第37話 スターライトのもとで②
『空と海伝説_シャーク星団VS銀河ぶっちぎりの100億パワー』をご存じだろうか?
ミートバーグは海岸線と山間部に挟まれた街である。
この山水画めいた山岳部には伝説があった。遙か昔、まだミートバーグと呼ばれる以前のこと、原住民たちは超巨大シャークの侵攻に苦しめられていた。戦艦クラスを超えるサメの群れが昼夜を問わず集落を襲ったのである。あらゆる原住民が使いがちな最終手段、超古代兵器での攻撃さえも、この圧倒的戦力の前には無力だった。
困り果てた原住民は、日本の『
その際に降り注いだ軍艦ザメたちが大地に突き刺さって今日の『バクハツ-オチ山脈』になったと伝えられている。
なお、この有様を見た弘法大師は「コーボーモ=フデノ・アヤマリ《俺、またやっちゃいました?》」とおっしゃり、集落が笑いに包まれたことは言うまでもない。
これがミートバーグに伝わる『空と海伝説_シャーク星団VS銀河ぶっちぎりの100億パワー』のあらましである。
スターライトの住む『JAWS真宗・チェーン
山門まで登って振り返ると、街と海が見通せた。『バクハツ-オチ山脈』とは別名『バクハツ-ウォッチ山脈』。ミートバーグじゅうの爆発が見渡せる場所という意味もあった。それほど雄大な眺めということだ。
「スターライトさんは、ここに一人で住んでるのか?」
「俗世とは縁を絶った身だ」
ハンサムが尋ねると、スターライトはハーレーを駐車場へ侵入させながらそうのたまった。バイクは奥の倉庫にしまうようだった。
駐車場には大型の車が一台駐まっている。
「うん。シャイニング氏の車だ。みんなもう来ているようだ」
みんなとは、トミカとバッファリン親子のことだ。道すがらスターライトから聞いた。学校を出る前に、すでにシャイニングへ連絡をつけて、寺で落ち合う約束をしていたらしい。
寺の敷地は広大だった。
巨人が使うような山門をくぐると、庭園のような敷地の中に母屋、本堂、鐘撞き堂に、五重塔まである。玉砂利を踏んで本堂目指して進んだ。
「それとマツリの友達が一人来ているらしいが、どうする? 必要なら彼女には席を外してもらうが」
「マツリの友達になら、いっしょに聞いてほしい」
「わかった。なら顔は隠していけ」
「なぜ?」
「すぐに分かる」
「……あれから、みんなどうなったんだろう?」
「マツリくんは無事だ」
「そういえばマツリと知り合いなんですね」
「檀家だからな」
「ダンカ?」
「寺の顧客だ。私がバッファリン家の墓の管理や
「ふうん、俺は?」
「キミ?」
「俺はダンカではないんです?」
「違うな」
「でも、俺を知っている」
「そうだな」
「そういえば、いったいいつ俺に気づいたんです?」
「いつ?」
「学校で。俺ずっとサメマスクしてたでしょう?」
「廊下ですれ違った」
「おぼえてないな」
「マスクをしていても、私は乳首でメンズを区別できる。東洋には顔相で人を見極める者がいるが、それの乳首バージョンだな。私はこの技を鈍らせないよう、定期的に街に出て若者たちをウォッチすることにしているのだ」
「え。こわ」
「あとは骨格とか声かな。さすがに自分の目を疑ったがな。マツリくんと一緒にいたのも驚いた。その場ではトラブルがあって君らを見失ってしまったのだが、気にかけていた」
その時、クイントが本堂から飛びおりて走ってきた。彼を追ってマツリも降りてくる。
「スターライトさん」
「マツリ。怪我をしているじゃないか」
「薬を塗ったから大丈夫」
「キミなら平気だと信じていたが、あの爆発には肝を冷やしたぞ」
「ごめんなさい。少し調べることがあって」
マツリはハンサムの気配を察すると、なぜか暗い、というより戸惑いの表情を浮かべた。
分かっている、というように肩を叩くとスターライトはマツリを促して本堂へ上がった。その脚にクイントがまとわりついている。
本堂に入って最初に目に入るのは金色の見上げるような仏像だった。
サメに跨がり、四本の腕に蓮の花、宝玉、チェーンソー、高圧ボンベを携えた『JAWS真宗』特有の明王像である。
「シャイニング氏。山奥までわざわざ申し訳ない」
「なあに! シャーク休暇を取ったのさ」
