<Das siebente Kapitel>

「さて、早速本題に入りたい」


 和樹は何冊かの郷土史と文献を持ってきた。

 俺はここ2,3日分の新聞と、研究ファイルを机に置いて深呼吸一つ。

 興奮はしていない。逸る気持ちも沸いて来ない。これは戦いではあるが、何も和樹と戦争を始めようって訳じゃないんだ。

 俺がこれまで調べてきたことの確認と、ヤツを暴くための外堀を埋める。これはすべてを理解するための、前哨戦に過ぎない。

 例えるなら、そう……。赤い炎ではなく、青い炎を胸に宿す静かな闘い。


「まず、俺が調べたことの確認がしたい」


 何しろマスコミの情報だ。多少の憶測や風評も乗っかってるだろう。さらに遠い異郷の地での出来事だ。新聞沙汰になったとはいえ、その細部は隠蔽されている可能性がある。

 もとより、事件に関係がある誰かがリークしたのか、マスコミが面白がって断片的な情報だけで過大表現したのか……。

 それすらも分かっていない。もちろん、報道だけを鵜呑みにせず大学の教授のコネクションで警察の人とも話をした。

 情報に踊らされることが無いように、慎重に捜査をしたつもりだ。それでも、俺に出来るのはその程度。だからこそ、この初手だった。

 まずは、地固めからだ……。



「事件初日。まだこの日はマスコミも囃していない。だからコラムの記事も小さいものだった。足湯で有名なX県X市の寒村で、男性が死亡。被害者は28歳の会社員。死体は両足首から下が切断されており、事件現場に足首は残っていなかった。死因はナイフなどの鋭利な刃物で心臓を一突きされ失血死。足首の切断は殺害後と見られる。犯行現場には謎の文字。“Helfen Sie mir”と書かれていた。……と、ここまでだ」

「ああ、相違ない。続けてくれ」


 ここからは俺の調べと推測を含む。

 個人情報は基本的には開示されない。当時どのような状況だったかは憶測に過ぎないが、彼の素性はある程度特定出来た。

 この男性は、湯ノ足村と縁は無く都会生まれの都会育ち。本当に、ただの旅行客として湯ノ足村を訪れている。

 そして、彼には恋人がいた。彼の提案か彼女の提案か、足湯で有名な湯ノ足村へ旅行を決めたのだ。

 そして、事件時刻――。

 帰り道、今まで寄り添って歩いていた彼が突然姿を消したという。ほんの一瞬の出来事だった。彼から視線を外した、その一瞬だけ。

 彼女は彼の名前を呼ぶが、闇に吸い込まれるばかり。ちょっとした冗談だと思い辺りを探すが、彼の姿は見当たらない。

 初めは冗談だと思っていた彼女も、次第に薄気味悪くなり、近くの交番へ行き捜索願を出した。

 しかし、警察の捜査で村中を探すも彼が発見されることは無かった。

 何しろ、彼が失踪して警察が捜索を始めるまで、わずか30分しか経っていないのだ。そう遠くへは行けないはずなのだが、彼は闇に吸い込まれてしまったかの如く、姿を消してしまった。

 恋人の彼女は、警官が付き添い交番で彼が見つかるのを待ち続けた。


 一睡も出来なかっただろう……。

 不安と困惑で気が張り詰め、警官の励ましでさえ耳に入らない。そんな状態で刻々と時間は過ぎていき、とうとう空が白み始める。

 そして、翌朝早朝――。

 警官の付き添いのもと、彼女を宿へ車で送っている時だった。彼が姿を消したその場所に、まるで初めからそこにあったかの様に彼の遺体が横たわっていた……。

 第一発見者は彼女と、その警官。……事件発覚となる。

 彼の遺体の周りは血の海で、足首から下が無くなっていた。

 遺体の傍には血で書き殴られたであろう赤い文字が、ダイイングメッセージのように記されていた。


「俺の見地から言わせて貰うと、犯人はこの村でいうオニガミじゃない。おかしな人間の犯行だ。突然姿を消したってのも、神の仕業とやらじゃない。彼女の証言も俺は疑ってる。そして残されていた文字。これはダイイングメッセージとは違うような気がする。ヒルフェ・ジ・ミア。これはドイツ語だと突き止めた。意味は『私を助けて』。被害者は日本人だ。死に際にわざわざドイツ語なんかに直すとは考えにくい。他の何者かが残した可能性がある。しかし腑に落ちないのは、この言葉は被害者側から沸く感情のはず。なのに、被害者ではない何者かの可能性。ここで矛盾が生じる。……とまぁ、推理は置いておくが、どうだ?」

