第8話 ヒトが好き。あと海鮮丼も好き


 フロリダ州ミートバーグ市はサメの多い街です。


 海に面した地方都市で、面積約一四〇㎢、人口は六万人未満。

 サメの生息数において世界でトップクラスであり、サメをまつる土着宗教が存在するほど。

 かつては命がけで漁業や、塩作りをして街の生計を立てていたが、映画『JAWS』のヒットを機にサメの観光事業で栄えるようになります。

 危険を顧みず観光客が押し寄せるのです。

 人はなぜそれほどサメに惹かれるのでしょう。それは分かりません。気が狂っているのかな?

 しかし『JAWS』から数十年経った今もサメ映画が作られ続けていること事実が人間とサメの関係を裏付けているでしょう。

 人間はサメが好き。

 サメも人間が大好きなのです。

 ミートバーグは、そんなサメとどこよりも間近に接することができるサメ好きのためのワンダーランドです。

 一年を通して、雄大なサメ景色、新鮮なサメ料理、サメ被害者、近年ではサメアトラクションが楽しめます。


 ここで一つ注意!

 ミートバーグを訪れる際は、ビキニの用意を忘れないようにしましょう。

 ミートバーグの住人は一年を通してビキニで生活しています。

 サメ映画でもご存じのように、サメの生息数と住人の露出度は比例します。これはサメキチ学会の調査でも明らかになっている事実です。


 地元愛の強い住人の中には、着衣の人間を『よそ者』『着ぶくれ』『服の民』などと見下す者も、残念ながら存在します。

 地元民とのトラブルほど旅の喜びを損なうものはありません。「郷に入っては郷に従え」地元のルールに身を任せることが旅を楽しむコツです。


 とはいえ、ミートバーグが最高なことには変わりがありません。

 サメにオフシーズンは存在しない。

『もっとも天国に近い場所』

『サメのキッチン』

『毎日がサメ映画』

 皆さんも是非、サメの街ミートバーグへ飛びこんでみてください。

     『るるぶミートバーグ』より抜粋。




「どこにいるサメがァアアアアッ」

「落ち着けマイクル」


 道に落ちた『るるぶミートバーグ』を踏み潰してS.H.B.Bの装甲車が疾走する。

 前方で観光客たちのレンタカーがふらふらと危なっかしい運転をしていた。

 リゾート区間の人口比率は観光客の方が圧倒的に多い。道路に観光雑誌を捨てるのも、交通事故等の犯罪を起こすのも大抵彼らだ。

 隊員たちは車の中から観光地の様子を観察した。

 ハンドルを握っているのはオウル隊長である。


「穏やかだな。まだ犠牲者はでていないのか? もしヤツがこの区間にに潜伏する気なら……厄介だな」

「逃亡者なら先へ進むのでは?」マイクルが言った。「逃げるならできるだけ遠くへ行くでしょう。駅へ向かったのだと私は思います。先回りすべきです」


 後部座席の新人は違う意見だった。


「ここなら『着ぶくれ』に紛れられますよね? 『着ぶくれ』のふりをすれば帽子や服で顔を隠していても不自然ではないし、彼らを脅してミートバーグの外まで運ばせればいい。保護者がいれば空港だって使えます。『着ぶくれ』の利用者が多い『ミバ空』を見張るべきですよ」


