第4話 ビキニボーイ、クジャクを語る
『ハローシャーク。ミートバーグ午後のニュースです。まずはサメ速報から。一時間ほど前、ミートバーグ沖にて小規模なサメ竜巻が発生。午後には局所的に通りサメが予想されます。外出する際には銃器かバットの携帯をお忘れ無きよう。グッドラック!』
装甲車のラジオから陽気なアナウンサーの声が響く。
ところで天井の上から聞こえる「サメがァアアアアッハッハァー」という爆笑はマイクルの声。
まさに速報通りの通りサメをマイクルが撃ち落としているのだ。見る限り、サメが降っているのはごく狭い一帯だけのようだ。
「こわ」
後部座席で新人が肩をすくめた。
「あいかわらず射撃は苦手のようだ」
と言うのは運転席のオウル隊長である。
バックミラーには、撃ち落とされたサメを絶妙のテクニックで
「ヤツはこの道を通った」
隊長が言った。マウンテンバイクの子供たちとバイカー、車に乗った誰か、すでに三件の被害を確認していた。
新人が恐る恐る言う。
「街に警官を配置させといた方がいいのでは?」
「市長に却下された。サメ一匹のためにそこまでできないんだと」
「でも、サメ人間は市長が援助してる施設から逃げ出したんでしょ?」
「そいつは極秘だ新人。とにかく市長はこの件に興味が無い」
「そんな……」
「クソッ危険なサメが町に放たれようって時にッ」
屋根の上でマイクルも怒った。
「落ち着けマイクル。グミ食べるか?」
「グミ食べますよ! つまりヤツが街に入る前になんとかしないといけないってわけですねッ! サメがァアアアアッ」
「それが最善だ。だがハカセからのオーダーは生け捕りだ。市長もそれは同じだろう。そこも難しいところだ。ただ蜂の巣にするならともかくな……」
「サメ人間は一匹でどれくらい喰うものなんすかね? 何人も腹に納まるモンなんすか?」
「シャクティ博士が言うには――」
「シャクティって、サメ人間つくった人?」
「――ほぼ無尽蔵だそうだ」
「無尽蔵――」
新人は絶句する。
「超巨大ザメの顎のパワーを知ってるか? 噛んだ肉を超高密度に圧縮してしまうほどだ。 小型車だってナンバープレートそっくりに圧縮しちまう。サメ人間もそれと同等のパワーを持っている」
「……まさかァ~。ははは。それはさすがに盛りすぎでしょう。研究成果を盛って報告するってよくあるんじゃ?」
「実際喰ってるだろ、何人も。顎の力で一瞬で潰されるから、獲物はひと噛みでエネルギーレベルにまで分解されてしまう。だからヤツは胃袋と無関係に喰い続ける」
「……まさか……いやいやいや。まさかぁ」
「疑うのはいいが、ヤツを前にして気を抜くなよ」
「……マジでなんですか? ねえ、マジ?」
「ヤツの顔も直視するな」
「ビッチ器官を反応させるから?」
「それもある。だが人間の姿をしたヤツを撃てるかという問題だ」
その時、マイクルが逆上がりの要領で窓から入ってきた。
通りサメをすべて撃ち落としたらしい。
「ふう。肩慣らしにはなりましたよ」
「まあまあだマイクル」
「射撃は苦手でしてね。ヤツにも手加減できないかもしれませんよ」
「ヤツはサメの生命力を持っているタフな生物だ。だが急所は狙うな。生け捕りが原則だ」
「状況による」
「分かっている。だが留意しておいてくれ。相手は半分は人間だからな」
「人間、ですか。人を喰っても?」
「半分な。だから半分は人間相手としての考慮が必要だ」
「……人間ね。そこんところのデータはないわけですよね」
「極秘研究だからな。性質と顔ぐらいしか教えられていない」
「まあ、動きを封じるのなら私の得意分野ですよ。『バーグジュードー』は大型ザメをも締めおとすことができる」
「うむ」
「人間……」
呟いて新人はもう一度資料をめくった。
まず、ターゲットの画像が目にはいる。古い写真なのか撮り方が悪かったのか画質はいまいちだった。
「――でも、確かにすごいハンサムっすけど……さすがにアレするほどっすかねえ」
「性的絶頂のことか」とマイクル。
「ちょっとボカして下さいよ」
「仕事の話だ。テレてどうする」
続けて隊長が言った。
「画像と実物は別物だと考えて置いたほうがいい。俺は初めてモナリザの実物を目にしたときには勃起した。教科書やなんかで何度も目にしていたはずなのにな」
「隊長さすがにヒクっす」
「オイッ隊長に失礼だろッ!」マイクルが身を乗り出す。
「失言でした。反省文を提出します」
「良いんだマイクル、新人。それだけ美というものには力があると言いたかった。例えば、ルーブル美術館には、今もなおモナリザを見るため年間一〇〇〇万人もの人間が訪れる。古代中国の王、
「はあ……」
「また、
「えぇ……」
「オイッ隊長が説明して下さっただろッもっと喜べよッ!」
「隊長嬉しいっす」
新人は棒読みで言った。
「ああ。さらにハンサムの事だが忘れるな。サメ人間はサメの生命力をも獲得しているらしい。大抵の傷は人間を食えば治るわけだ」
「うへぇ」
「なに。生け捕りするならむしろありがたいですよ。そうだろ新人?」
マイクルは好戦的な態度を貫いている。
「でも、人間の姿なんすよね。撃てるかな……」
「考えるな」と隊長は前を見たまま言った。「ヤツはすでに善良な市民に手をかけているんだからな」
「そろそろ街に入りますね」マイクルが言った。
「ああ。最初の建物は『こけしおばさんのハラショーハウス』か……やつがそこを訪れる可能性はあるな」
彼らの言うとおり、アルバ・スカイラインは終点に近づいていた。
車から、最後の大看板が見える。
街への案内板は、何枚かあって、それは街へ近づくほど絵の内容が変化するという仕掛けがあった。イラストのサメがだんだん近づいてくるのだ。
「何度見ても悪いジョークだ」
マイクルが吐き捨てる。
最後の看板には真っ赤な口をしたサメだけが描かれている。
そしてその近くの海面には食い残しのビキニが漂っているのだ。
『ようこそ! サメの街ミートバーグへ!』
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