第38話 スターライトのもとで③


「なんでなのぉ~オウルくぅん~ジミーくんはどうして来ないのかね?」

「呼んできてぇ~ジミーくんを呼んできてぇ~?」

「サケがないよ! オカミ! オカミィ~」


 ミートバーグでもっとも高級な料亭『必殺』。その二階を借り切って騒いでいるのは企業の重役たちである。


「申し訳ありません。市長は今回の件の後始末に奔走しています」

「そんなことはオウルくぅん! あたりまえじゃないか。もし我々があんな売春倶楽部に関わっていると表沙汰になればジミーくんだっておしまいなんだからね。あたりまえなんだよ、そんなことはよぉ! 今の私たちの盛り下がった気分をどうしてくれるかって訊いてるの! 私はお尻を噛まれたんだよ、ここんところを!」

「ゲイシャを呼びます」

「好きだよ」

「ともかく市長は皆様に迷惑をかけないよう手を尽くしておりますので」


 嘘である。市長は「適当にやっておけ」と指示しただけで、護衛もつけず趣味のフィッシングに出かけてしまっていた。企業と手を結び、反逆者は絶対に許さない反面、彼はこういう無防備なことを平気でやった。


「まったく……行方不明の他の重役たちの心配なんてフリでもしやがらない」


 重役たちから離れるとマイクルが吐き捨てた。オウルも頷いて、オカミにできるだけ強い酒を持ってくるよう注文した。


「まあそうだな。もう酔わせてしまって業務に戻ろう。ゴッサムたちが可哀想だ」


 ゴッサムとライスは爆発現場の調書作成から隠蔽作業までと大忙しだった。


「市長も市長ですよ。あの人のやってることは訳が分からない。今日だって爆破の必要まであったかどうか」

「やめておけマイクル。あの決断で助かった命もある。被害は学校内だけで留まったんだからな」

「しかも事件でうやむやになっているが人を撃った。もはやあの人の行為は自滅願望の域に達していますよ」

「……かもしれないな」


 喫煙所で一服してやろうかと歩いていると、宴会場に残してきたはずの新人が泣きながら追いかけてきた。


「新人、現場を離れるな」

「なんだそのアフロヘアーは。ふざけているのか」

「名誉の負傷ですよ! 知ってるでしょ。それより大変なんですよ。シャクティ博士が乗りこんできて――」

「博士が?」

「それで重役たちと口論になってて――とにかく来てください」

「ああ新人」マイクルが呼び止めた。

「なんです!」

「外で博士の名前は出すな。存在そのものが機密なのだ」

「あ――ええ。すみません」


 慌てて戻って、障子をタンッと開けると、重役たちはビキニ一丁で和太鼓型に並ばされているところだった。

 白衣のシャクティ博士は一つ一つの尻を精査して、不要になった者からヒールで蹴って除外している。


「えぇ……」

「オウルくぅん! なんなのかねこのゲイシャは!」

「こんなの初めてだよ!?」

「急に押しこんできたかと思ったらこれだよ!」

「私も困惑しています。新人、どういうことだ」

「わかんないっす。歯形がどうとか言って――博士! 博士、カニはヤバイですよ!」

「何をやっているんだ……」


 オウルたちが近づいていくと、シャクティは振り返って質問してきた。


「君らは現場にいたのだよね? 探してたところ」

「そうですが、この騒ぎは何です?」

「現場に大型のサメちゃんはいた? いなかったよね?」シャクティはオウルの話を聞いていない。

「ええ、そう。サメは同じ種類の小型が群れになったものです。あれは――」

「だよね。つまりすべての噛み跡は一致するはず」


 そう言って彼女は噛み跡のある重役の尻をひと撫でしてから、カメラに収めた。


「このだらしない尻にあるのと同じ小さい歯形だ。カニくんの爪より小さい。牙が小さいから、傷口は特徴的なものになるわけ。小さい噛み跡がたくさん、ピラニアやチェーンソーの傷みたいになる」

「ええ。それは我々も確認していますが」


 オウルたちの答えを聞くとシャクティは白衣のポケットから、ジプロックに包まれた肉塊を取り出してみせた。


「それは?」

「焼け跡から見つかった『大胸筋』。断面を見てね。ブロック肉のように綺麗に噛み切られているでしょう。つまりそうとう大きな牙にかかって死んだはず。斧で断ち切られた感じ。しかも断ち切られた骨の感じから一〇〇バーグ以上の強い顎の力がかかったと推測できる。分かる? サメちゃんの群れとは別に大型のサメくんが現場にいたという事になるわけ」

「しかし」とマイクルが言った。「大型のサメがいたら必ず誰かが見ているはずです。爆破でも焼け残る。それに侵入経路がない。サメの群れは下水から入ってきた。大型のサメはそんなところ通れない」