 どちらの言うことも一理あった。

 しかしオウルはハンサムの行動に違和感を認めていた。手紙を残したことといい逃亡者っぽくないのだ。


「……自信の表れか? それとも単に知能が低いだけなのか?」

「なんです?」

「いや――」


 いずれにしろ、逃亡の意識が薄いなら、まだこのリゾート地に潜んでいる可能性もある。顔を隠せばここでなら目立たずに済むだろう。

 だが、普通に考えればマイクルたちが正しい。そもそも研究施設を破壊して逃げ出した個体だ。街から少しでも遠ざかろうとするのが自然ではないか。


「隊長?」


 重要な選択だった。


「どうします? ホテルで聞き込みをするならカレーさんチームに残ってもらいますか?」

「……建物へ入るなら、分断はしたくないところだ。『ミートバーグ・スカイライン』に比べて、死角が多すぎるし、戦闘になっても観光客が邪魔でうかつに発砲できない」

「しかしかたまっての調査は時間を食います。タダでさえ人手が足りない」

「ああ。分かっている、そうだとも……やはり駅までのルートのなかから――」


 オウルは舌打ちした。前の車が急にスピードを落としたのだ。

 マイクルが怒りの声を上げる。


「『着ぶくれ』どもの車だ! いつも捜査の邪魔をする」

「怒るな。『パクパクカウンター』を見ていたんだろう。観光客は大体あれを気にする」


 前を走る車の中では、『着ぶくれ』たちが頭上を指さしてはしゃいでいた。

 パクパクカウンターは、要するにその日の鮫害シャークアタックの被害者数である。サメの多い都市では常識だが、観光客には珍しいのだ。

 マイクルが舌打ちした。


「今日だけで一二人か……しかもハンサムの被害者はまだカウントしていない状態で」

「一二。まあそんなもんだろう」

「タラタラ走ってやがる。隊長、追い抜けませんか」

「注意深く観察しろ。顔を隠したハンサムがあの中に混じっている可能性だってあるんだ」

「なるほど。止めますか」

「銃を出すんじゃない。隠密任務なんだ」


 そのとき新人が声を上げた。

 斜め前方のオープンカーに、アラビア風の衣装で顔を隠した人物が乗っていた。


「あっあんな感じの衣装! 『こけしおばさん』の家にもありましたよ」

「サメがァアアアアッ!」


 マイクルはオウルの方のドアを開けて即座に発砲した。

 弾丸は窓ガラスを割って『アラビア風の男』からマスクだけを剥ぎ取った。

 オウルからすると運転中に上へ乗っかられた形である。しかもドアが開いてぶらぶらしている。彼はマイクルを助手席を押し返した。


「マーイクル! 何やってる」

「やったか?」

「やったらダメでしょ」

「顔を確認しろ新人。サメか? サメなら撃つ。隊長、かまいませんねッ?」

「もう撃っただろ」

「こわいっすマイクルさん」


 相手の車はブレーキを踏んで装甲車の後ろに逃れようとした。

 すれ違いざまに新人が顔を確認した。フグみたいな顔の男が座席で失禁している。


「違う、ブサイクだ。マイクルさん人違いです!」

「なんだよ、紛らわしい格好しやがって。ミートバーグで服なんか着てるんじゃないぞバカがよォ~。オイッお前たち、この辺で異様にハンサムな男を見なかったか! 見てない? それともかばってるのか? ならお前ら私の敵だな? 捜査妨害か貴様?」

「むちゃくちゃだこの人」

「落ち着けマイクル。車に乗るとはしゃぐのがお前の悪いところだ」

「てへぺろです隊長」

「ドンマイだマイクル」

「それで済みます?!」


 走りながら車の男たちに質問した。「アラビア風ブサイク」たちは、リゾートホテルに雇われた芸人らしい。

 前方のトラックは彼らの仲間だった。荷台には中華服の娘や、プロレスラー崩れ。ピエロ。ロバなどが乗って酒を飲んでいた。

 さらに女性住職の乗ったハーレーまでも並走している。走りながら飲酒していた。

 全員がS.H.B.Bの車へ向かって、酔っ払い特有のノリで手を振った。

 さらに走りながら仏教徒が言うには、弔い事があって酒を飲んでいるのだという。


「泣いた分だけ酒を飲む決まりだ。つまり馬のように飲めばそれだけ死者をいたんでいるということになる。だから誰も飲むのをやめないのさ。これを仏教用語で『泣いて馬酌ばしゃくる』という」


無論マイクルは激怒した。


「嘘をつくな酔っ払いどもが!」

「マァ~イクル、もう座れ」


 そう言ったところへ、ハーレーの仏教徒が車体を寄せてきた。

 彼女の口元が何か言うように動いたので、隊長は窓から身を乗り出した。

 そのとたん、彼女は口移しで酒を飲ませた。

 はやし声を上げながら彼らは去って行ってしまった。

 オウル隊長は路肩に車を停めた。


「許されないぞ女ァ!」

「マイクル。飲酒運転になる、代わってくれ」

「まったく『着ぶくれ』どもは! 服は着るわルールは破るわ! 狂ってますよ」

「今は構っていられないだろ」

「グミくださいよッ隊長! ここでグミくださいよッ」

「分かった分かった」


 グミを与え、いったん車から降りてから隊長は辺りを見渡した。

 ちょうど中央市場の前だった。魚の香りを嗅いだとき、琴線きんせんにふれる何かを感じた。


「――マイクル」

「隊長ももっと怒るべきですよ、あんなヤツら! もしかしたら最近流行のシャークドラッグだって――」

「マイクル。失念していたんだが」

「なんです? さっきのヤツらに知り合いでも?」

「そうじゃない。サメというものはマイクル――忘れていたが魚も食うんだったな」

「それは……盲点でしたが、そんなサメ少数派ですよ」

「それは知っている。サメは人を喰うもんだ」

「でしょう? さあ行きますよ隊長!」

「いや――ここだ。ヤツはここにいる。カンだが間違いない」


 隊長は手を掛けていた車のドアを閉め「ミートバーグ中央市場」の入り口へ向かい、道路を横断し始めた。

 目の前を観光客の車がサメ人間の危機も知らず、陽気に通り過ぎていった。遅れてカニが横切っていく。

 困惑しながらマイクルたちも後を追った。


「カンですって? 隊長! どういうことです、説明してください」

「リゾートの連中は暢気していた。人間の餌を喰ってないって事は、別の食いモンに興味を示してるってことだ」


 人間はサメが好き。

 サメも人が大好き。でもかつては魚だって好きだった。

 オウルも海鮮丼は好きだ。考えると腹が鳴った。


「間違いない。サメ人間は市場にいる」

「隊長……お腹が空いてるだけとかではないですよね?」


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