に気づいて救助を求めてきた。しかしハンサムたちのほうも熊くんに追われる身。むしろ彼らの方が危機的状況にあった。


「助けて! もう三日も食ってない!」

「遭難者だ!」

「オイ助けてくれ遭難者! 得意のサバイバル術でなんとかならねえのかよ!」

「――来んなバカ!」


 遭難者は反対方向へ逃げ去った。熊くんはハンサムたちの方を追ってくる。

 さらに逃げる二人へ、スターライトのバイクが木々を縫いながら近づいてきた。


「迷いの森だ、霧の深いところに気をつけろ。サメは霧の中くらいなら活動可能。ゴリラの死因の三〇%はサメだ。これを仏教用語で『ゴリ霧中』という」

「霧は水。よってサメは霧中を泳いで襲ってくるからね! おっ来た来た。早く逃げ給えよ」


 前方から霧が流れてくる。白いモヤの中には沼ザメが泳いでいた。


「どこ逃げりゃいいんだよ!」

「トミカ、猿が逃げてく方へ行こう!」


 頭上を枝から枝へ、猿くんたちが悲鳴をあげて逃げていく。樹上の猿くんからは霧の方向が見通せるはずである。

 上を見たまま全力疾走していると、急に足場が消えた。崖から落ちたのである。


 下は川だった。

 バクハツ-オチ山脈の水源にはサメが混じっている。竜巻で巻き上げられた海ザメが山中で繁殖しているのだ。しかもサメのラッシュアワーには下流からサメの群れが遡上そじょうしてくる。そういうわけでハンサムたちの落ちた川にもサメがいる。川の上をターザンのように移動する猿くんたちをジャンプして捕食しようと狙っている。


「深い!」

「フカい! ザラッとした!」


 水中のサメを踏んづけたらしい。川はサメでいっぱいだった。

 河原、というより崖を斜めになって併走しながら、スターライトが声をかけてくる。


「泳いで上流まで行けよ、上がってきたら撃つからな。仏教徒は笑いながら人が撃てる」

「ふざけんな!」

「死ぬ死ぬ!」


 遡上そじょうザメたちは猿くんをヒレにしがみつかせたまま追ってくる。二人は必死で泳いだ。熊くんも必死で泳いだ。

 大滝のところまで逃げてようやく陸へ上がることを許された。

 力を使い果たして、二人はマグロみたいに転がったまましばらく動けなかった。

 シャイニングとスターライトが批評を下した。


「体力はなかなかだが、力の使い方に無駄が多すぎるね」

「サメ人間のくせにエラ呼吸もできないのか。ビッチ器官が働かないとただの人間だな」

「言葉に配慮がなさ過ぎる……」

「もうすぐ昼だし帰るか」スターライトが自分の腹具合を手で探りながら言った。

「ご苦労さん、ご苦労さん」シャイニングはヘロヘロの熊くんに鮭の賄賂わいろを渡している。

「どこから出したんだアレ……」

「とにかくやっと帰れる……」

「よーし、お腹も空いたしおじさん近道しちゃうぞー。いいかな?」

「いいですね。あのあたりの崖は最高だ」

「崖!?」


 気のせいか、崖の話を聞いて熊くんが逃げていったような気がする。

 ともかく、何度も滑落死しそうになって寺へ戻ったときには、昼を大きく過ぎていた。マツリと昼食の準備をしていたアリシアが「遅い」と文句を言った。


「時間かかった理由を一から教えてやろうか? 絶対信じねえぞ」

「帰ってこれないかと思った……俺ちゃんと生きてる?」


 ハンサムが好男子特有のさらさらした汗を輝かせつつ言ったので、アリシアは彼の顔に滑稽なサングラスをかけて隠した。それからトミカの方へ顔を向けて、


「次にあんたは『お前なんのためにいるんだよ』と言う」

「言わねえけど」

「学校が吹っ飛んだから」

「……そういや、そんなことあったな。バクハツの瞬間はおぼえてねえけど」

「これから一ヶ月は休校だって。一ヶ月後だってどうなるかわかんないよ」

「都合は良かったじゃないか。学校休んでいても怪しまれない」スターライトが言った。

「SHARK神流の合宿はこの寺に泊まり込んでやるのが伝統なんだ。これで毎日修行が出来るね」とシャイニング。

「え、毎日?」とハンサム。

「だって合宿って言ったじゃないか」

「まあ俺、行くところもないし、え? でも毎日? いや、まあ……いいですけど」


 ここでハンサムはチラリとスターライトを見た。サメ人間についての説明は聞いたものの。自分がどんな素性をもっているのかは、まだ教えてもらっていなかった。名前も知らない。


「朝の取り乱しようはなんだ。あんなザマを見せた後じゃ素性は教えてやれないな。知りたいなら修行を耐え抜いて私の信頼をとりもどすんだな」

「……わかります、でも今日みたいな修行で俺の中のサメがどうにか出来るとは思えない」

「何事も体力は必要だよ」シャイニングが言った。「それに『一芸は百芸に通ず』という言葉がある。一つを極めた者は他の道でも力を発揮するという意味だ。何事も無駄じゃないのさ」