「そうだね。つまり強いサメくんはもっと簡単な経路から学校へ侵入したことになるね。例えば校門とか」


 シャクティはぴしゃりと尻を叩いてマイクルの反応を待った。


「サメ人間! ヤツがあの場所にいたと?」

「間違いない。私のサメくんがあの場にいたのだ。君たちは何をしていた?」

「だが、ヤツはいったいなんのために?」

「さあ? それはサメくんの自由。近隣の防犯カメラを調べればサメくんの行動が写っているかも。ねぐらの場所も分かる」

「手配します」

「あなたたちは忙しい? 豚どものお酌をしたり?」

「……今の状況で『彼』の捜査に裂く人員は、ありません」

「構わないよぉ?」そこでシャクティはぞっとするような歪んだ笑みを見せた。「学会員を一人呼び寄せたから。親に言われたことがない? 『良い子にしないとフカまさが来るぞ』って。その『学会員』」

「なんですって!」


 学会員フカ雅の名前が出た途端、場の空気が凍り付いた。オウルたちはもちろん、街の外の人間である重役たちまで震え上がったのだ。彼らは端から順番に失禁した。


「が、学会員……!」

「い、生きた学会員が一人も! 死体ですら危険だという噂の学会員……」

「しかもフカ雅だって……ッ」

「ヒヒィイン!」

「何事ですか! ヒヒィイン!」


 様子を見に来たオカミも失禁した。彼女はフカ雅の名を聞いていない。しかし、フカ雅の名が囁かれたあとの気配だけでそうなったのだ。これが学会員およびその幹部クラスへ対する一般の反応である。


「うん。歯形の確認だけ取りたかった。もう帰る」


 死屍累々ともいうべき宴会場からシャクティは背を向けた。

 新人に後始末を命じて、オウルたちは後を追う。


「博士、我々の車で送ります」

「必要ないが、かかとが痛くなってきたところだし、頼もうかな」

「歩いてきたのですか……」

「新人、後始末は頼む」

「えぇ……」


△△△


 オウル隊長の運転で、車を走らせた。

 シャクティが後部座席に乗りたいと言うので、マイクルは隊長の隣である。シャクティはヒールを脱いで座席に横たわっている。子供みたいな行動だ。失礼にならない角度にバックミラーを調節しながら、オウルは思う。


「一人で出歩かれては困ります。認知こそされていませんが、あなたの頭脳はあらゆる分野の発展を支えている」

「うん。私は天才だからね。でも花を買いに行くくらいは許してほしい」

「何の話です?」

「何も関係のない話」


 そう言ってから、シャクティはミラー越しにマイクルの表情を見たのだろう、座席の間から顔を出して彼に言った。


「北極の調査を切り上げてフカまさおうが到着するまでに一ヶ月はかかるだろう。航空便の関係もあるしね。別にあなたたちへの当てこすりで呼んだわけじゃあないし、協力しろとも言わない。学会員に対しては何もしないで良い、そう教わらなかった?」

「……あなたは、サメ人間にひどく執着する。重要な研究は他にもあるでしょうに。彼はいったい何者なんです?」

「普通の、サメくん」

「被検体は他にはいないのですか」

「いない」

「彼は人を喰っています。実験は失敗ですか?」

「その『彼』っていうのやめてもらえない?」


 ここでシャクティは、学会員の名を出したときのような歪んだ笑みを浮かべた。が、それはすぐに消して、


「私にも失敗はある。しかし敗北は存在しない。始めた研究は必ず成功させる」

「なぜそう言い切れるんです」

「使命だから。そう思わない? 才能は使命。才能を持った者は才能を使い切る義務がある。そのために生まれてきた。その使命を放棄しようとした者には……罰が下る」

「無神論者だと思っていました」

「無神論者こそ神を信じなくてはならない」

「なぜ」

「もし神様がいらっしゃった時の用心。皆が神様に気づく前に殺してしまわなくてはならないでしょう?」

「真面目に聞いた私がバカでした」

「真面目に知りたかったその理由は何?」

「ところで、どちらまでお送りしますか」


 これでこの会話はおしまい、というように横からオウルが言った。


「このまま海でも見に行こうか。行き詰まったときは海だよ」

「夜の海とは危険すぎます」

「そう? あるべき場所に還るだけだと思うけれど」


 話にならない、と思ったのかオウルは機械的に質問を繰り返した。


「どちらまで?」

「SHARK庁のオフィスへ」

「まだ仕事ですか」

「使命だからね」


 その時、改造バイクの爆音が迫ってきて、彼女らの車とすれ違った。一瞬見えたバイクの運転手は僧衣を身につけていた。

 SHARK庁へ到着すると、ちょっとした騒ぎになっていた。警備員に尋ねる。駐車場を改造バイクが走り回って、去って行ったのだという。


「なんだそれは愚連隊か」

「犯人は一人でした」

「何か被害は?」

「駐車場がタイヤの跡だらけになった以外はなにも」

「どうします隊長?」

「普通なら我々の管轄ではないが……ああ、ちょっと」


 シャクティは男たちをすりぬけて建物へ入っていくところだった。彼女は一度だけ振り返ると言った。


「もう帰れば?」


 呆れる男たちを無視して、彼女は部屋へ戻るふりをした。

 IQ八九八九の彼女の目はタイヤ痕のパターンを一瞬で記憶し、脳内でシュミレートしていた。タイヤの跡は、真上から見るとこう掻いてあるはずだった。


――SAY! SHOW! NA-GONE! ――


 『清少納ゴン』

 あの石碑で待っているということだ。

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