第25話 好男子名鑑をGETせよ ~いかにも出店って感じのメニュー~


「これが学校かあ~」

「いや学校はこんなではねえよ。サメを殺したヤツが落ちる地獄かよ」


 準備祭期間中のミートバーグハイスクールは地獄のような有様だった。音と臭いと煙でドロドロの校内に、サメ頭の亡者たちがひしめき合っている。

 あまりに騒がしいので、顔を近づけて怒鳴らないと会話ができない。


「じゅ――さ――の」

「何? 聞こえねぇー」


 マツリは丸めたパンフレットでメガホンをつくって言った。


「準備祭の間はいつもこんな感じ! 実際に買い物もできるよ」

「市長は――」

「え?」

「市長は! スピーチか何かやる予定なのか?」

「ううん、新聞の取材受けて、ただ見て回るだけだと思う。もう終わってるかも」

「なんか控え室的なとこは――さすがに警備がつくか……」

「ええ?」

「ああもう! もうちょっと――」

「えっ? 何?」

「もう、ちょっと」

「んんー?」

「静かなとこ、探そう、ぜ!」

「分かった。でもいつもはこの騒ぎの中にひとりだから、今日は心強いな」

「……ついでに摘まめるモンでも買って作戦練るか。昼には早いけど、ごちゃごちゃしてライスボールしか食ってねえし」

「トミカが風呂入らないってごねたからだ」

「トミカくんはお風呂に入ると死ぬの? って感じだったよね」


 非常階段のところが比較的静かだった。

 階段に腰掛けて、買ってきた物を並べる。

 

~いかにも出店って感じのメニュー~


 たっぷりのフィッシュアンドチップス。

 オレンジ風味の酢飯が新しいミートバーグ・ロール寿司。

 得体の知れない串焼き。

 見よう見まねのたこ焼き。

 まるごと野菜のピクルス。

 サメのケバブ。

 焼きバナナもついてくるワッフル。

 真っ赤なフランクフルト。

 地産地消の魚介スープ。

 チェリオ。


「うわあ」

「なんだか凄いことになっちゃたな」

「フイッシュフライと魚介スープで魚がダブってしまった」


 渾然一体となった屋台グルメの香りを吸いこんで、なんというか食事をしているときだけは、誰にも邪魔されず自由になれる、独身男性のような笑みを浮かべた。


「ズズゥ……」

「うん……うん、いかにも屋台って感じの肉だ」

「こういうのでいいんだよ、こういうので」

「記憶喪失がよく言うぜ」


 うおオン、というのはサメケバブを分けてもらったクイントの声である。


「こんなに、おごってもらっちゃって悪いみたい」

「準備祭ってこういうのなんだろ? 食わしてもらってる恩もあるしな、ただしハンサム、お前には貸しだからな。もしかしたら年上かもしれないけど、そういうのはちゃんと請求してくからな」

「分かってる分かってる」

「ほんとかよ……」


 しばらくは熱中して食べた。黙っていたが、平穏な気持ちでする食事はこれが最後になるかもしれないのだなとトミカは考えていた。

 やがて彼から質問した。


「これは出席とかとるもんなの? いや、とる気はねえけど。みんな好き勝手作業してんのかこれ」

「出し物をする人たちは、あらかじめ登録しておけばそれで何も言われないよ。そういうのに興味がない人は、実行委員のところへ行けば仕事を割り振ってもらえる」

「そりゃあ、お前には辛いだろ。お前ボッチだし」

「トミカくんは、ほんとに正直だね……でも、今年は楽しいよ。学校で誰かとご飯食べるの、久しぶりだな」

「――そうかい。うまいな、この寿司。寿司か? これ?」


 マツリはニコニコしている。暢気なのか、気丈に振る舞っているだけなのか、トミカからは見分けられなかった。

 しばらくしてから、マツリの方から切り出してきた。しかしそれは市長ではなくハンサムについての提案だった。


「写真撮ったの覚えてる?」

「桃の木のとこでか」

「朝から、考えたてたんだけど、好男子こうだんし名鑑を探したらどうかな」

「またおかしい単語出てきたな、新たによ」

「女の子の間でね――」


 マツリは次のように説明した。

 誰が始めたか、ミバ高の女子生徒のあいだでは『ミートバーグ好男子名鑑』なるものが出回っているらしい。

 要するに街で見たハンサムたちを、分類、ランクづけしたものだった。審査は厳正にして綿密。地域ごとに選び抜かれた特派員を置いて美少年、及び美老人まで見のがさず、旧勢力や新勢力といった差別も徹底的に排除された。その徹底ぶりは「美男子に見えさえすれば壁の染みでもかまわない」と言われるほどである。見つけたハンサムには徹底的な調査がなされる。その調査力は隠し撮りした写真だけをたよりに、対象の住所、氏名、性癖、母親との親密度まで調べてしまうほどである。