「……なるほど。よく調べたもんだ」


 和樹は、ふむ……と、どう答えたものかと思案している。


「オレは村の人間だから、お前の推理に異論を挟めない。大人連中はみんな鬼神様の仕業だーって言うけどな。ただ、証言の真偽。良い着眼点だと思う。それに信憑性が増すのはこれから続く事件によってだからな。オレから言えるのはそれだけだ」


 OK、それでいい。あってるかどうかなんて誰にも分からない。

 和樹のこういう切り返し方は想定していた。和樹が事件と無関係かどうかは判断出来ないが、せめて中立であって欲しい。

 むしろ、村人に肩入れ過ぎるようなら俺は和樹のことも関係者として疑わなければならない。

 玖珠羽ほど精度は無いが、和樹の挙動には注意しておく。

 和樹は表情を変えず、次を促した。


「事件二日目。さすがに二日も同じような事件が続けば、少しは騒ぐ。コラムはこうだ。『突然の失踪、そして両足首の切断。鬼神の仕業か』っと、早くも鬼神の名前を出しやがった。被害者は工事現場作業員の男性33歳。遅くまで作業してた男性二人は、帰りの際、足湯をして疲れを癒していた。そして、相方の男性がふと声を掛けると、隣の男性が居なくなっていることに気付く。腑に落ちなかっただろうが先に帰ったのかと思い、男性も帰宅。翌朝早朝。巡回中の警官2名が、両足首を切断された男性の遺体を発見。さらには心臓をナイフなどの鋭利なもので、一突きにされた痕があった。そして事件が発覚。発見された場所は、足湯場の目の前でヒルフェの文字が血塗られていた」


 と、ここまでが新聞の記事である。初日と比べると共通点は5つ。

 一つ、忽然と姿を消したという供述。

 二つ、失踪現場と同じ場所に死体遺棄。

 三つ、両足首の切断。

 四つ、死因は失血死。心臓一突き。

 五つ、謎のドイツ語。『Helfen Sie mir』

 さらに上げるとしたら、二人組みで片方が証言をするってところか。唐突に姿を消したのが人間には出来ない犯行だって? 

