第6話 こけしおばさんの牡蠣はローションの海を泳ぐか
「何が、<(._.)> フカブカ、だ
マイクルが置き手紙を引き裂いた。
「落ち着けマイクル。証拠品だぞ」
「あの、これどういう意味ッすかね?」新人は手紙の破片を拾っている。
「おちょくってるに決まってるだろッ! 人を喰っておいてこんな書き置きを残すなんて!」
「警察署に向かうって」
「向かってるわけねえだろッ人喰いザメがよォ~」
「落ち着けマイクル。文面を素直に読むとヤツは自分のやってることを分かっていない可能性が出てくる」
「人を喰ってるんですよ! 無自覚なわけ無いでしょう。馬鹿にしてるんですよッ! 人食いザメのくせに我々をッ」
「……かもしれん。だとしても落ち着けマイクル。グミ食うか?」
「グミ食いますよ! そしてヤツを追わなくてはッ! 隊長ダッシュです!」
マイクルは走って建物を出て行ってしまった。
「マイクルさんって情緒不安定っすよね……」
「優しい男なのさ」
外ではライスとゴッサムに見張りを任せている。
街への警備配置を再度要請するとライスは言っていたが、おそらくは無駄だろうとオウルは考えていた。
市長はこの件に興味がない。興味のない事柄に対して市長を動かすのは至難だった。
ミートバーグでは毎日、数十人単位でサメの被害が出ている。ハンサムが何人喰おうと、野良ザメのせいにしてしまえばいいと、市長は考えているに違いなかった。
ましてやサメ人間など誰も信じないだろう。
新人が言った。
「どうします? もう少し調査した方が良いですか。何なら、俺ここに残りますけど」
「……いや」
歯切れ悪く、隊長は首を振った。これは珍しいことだ。
彼らが到着したとき、すでに『ハラショーハウス』は無人だった。
屋内へ踏み込んだところ、書き置きを見つけたのだ。
住居に争った形跡はない。が、よく分からない散らかり方をしていた。奇妙な衣装やら器具が散乱している。お香の火を消そうとして、新人はローションの入った洗面器に足を突っこんだ。
「もう~。あれっすかね。おばさんを喰うために家に入ったんですかね?」
「すでに十人近く喰ってる。腹は減ってないだろう」
「そもそもヤツに逃亡者の意識はあるんすかね? その……サメ人間にこういうのは妙ですけど、どんな人間なんだろう? 極秘ってのは分かってはいるんですけど、ヒントでも欲しいっすよね」
「未知数なところがあるってのはハカセも言っていたな。最悪サメ並みの知性しか無いかもしれんし、ハンニバル・レクターのように狡猾なやつかもしれん。生け捕りってのはその点も考慮したオーダーなんだろうな。外を経験してヤツがどう反応するのか、ハカセは調査したいのさ」
「案外普通の兄ちゃんだったり?」
「……ヤツがどんな性格かは分からんが、施設から逃げ出したってんなら逃亡者の自覚くらいはあるだろう。
「男物も女物も変な服ばっかで特定は難しいっす。なんすかあの服」
「被害者は元ストリッパーだからな。昔使ってた衣装だろ。それとも単なる趣味か」
「こけしおばさんって、未成年への性的虐待で訴えられた人っすよね?」
「ああ。あと違法ポルノの販売と薬物、強盗で前科がある。それに旦那の行方不明事件で殺害容疑がかけられている。好きな食べ物は
「ほんとだ、冷蔵庫に入ってました、生牡蠣。食べます?」
「持ってくるんじゃないよ」
「ちょっと怖いですよね。ひとんちの生牡蠣って」
「鮮度の話じゃない」
「ですよね。でも、もうおばさんはこれ食べられないんだなあって……」
オウル隊長は「こけしおばさん」のイカれた城の中を眺め渡した。
「あのばあさんが男に喰われることになるとは、分からんものだな。男に関しては百戦錬磨だったから、ハンサムにも耐えるんじゃないかと期待はあったんだが」
「ダメだったみたいですね」
「ああ。レジも開けっぱなし、香の火もつけっぱなしで姿がないんじゃあな」
「ミートバーグの有名人が一人消えたってわけっすね」
しんみり言って、新人は隊長へ生牡蠣を手渡した。
「だからいらんと――」