 そこまで聞いてトミカは思った。


「怖っわぁ……」

「私は見えないからわからないけど『好男子名鑑』はいろいろなタイプのハンサムを網羅してあるらしいから、もし彼がミートバーグの人間なら、必ずチェックされてるんじゃないかな? ハンサムって呼ばれるくらいなんだから」

「まあ、呼んではいるけどよ……載ってたらご愁傷様だな」

「でも、名前やお家も分かるよ。そうしたら追われている理由も分かるかもしれない」


 囓ったり、ためつすがめつ覗きこんだりと、寿司の研究に勤しんでいたハンサムが顔を上げた。


「えっと……つまり、その図鑑? に俺が載ってるとしたら……そこらの子に顔を見せれば俺のこと知ってるかもしれないってことか! なんだそれなら」


 ハンサムはサメマスクを脱ごうとした。


「待って! 『好男子名鑑』のことは会員の女の子だけの秘密らしいから、男の子が質問しても教えてくれないよ。『好男子名鑑』そのものを手に入れないと」

「じゃあお前の……持ってねえか。見えねえし。じゃあお前の知り合いに……あ、いねぇか、お前ボッチだし。シカトされてるし」

「ほんとに歯に布着せない……!」

「じゃあどうすっかな」


 トミカは、あのヒラヒラビキニの女生徒を思い出した。彼女に聞いてみようかと思ったが連絡先どころか名前も知らない。彼はマツリの案に乗り気だった。このまま2人には名簿なりを探していてもらいたかった。その間に市長を見つけて倒せたら、それがベストだ。


「名鑑をもらうには友達の紹介がないとダメらしいの。一見様お断り。だから『好男子名鑑』をもらうのは仲間入りの儀式みたいな感じになってて……」

「そうか、じゃあお前には――」

「言わないで。私、見せてくれるようお願いしてみる。じつはそのために写真を撮ったんだ。行こうクイント」

「お? おお」


 声をかける間もなく、マツリは行ってしまった。通りすがりの女子生徒ビキニに片っ端から話しかけている。相手がバッファリンだと分かると、大半の女子生徒は逃げていくが、マツリはへこたれなかった。

 2人の男はじっと見守った。


「マツリは優しい。とても」

「……そうだな」


 マツリが顔を輝かせて戻ってきた。

 『好男子名鑑』は手に入らなかったが、その入手方法が分かったという。どうやら、最近の好男子名鑑は電子データで配布、保存されているらしい。


「それで、どうするんだよ」

「スーパーハッカーに頼むんだよ」

「また出た! 新しい要素」

「ハッカー? 俺ハッカーって会ってみたい!」

「私は噂でしか聞いたことないけど、電算部の部室にいるらしいから、その人に頼めば好男子名鑑のデータベースに侵入して調べてもらえるかもしれない。『捜し物は謎のスーパーハッカーに依頼するべし』って生徒の中では噂になってるんだよ」

「なんか妙な方面に広がったな……」

「よく分からないけど、俺は先にスーパーハッカーに会ったほうがいいんだな」

「うん。その方が良いと思う。電算室は、確か校舎の最上階。行こう」

「いくー」


 2人が言った。

 トミカは黙って立ち上がった。残った食べ物を放ってやると、通りすがりのサメ亡者たちが飛びついて食い尽くしてくれた。


「なあ――」


 校内へ入っていく2人を呼び止める。


「――これからどっかで市長に会うかもしれねえが、俺はどうにもならないと判断したら、お前らを見捨てるからな。お前らも俺が下手を踏んだら他人のふりをしろ」


 2人がトミカを振り返った。


「でも」

「俺たちは生存戦略同盟――」

「その前に約束したろ? 邪魔はしない。俺が見るな』と言ったときには……頼むぜ。見ないでくれ」

「トミカ?」

「トミカくん……?」


 トミカは自分自身に対して確信していた。

 マツリは優しい。ハンサムも気の良いやつだ。

 しかしチャンスが訪れたなら、自分はその場で計画を実行するだろう。例え迷いはあるにしろ、きっと。

 自分はジミー・パーンを殺す。それが2人の目の前ででも。


一方、ジミー・パーンは、すでに校舎の中にいた。

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