「はあ……」


 納得のいっていない様子ながらも、ハンサムは頷いている。隣のトミカは抵抗していた。


「だいたい弟子入りしてねェーし! これ二回目な! 三回目か?」

「とにかく一ヶ月はここにいるしかないんだから有効活用しようじゃないか」

「一ヶ月! 一ヶ月もあんな地獄巡りできるか!」

「え~できないのお? おじさんはできるけどなぁ~? おじさんはできるし兄弟子たちもみんなできたけどトミカくんはできないの?」

「……できらあッ!」


 合宿の継続が決まった。そこへアリシアが言った。


「私も合宿に参加することになったから」

「お前なんのためにいるんだよ!」彼女の予告通りのセリフをトミカは叫んでいた。


 最後にスターライトが言った。


「準備祭からこっち、街ではなぜかサメが活発化している。どうせならここにいた方が安全だろう。S.H.B.Bのこともあるが、彼らはしばらくは大丈夫だろう。大忙しのはずだからな」


 そう締めくくったスターライトは、焼いたイワナから頭と骨を綺麗に外して、それをぱくりと一口で食べてしまった。

 サメに追われて育ったミートバーグの川魚は、身がよく締まり、臭みも抜けていて、焼けば外がわは香ばしく、身がジューシー、さらに名産のバーグ塩が合わさればホッペもじゅわっとトロける旨さだ。

 他の者たちもミートバーグの海と山の幸に舌鼓をうっている。

 シャイニングが「おほほほ」などと声を上げながら口いっぱいに頬ばっているのは、牡丹の花のように美しい猪のスキヤキだし、アリシアは鯛の塩竃焼きを取り分けている。クイントのご飯は骨まで食べられるヒヨドリの丸焼きだ。オレンジを食べて育ったミートバーグのヒヨドリは、噛めば甘い脂がしみ出してくる。

 山の幸も負けてはいない。マツリが丁寧に出汁を取ったミソスープには、バクハツ-オチ山脈で採れたマイタケ、その他の山菜類がたっぷりで、しかもミートバーグではなかなか手に入らない油揚げまで入っているのがうれしい。食べ放題の白米の横には黄色いタクアン。大野海苔がそえられている。


「あのう……」

「俺らのぶんのメシは?」


 ハンサムとトミカが言った。二人の前にだけ膳がなかった。箸さえない。


「君らのは特別製だ。アリシア、手伝ってくれ」

「……御意」


 スターライトは立ち上がって軒から庭へ下りると、弟子たちを招いた。ついて行くアリシアの顔が若干こわばっていたのが、トミカ達には気になった。彼女はなぜかビニール手袋をはめ、トングを構えている。


 鐘撞き堂の中央にクーラーボックスがおいてあった。なぜかお札のようなもので封がされており、下にビニールシートを引いてあるのがとてもいや


「アスリートにとって食事と休息がトレーニングと並ぶほど重要なことは知っているな。これは、その両方を満たしてくれるスーパーフードだ。アリシアくん」

「御意」


 アリシアは出来るかぎり顔を遠ざけながらボックスを開けた。お札が裂けて臭いがあふれた。


「クッセ!」

「クッセ!」

「バッファリン家の謹製きんせい『兵糧丸マツリスペシャル』だ。一口サイズで忙しいときにも軽くつまめて、しかも百年経っても腐らない優れものだ」


 アリシアはゴーグルで目を守ると、箱の中の団子をトングでつまんだ。偶然通りかかった凶暴なスズメバチくんが、兵糧丸の横をかすめたとたん、バラバラになって死んだ。


「食えるかァそんなもん!」


 トミカがそんなことを言っているウチに、ハンサムはすでに兵糧丸を口に入れている。悲鳴に共鳴して鐘が鳴った。


「あああああああああああッ!」

「ハンサムーッ!」

「あああああああああああッ!」

「お前なんでも口に入れるなってあれほど……ハンサムーッ!」

「あああああああああああッ!」

「ハンサム!」

「あああああああああああッ!」

「ハンサムゥッ!」

「あああああああああああッ!」

「長えな!」

「気にするな。一般的な反応だ。そして次にお前もこうなる。なあアリシア」

「御意」


 トングを手にアリシアがにじり寄ってくる。トミカは抵抗するが、地獄のようなトライアスロンの後である。生まれたての子鹿よりはかない抵抗だった。


「どうした? パワーはここまでか?」

「楽しそうだなお前! お前ふざけんなよマジで。マジで。欲しいもんあるか? なあ? やめろって、マジかお前マジかあああああああああああッ!」

「どうだ? 仏陀がみえるだろう? これを喰えば臨死体験に近い状態になるのと引き換えに、超回復が得られるのだ。死の淵からよみがえることで戦闘力が大幅に増すことはご存じの通りだ。体に活力と致死量の苦みがみなぎってくるのを感じるはずだ」

「あああああああああああッ!」

「あああああああああああッ!」

「これからずっと君たちの食事は兵糧丸だけになるが、一ヶ月後には別の生命体のように――」

「あああああああああああッ!」

「あああああああああああッ!」

「うるさい! マツリ玉もう一個いくかッ?」

「あああああああああああッ!」

「あああああああああああッ!」

「二個か? 三個か? 噛んでみろマツリ玉!」


 地獄みたいなところだ、とアリシアは思いながら、地面を引っ掻き、のたうつ男たちへ二個目の兵糧丸をねじこんだ。


△△△


 やがて悲鳴がやんで、フラフラの、しかし異様に筋肉の盛り上がった弟子たちが戻ってくると、シャイニングは立って言った。


「それでは午後の部を始めようか。初日でもあるし朝のルートを軽く二、三往復するくらいかな。疲れたら兵糧丸があるから死ぬまで特訓できるね!」

「地獄……」

「地獄……」


 こうして一日目チュートリアルが終わった。

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