「隊長ッ! 早く! ヤツは街へ入ったんですよ!」
マイクルが駆け足で戻ってせかしてきた。隊長は牡蠣をじっと見つめた。
「うむ……」
「どうしたんですか隊長」
マイクルが大股に戻ってくる。
「うむ。手紙が気になっている。わざわざ証拠になるような物を残す理由は何だろう?」
「ヤツはサメですよ? フカく考えてなんかいませんよ。『喰える』か『喰えない』かだ」
「ヤツの知能は未知数なんだ。人との対話を求めているとも考えられる」
「隊長! すでにヤツは街へ向かったんですよ! ここから『新・ジョーズビーチ』は目と鼻の先だ。時間がないッ」
ハラショーハウスから新・ジョーズビーチ、さらにミートバーグの都心部へは、ほぼ一本道だ。
ビーチ周辺には、リゾートホテル群やショッピングモール、中央市場がある。無論、人通りも多い。例えば修学旅行の集団がハンサムを見つけたのなら大変なことになるだろう。
「隊長、もし観光地でヤツが暴れたら取り返しがつきませんよッ! 犠牲もさることながら市長はあんたに全責任を押しつけるに決まってる」
「マイクル……ヤツはサメ人間だ。半分は人間なんだ。少なくともその点では慎重になる必要がある。それにヤツの食欲と顎の力はS級魚類のそれだ。交渉で戦闘を避けられるなら、そうするべきだ。俺は新人の両親と夕食をご馳走になる約束をしてるし、ライスは仕送りで母親を養っている」
「交渉だなんて! ヤツはサメですよ。なぜって人間は人間を喰ったりしませんからね!」
マイクルは素早く動いて、洗面器のローションをかきまわし始めた。
「ほら! ローションがまだ温かい。ほら! ヤツはさっきまでここに居たんですよ。今なら追いつけます。思案はサメを捕まえてからするべきです。今まさに家族を喰われてる
その時、見張りをしていたライスが入ってきた。
「隊長、やはりダメです。本部は街への警備配置に応じてくれません。説得したんですが……市長の許可なしでは駄目だと……畜生……クソッたれ!」
「ライス……泣くんじゃない」
「どうするんですか、隊長」
「隊長!」
オウル隊長は生牡蠣の入った鉢をしばらく見つめていたが、やがて意を決してそれをつるりと呑み干した。
豊富な栄養なバーグ湾で育ったミートバーグ産の牡蠣は、口に含めば果実のようにジューシーで、噛めばクリームチーズのように濃厚、しかも喉ごしは抜群だ。
オウルはあっけにとられる部下たちの前で、続いて洗面器のローションを飲み干した。そうして口元を拭うと、こう宣言した。
「サメ人間への即時発砲を許可する。状況によっては急所へ撃ちこんでかまわない。責任は俺が取る」
駐車場に全員が集まった。隊員たちはビキニのゴムを正して隊長の指示を待つ。
「ヤツは街へ入ったッ! それは受け入れよう。だがこれ以上の犠牲は許さない。我々もハンサムを追って街へ入る。必ずヤツを見つけ出せ!」
「広い街を五人で探すの!」ゴッサムが絶句する。
「できる。俺の認めたS.H.B.Bのメンバーが五人もいるのだからな」
隊長はさらに力強く続けた。
「オーダーは生け捕りだ。しかし君たちにはそれを聞かなかったことにしてもらいたい。『隊長からは撃って良いと言われた』と人に訊かれたらそう答えろ。そして私からの指示はこうだ。『ハンサムを許すな』。ハンサムを見かけたら即、撃って良しッ」
空元気もあったろうが、隊員たちは歓声を上げた。
「ハンサム狩りよッ!」
「ハンサムに死を!」
「ハンサムを許すな!」
「マジで死んでくれよハンサムよおッ!」
銃の再点検をすませ海パンへぶちこむと、一同はハンサムを討つべく「ハラショーハウス」を去った。
サメをもひき殺す装甲車を駆って。景気づけに発砲したりしながら。
なお、ぺぺローションは天然由来の成分で構成されており、飲んでも安全、口に含めば果実のようにジューシーで、噛めばクリームチーズのように濃厚、しかも喉ごしは抜群だと番組でバナナマンも言っていた。知らんけど。
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