明王像の下に胴着を着たシャイニング・バッファリン、壁際にトミカがいた。トミカはなぜか沈んだ様子で座りこんでいた。ハンサムを見ても軽く手を上げただけである。さらにその側に『ヒラヒラビキニ』の少女がいて、何を言っても反応しないトミカの頭をはたいていた。彼女はこちらへ歩いてきて、
「マツリなんなん? この集まり。あ、こんにちは。お邪魔してます」
アリシア・ハイビスカスと名乗った少女はスターライトと、怪しいサメマスクの『着ぶくれ』へもちゃんと頭を下げた。
スターライトがにやりと笑う。
「ははあ。キミがハッカーか」
「どうして!」アリシアが驚いた声を上げる。
「十老長はお見通しさ」
「えぇ……」
「まあ君たちが見た事については、私に預けて安心していてくれ」
謎めいた言葉のあとで、スターライトは手を叩くと皆を呼んでこの集まりの趣旨を説明した。
「学校であんなことがあった後に時間を取らせて申し訳ないのだが、これからこのサメマスクくんについての重要な話をしたいと思う。信じがたい話が続くと思うが聞いてほしい。だがどこから話したものかな……そもそも君たちはどういうつながりなんだ? 一から整理した方が良さそうだ」
「それは――」
本堂の真ん中に座布団を敷いて皆で話を始めた。パパイア茶のお茶請けはとうぜんブルボンの詰め合わせセットだ。
まずハンサムとマツリで、昨日までの事情を説明した。
ハンサムが海岸で目覚め、出会った人々が消えるという奇妙な体験をしたこと。それからS.H.B.Bに追われ重傷を負ったこと。トミカとマツリで彼を助けたこと。彼の奇妙な生命力。サメ専門のS.H.B.Bが人間であるハンサムを追ったことから、彼らは市長の関与を疑った。
「それでジミーに会おうとして『準備祭』へ行った訳か」
「ごめんなさい」
「いや、俺がお願いしたんです」
シャイニングがため息をつき、マツリとハンサムが詫びた。トミカは考え込んだままである。
「S.H.B.Bまで出張ってきたのか。ならば市長の関与はほぼ間違いないだろうな。そんな展開になっているとは……」
スターライトが唸った。市長が出てくるのは予想外だったらしい。
「だが、それでつながった」
彼女が言い、全員が身を乗り出した。
「知っているのかスターライト?」
「いったい何とつながったというんです?」
「少し待っていてくれ」
スターライトは一度引っ込むと、紙の束を持って戻ってきた。
「十年以上前にシャクティ・スペックという研究者が書いた論文だ。サメの、ビッチ器官という捕食に関わる器官の発見について書かれている」
「シャクティ博士といえば、一時期有名になった天才少女じゃないか。確かその論文のあとに引退したと聞いたが」
シャイニングが言った。その当時幼かったマツリたちからすれば知らない人物である。
「ええ。そのシャクティ・スペックです。通称『シャーク専用クソメガネ』。私が名づけた」
「知り合いで? それは初耳だね」
「年代は離れているが、シャクティ博士は飛び級で進学してきたからね。同級生だった。十年前に音信不通になったのですが、どうやらミートバーグに戻ってきているようです。最近、共通の知人を亡くしたのですが、そのゆかりの場所に菊の花が供えてあった」
「菊とは珍しいね」
「そんな場所に、そんな花を供える人物を、私はシャクティ・スペック以外に知らない」
「その彼女がどうしたというんだい?」
「これは論文には書かれていない、シャクティ博士から直接聞いた話なのですが、ビッチ器官には、獲物を探し出す機能の他に、サメの生命力と深く関わるという特徴があったのです」
「サメが、ビッチ器官で無防備な獲物を喰らい、さらにそのビッチ器官のおかげで不死身の体を保っている、という事かな?」
「そう。例えばビッチ器官を人に移植すれば、サメの戦力を持つ不死身の人間兵士ができあがる、というところまでシャクティの理論はたどり着いていた」
「ふむ……」シャイニングが唸った。
「ですが、ビッチ器官はすでに言ったように、生命力と捕食行動の両方に関わる。つまりサメの生命力を得ようとすれば、サメの捕食行動も身につけることになる。これは回避できない。不死身の兵士は、人間を食うサメ人間でもあるのです」
