第24話 サメを殺したヤツが落ちる地獄かよ
唐突だが、フロリダ州ミートバーグには神社が存在する。
サメ神を祀るSHARK神社がそれである。
由来ははっきりしない、とジョーズ・ワシントン大統領も認めている。
そもそも原住民のサメ信仰が元だという者もいれば、映画会社が悪ノリで建てたとも伝えられる。珍説ではあるが、旧日本軍が上陸してきて一夜で建ててしまったという話もあった。『古事記』には、日本人がサメの子孫であるといった記述が存在する。旧日本軍が侵略の起点としてSHARK神社を建ててもなんら不思議はない。
ミートバーグ一年に一度の大祭『SHARK神祭』はこのSHARK神社で行われる。
「しかし、そいつどうすんだよ。制服着たって部外者だろ。見た感じ俺らと同年代っぽいが……まぎれこめるか?」
登校するにあたって、問題が生じた。ハンサムをどう隠すかである。
「そうか、トミカくん転校生だから」
「なんかあるのかよ?」
「今日は『準備祭』だから、授業はないよ。そもそも休日だし」
「あ? 今日休みか。じゃあ『準備祭』ってのはなんだよ? いちいち訳が分かんねえんだよ、お前はなぁー」
トミカがそう言うと、マツリは無言でサメの顔をしたマスクを取り出してかぶった。そして黙った。
「え? なに、怖ぇえ」
「えっこのマスク怖い?」
「いや、お前が急にマスクかぶりだしたことが怖ぇえ。怒ってんの?」
「サ~メイトだよ」
「おぉ……どんどん新しい単語出てくるじゃねえか……」
「済まない二人ともッ……俺は記憶がないから話しについて行けないッ! サッパリッ」
「だから俺もついて行けてねぇーんだよッ! うるせえぞ」
「はい。また怒った」
クイントが一声吠えた。マツリが今から説明を始めるぞ、という合図らしかった。
「サ~メイトっていうのはね――」
マツリの説明は以下のようなものだった。
『SHARK神祭』が間近に迫っている。
ミートバーグの学生たちは、このSHARK神祭の手伝いをするのが伝統である。SHARK神祭を手伝う、この学生ボランティアのことを『サ~メイト』と呼ぶのである。
SHARK神祭ではサメを模したマスクをかぶるのがベターである。サ~メイトたちは自作のマスクで自己主張したり、チームでマスクをそろえたりするのだそうだ。
大抵みんな、準備期間からマスクをして登校するらしい。
「ああ……田舎特有のアレか。参加しねーとハブられるやつ」
「そこまで厳しくはないけど、単位がもらえるし、本番のお祭りではご祝儀をもらえたりするから、みんな進んで参加してるよ」
「ほーん。じゃあ準備祭っつうのは」
「サ~メイトたちは本番のお祭りでは忙しいから、その準備そのものがお祭りみたいになってるんだよ。花飾りを作ったり、出し物の演習をする横で、出店で実際に食べ物を売ってたりする。SHARK神祭の準備っていう名目だから、お酒とかも大目に見てくれるし、本番より楽しいっていう生徒もいるくらい」
「なるほど。混沌としてるわけか……いいじゃねえか」
だんだん分かってきた、とトミカは頷いた。
「要するに市長はその様子を視察に来るんだな。地域に親しんでるアピールをするわけだ」
「毎年、新聞社の取材とかも来るから、そういう側面はあるかも。あとはお祭りのスポンサーさんへのアピールとかもあるんじゃないかな」
「いいねいいね」
混雑のおかげで市長へ接近しやすいはず。しかも取材があるなら物々しい警護は控えるかもしれない。市長を倒すチャンスもあるのではないか。
マツリはマスクを外した。
「やっぱり脱ごう。はしゃいでるみたいで恥ずかしいな」
「イベントなんだからはしゃげば良いと思うがな。じゃあ、お前がこれかぶっとけ」
マスクをハンサムにかぶせた。
市長は当然彼の顔を知っているだろうし、そもそもハンサム過ぎて目立つのだ。
「やったー。似合うか? サメか?」
「はいはいサメだな」
「トミカは?」
「俺は自分の帽子があるからいいわ」
