愛の力は無敵だから!

「お、お、オイ……駄目なら、無理しなくてもぉ……」

 お前こそ無理するなよ!

 そう言ってしまいたくなる表情を明日実が浮かべていた。口を引き絞り、眉根がより、涙目になってるじゃないか!


 しかしこうなると……小動物チックで素直に可愛いと思う。

 顔つきも体格も中坊に見えるだけに、こうしてしおらしくなると本当に可愛らしいのだ。ぱっちりした目元がそれを際立たせている。

 正直、幼いのが気にならないなら見た目はいいと思う。



 中身だって……言うまでもない。この退屈とは無縁のハチャメチャ暴走機関車だって、自分なりに考えてのことなのだ。


 カブトムシを売ろうとしたのは文化祭費用の不足分を補おうとしたからだし、天体観測は友人がいる天文部を廃部から守るため。名店・名所巡りは、故郷を特集して地元の商店街を盛り上げたかったからだ。


 肝試しは……まあ、こいつだってちょっと遊びたかったのだろう。



「そう、だな。俺も好きだ」

 考えて出た言葉、本音ではあるけどこれでいいんだろうか?

 ライクじゃなくてラブ、かどうかはまだわからない。


 パっと明日実の表情が明るくなった。かと思えばガッツポーズ!


「ぃいよっしゃぁぁぁあああ!」

 それ、普通は男の方のリアクションじゃないか?



「じゃ、じゃあ! 私とお前は……こ、『恋人』だな?」

「あ、うん……そうだな」

 苦節十七年、初めてできた彼女が明日実か。

 周りからは結構冷やかされてその度に、『目の離せない妹みたいなもん』と言って否定していたが……結局、みんなが言ってた通りになったか。


 ガッツポーズを繰り返しつつ、「うし! うし!」と喜んでいる明日実だけど……



「『今日』で、終わるけどな……」

 明日実が止まる。



 ……しまった。こんなこと言うつもりじゃ「終わらない。『明日』は来る!」


「……え?」


「『今日』で終わらない。『明日』は来るって言った!」

 花が咲くような笑顔で明日実が返してくる。一片の曇りも疑問もない。



「いやいや……『明日』は来ないだろ」

「来るって! 『今日』で終わりなんかにしない! 『明日』を迎える!」

「何を根拠に……あの『隕石』が『今日』落ちてきて終わりだ」


 それを聞いた瞬間、明日実が不敵——顔つきと体躯で悪戯っ娘のよう——な笑みを浮かべ、「ふっふっふ……」と笑い出した。


「任せて! 私が『明日』を守る!」

 明日実が肩から下げていた細長いケースを開け、中にあったものを取り出す。取り出したのは……バットケースの期待に漏れず、木製のバットだった。


 ケースを捨て、そのままバットを両手で握りしめてスイングを始める。フォン、フォン、と風を切る音がこちらまで届いた。



 ……おい、嘘だろ?

 凄まじく嫌な予感がする。額と背筋から変な汗が噴き出してきていた。いやいや、それはないだろう。いくら『チビタンク』ことハチャメチャ暴走機関車と言えど……それはない。



「なあ、明日実……それ何のつも「私が! こいつで! あの隕石を打ち返す!」



 こいつバカだぁーーーーーーーーーーーーーーー!

 知ってた、知ってたけどバカだこいつ!

 何言ってんのぉ!



「お前な……」

「任せて! 今の私なら! 絶対できる!」

 フルスイングを繰り返しつつ、絶対の自信を持って答えてくる明日実。瞳の輝きに一点の曇りもない。


「……『今の』って、なんだそりゃ」

「知らないの?」

 スイングを止め、バットを肩に担いで明日実が向き直った。軽く息が弾んでいる。




「……愛の力は無敵だ! だから、奇跡だって起こせる! あんな『隕石』なんか打ち返してやる!」

 ニッと白い歯を見せた満面の笑み、多少他人より鋭い犬歯がまぶしかった。


「そして、『明日』へと続ける。恋を実らせて、『明日』を迎えるんだ」

 明日実が再びスイングに戻る。鋭い風切り音も同じように戻ってきた。



 ……あっ! ひょっとして、こいつ、最初からそのつもりだったのか!?

 頭に電流のような、閃光のようなものが走った。


 最初から、『悔いのないよう過ごす』じゃなくて……『明日のため』ってことしか考えてなかったのか!?


 告白して、恋人になって……『今日』で終わるんじゃない!

 その後も続くように、『明日』を迎えるつもりだったんだ!



 こちらの考えなど知らず、「ふっ! ふっ!」という掛け声とともに木のバットで空を断ち続ける明日実。

 いつも滅茶苦茶で、俺を振り回して、けどそれには理由があって……その先は、いつも繋がっていて……


「明日実」


「ふっ! ……とっと、何?」




「俺、お前が好きだ」

 自然と、考える前に——言葉が出た。




「……ぅぇ、ええ!」

 明日実の顔が爆ぜた。

 そういいようがないほどに瞬間的に紅に染まったのだ。


「ちょちょちょ! いきなり……つか、さっき言ったじゃん! それ!」

「そうだな」

 けど、言わなきゃな。

 よくわからなかったままの『好き』じゃなくて、愛している『好き』を伝えなきゃ。


「『そうだな……』じゃ、なくって!」

「お前が『隕石』を打ち返したら、みんなのヒーローになるな」

「ひ、ヒーロー?」

 上手く話しもずらせそうだ。このまま持って行ってしまおう。多分、今の俺の頬も赤くなっているけど……気付かれないといいな。


「ああ、地球滅亡を覆したヒーローだ」

「……なんか、重い」

「今更……てか気付けよ。まあ、重いってなら黙っておけばいい」

 それを見て、もう一つの太陽——『隕石フィーネ』を睨みつける。あいつが落ちてくるのは『今日』の18時ごろ。

 スマホをポケットから取り出してみると、現在8時ちょうど。


 『隕石フィーネ』が落ちるまで、あと——10時間。

 けどこの時間の呼び方は、もう正しくない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る