「不死身のサメ人間!」
全員が叫んだ。ハンサムは思わず自分の顔をさすった。
「十数年前、この危険性にたどり着いたシャクティは、ビッチ器官の研究を打ち切った。まあ、ビッチ器官の移植には膨大な研究費用と施設が必要なんで、そもそも実現不可能だったんだがな。まともな国や企業はこんな非人道な人体実験に金は出さないし、変人揃いのサメキチ学会も常に金欠だ」
「そんな物騒なものでは、そうだろうね。普通なら、だが」
誰も何も言わないので、シャイニングが重々しく話を促した。スターライトも頷いて言う。
「そう。もし、こんな研究に金を出すとしたら、それは普通ではないか、よほど力に執着する人物だ。ジミー・パーンならその両方に当てはまる」
「ジミーならそうだろうな。彼はサメの生命力へ強い憧れを持っていた」
「やはり。私はジミーについてはそこまでは知らないが、彼――このハンサムを見たとき、ビッチ器官の被検体だと確信した」
「それはいったいなぜ?」
最後の部分が謎だったらしい。シャイニングが聞き返したが、話はそこまでになった。
マスク越しにも分かるほど真っ青になったハンサムが、その場に膝をついたからだった。
「大丈夫か?」スターライトが助け起こそうとした。
「近づくな!」
ハンサムは飛び退いて、さらに壁際まで這っていくと身を隠すように、恥じ入るようにうずくまった。
目覚めてからずっと、遭遇していた不可解な現象が、彼の脳内ですべてつながった。
こけしおばさん等々、目の前で姿を消していった人々。彼女らが残した「ハンサム」という謎のシャウト。S.H.B.Bが彼を撃った理由。オウルは正しかった。
サメ人間。サメと人間の境界線。自分はその境界線の向こう側にいたのだ。
「俺は、俺はサメ人間……」
「落ち着くんだハンサム」
「俺に近づくなぁあああ!」
ハンサムは叫ぶ。
アリシアはマツリをかばうような仕草をする。その横をトミカがよろめきながら歩いて、スターライトへ詰め寄った。
「ジミー・パーン! ヤツが関わってるのか、ヤツが――そいつをサメ人間にさせたのか、あの野郎はどこまで――」
彼の顔も血の気が引いていた。怒りのあまりか、一日のダメージもあったろう、彼もその場に跪いた。
「マツリ、薬を。それからアリシアと二人で母屋に寝床を用意してくれ」
二人の少女は出て行った。
万能の秘伝薬を嗅がせて、ハンサムとトミカを眠らせると二人の大人はため息をついた。
「サメ人間。彼にそんな秘密があったとは。それにトミカくんの方も……」
「訳ありのようです。申し訳ない。私は事を急ぎすぎたようだ」
「なに、彼らは強い。乗り越えるさ。しかしシャクティ博士か……」
「私も彼女の存在には今日気づいたところで」
「サメに関わる研究をするなら広大な施設が必要なはずだ。そして、そんな施設を用意するには、それなりの理由がいる。ジミーは彼女になにがしかの地位を与えているはずだが……申し訳ない。そちらの方面には疎くてね。彼女の名前などこの十年、新聞で見かけたこともなかった」
「名前を隠しているかもしれません。つまり表だったポストではないはず」
「サメの研究ならSHARK庁のどこかの部署だとは思うが、例えば顧問役や監修役のような立場なら公の場に出ることも少ないかもしれない」
「SHARK庁……顧問役か……」
スターライトは何か思い当たったような表情をする。
シャイニングは別のことを考えているようだった。
「――が、しかし一度破棄した研究を彼女はなぜ再開したのだろう。ジミーが脅しをかけたのだろうか」
「シャイニング氏。あなたには、あらかじめ話しておいた方がいいかもしれない。『彼』のことを――」
そう言ってスターライトはシャイニングにだけ先んじて真実を明かした。
話のために彼女は古い手紙を取り出して眺めた。色あせた封筒には、やはり古くなった写真が添えられていた。
写真には、この世に二人といないであろうハンサムな『彼』の姿が写っていた。そしてその隣ではシャクティ・スペックが幸せそうに微笑んでいる。
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