自分も顔を隠した方が良いのではないか、とトミカはふと思った。しかし服を着ている時点で目立ってしまうだろう。
「かといってビキニ姿になるのはよ……」
「トミカくん、ビキニ着たいの? なら弟子の人たちが置いていったのがいくつか――」
「……いや。計画のためには何でもするがそれだけは……」
「私も、自分でどうなってるか分からないから薄着をするのは恥ずかしいな」
「だよな! そう! それが普通の感覚! そうだよ、だいたいお前らが『着ぶくれ』てるのに俺だけビキニになっても意味ねぇーしなッ!」
「トミカ、俺なら別にビキニになっても――」
「てめェーは黙ってろよッ!」
「はい怒った」
結局、ハンサムだけがマスクをして、ぜんいん着ぶくれのまま出かけることになった。
バッファリン邸を出てしばらくのあいだ、トミカは警戒しながら進んだが、見張りや尾行はついていないようだった。
すれ違う人は、マスク姿のハンサムに意識を払わない。『着ぶくれ』が3人も歩いている、という程度の反応だった。
ハンサムがマスクをかぶっていたのは住人たちにとって幸運だった。
例えば、今、路上駐車の車からビキニ人妻が髪を直しながら降りてきたが、これは車の持ち主のビキニ米屋と密会していたからで、もう少しタイミングがずれていたら、ビッチ器官が反応して車ごと喰われていただろう。
また今、ハンサムが大きなイグアナを猫みたいな感じで抱き上げて、知ってるこれはイグアナだ、フロリダでは街路樹からイグアナが落ちてくるんだ、と言う。言った側から別のイグアナが落ちてきて、トミカがいじっていた車のキーホルダーを直撃する。落っこちた車にイグアナがバックからのしかかるポジションになり、トミカは、あ、あ~俺のフェアレディが野生のドラゴンに。などとそわそわし出したのも危なかった。彼が、これはイグアナであってドラゴンぽくねえな、と我に返らなければ惨事になっていたところだ。
コンビニで老人が青年誌を立ち読みしていた。
バスの中で痴漢のおじさんが痴漢おじさん狙いのおじさんに痴漢されていた。
塀の上で猫がいちゃついていた。
ミンミン蝉の壮絶な交尾。
そうしたものとニアミスしながら登校した。一歩間違えれば、彼らはハンサムの餌食になっていただろう。
ハンサム顔は封じてもビッチ器官の危険は依然残ったままなのだった。無論彼らはハンサムの危険性に気づかない。
そんなハンサムたちが、性欲の権化ともいえるティーンエイジャーの集うミートバーグ・ハイスクールへ到着した。
校門の側では。下水の修理業者っぽい男が2人首をかしげたりしながら、守衛と話しこんでいた。
彼らの言い合う声も聞こえないほど、あたりは喧噪に満ちていた。
「なんだこれ――」
校庭のいたるところで音楽が鳴っている。
スピーカで音楽を垂れ流しながら、出し物の練習をしているようだ。
中庭で炊きだしのまねごとをやっていた。
大鍋を直火にかけて、得体の知れないものを煮ている。誰かが火の中に花火を投げこんだらしい音、煙。
太鼓や笛の音。金槌の音。マイクテストの声。笑い声。猿のような声。オットセイのような声。さまざまな煮炊きの臭い。
すべてがごった煮になって混じり合い、沸き立っていた。
しかも行き交う人々はみなサメのマスクをかぶった半サメ・半裸体である。
はしゃぎすぎたあまり、全員、人間性を著しく損傷している。
もつれ合いながらゲラゲラ笑っている。取っ組み合いのケンカをしてたあげく、感極まってディープキスし始める。ホースで股間を洗っている。落とした串焼きを、地面から直接むさぼっている。どんぶりを手に配給に並んでいる。
立ち上った煙で空がドロドロに濁って見えた。たき火が揺らめくと、サメ頭の亡者たちの影が踊る。
オヴェ!
と言う声に振り向くと、泥酔したサメマスクが歩きながら吐瀉している。
「今年も賑やかだなあ」とマツリが言った。
「いや……サメを殺したヤツが落ちる地獄かよ」
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