 さらう方法ならいくらでもある。犯人が自分の姿を見られるのを嫌うなら、色々とな。

 例えばあえてハデな演出をすることで注意を逸らすのが常套手段なら、暗殺者のように粛々と任務を遂行する手段だってある。

 人の時間の感覚なんてアテにならない。それこそいつも時計を見て時間キッチリで動く人でこそ、数秒数分の差異を気にしていない。

 気にしているのはその時間、何の予定があるか、それだけだ。本人が一瞬の出来事だと思い込んでいる時間は、およそ数秒かもしれないし、数分の猶予があったのかもしれない。

 疑いだしたらキリが無いが、初陣を切り込むなら最初の供述からであるのは分かりやすい一手だろう。

 だが、まだ切り込まない。まだ2夜の確認が終わっただけだ。攻め手は色々用意してある。ここはまだ、地固めを磐石なものにしよう。


 話を戻そう。

 翌朝、最後の目撃者である相方の男性の証言を聞き、前日と酷似する事件に警察も驚いただろう。

 共通の殺害方法、特性に同一人物の犯行だと推測する。


「ここも相違ない。次は、3日目……だな」

「ああ、俺のお袋だ」


 3日目、俺たち家族はここへ旅行に来ていた。

 旅行3日目で、玖珠羽や和樹たちとも知り合い、楽しい日々を送っていた。

 広海を交えた子供組みは親たちと離れ、村中を走り回る。

 当然のことながら、俺たちはこの村でそんな事件が起こっているなんて知るはずもなかった。

 明日も明後日も、この旅行中は新しい友人達と遊ぶ楽しい毎日が続くことを俺は信じて疑わなかった。

 なのに――。翌朝目が覚めた時、親父は泣き崩れていた。母さんの顔には白い布が被せられていた。


 ……両足首が、無かった。


 訳が分からず、隣で俯いている広海に声を掛けても返事が返ってくることはない。

 俺はただ呆然と、親父の嗚咽を聞いていることしか出来なかった。

 しばらくして、状況が飲み込めた頃。俺は警察の人に話を聞いていた。

 俺たちが寝静まった頃、両親は夜の散歩がてら足湯へ出掛けていったそうだ。

 …そこからは聞くに絶えない不可思議な話が俺の耳を叩いた。そう、後になって分かったことだが、事件は前2件とほぼ同じ。

 突然の失踪、翌朝の発見、両足の切断。ヒルフェの文字。


 ……同じ犯行だった。


「……お前、泣いてなかったよな」

「当たり前だろ。目が覚めて、お袋が死んでて、訳が分からなくて、でも親父が怒ったような泣いたような顔をしてて、何がなんだか分からなかったんだ」


 そこで俺たちは、旅行を中止して帰るべきだったんだ。でも親父は、使命感の強い人だった。

 自分が仇を打つと言って聞かなかった。


「そして4日目……親父も消えた」

「……」


 死んだなんて言いたくなかった。

 親父の事件もまったく同じ。付き添ってくれた警官は、まだまだ経験不足だった。親父の護衛のつもりだったが、失踪するのを防げなかった。

 つい昨日まで元気だった人が突然死んでしまうなんて、どうして受け入れられる?

 目の前に居た人が突然姿を消すなんて、どうして信じられる?

 俺たちは、たまたま旅行に来ただけだぞ? 俺たちが何をした?

 なんでこんなことに巻き込まれなきゃいけないんだよ!


 でも当時の俺は、悲しさや怒りより、恐怖の方が強かった。

 涙は出ない、訳が分からないから。

 憤りを感じない、信じられないから。


 怖い、怖い怖い。俺も外に出たら殺されるかもしれないって。

 でもそんなとき、俺の隣に、彼女が居てくれた。


「広海……」


 俺に好意を寄せてくれていた、広海。織部 広海。

 家族旅行に、あいつも一緒に来てくれた。小さい頃から一緒に居て、両親も広海のことを自分の子供のように可愛がっていた。

 ウチの両親たっての希望で、広海もぜひ一緒に旅行に行こうと提案し、快く承諾してくれた彼女。

 今や俺は両親を亡くし独りきり。不安で押し潰れそうな俺に、力をくれた。

 でも彼女は、泣くことを許さなかった。


『悔しくないの? 憎くないの? 犯人が!』


 ああ、悔しい。殺したいほど犯人が憎い! 

 俺から両親を奪った誰かが。訳も分からず巻き込んだ何かが。その彼女の声で、俺の中に芽生えた小さな使命感――。

 犯人を捕まえて、一発殴ってやるまでは、帰れない。それに親父は言っていた気がする。犯人らしき姿を見たって。


「翔平、それ、本当か……?」

「ああ、俺も良く覚えてないんだけどな。あの時は殆ど、頭が真っ白だったから」


 ……実はこれは、多少誇張している。

 和樹の出方を伺う為だ。もちろん、嘘ではない情報である。これは親父から直接聞いた話で、母さんが姿を消した直後、赤い眼が二つ、闇の奥の奥に光っていたらしい。

 まるで火の玉のように、それは揺らいでいた。およそ人であるならば、赤い眼をした人間なんて居るのだろうか?

 しかし、分からなくなる。これが見た人の感想なのだから。もちろんすぐに、母さんが居ないことに気づき親父は駆け出したので、その眼のことは度外視したらしいが。

 火の玉なんて見間違いだ。赤い眼をした人ならざるものなんて、信じられるかよ……。

 この事件だって、人間が関与してるはずなんだ。そこは譲らない。

 和樹の様子は……至って普通。反応も自然なものに近い。

 『犯人らしき人を見た』という言葉に食い付きはしたが、どうやら純粋に驚いているだけのように見える。

 揺さぶりにもならなかったが、ここは話を進めよう。


 次の日の夜。俺は恐怖を捻じ込み、村を闊歩した。

 でも、今にして思えばそんな蛮勇も浅はかだった。あいつを危険な目に晒してまで、正義感なんて振りかざさなきゃ良かったんだ。


「5日目、俺は……広海の失踪を許した」


 そう、俺が広海を失踪させたも同然なんだ。

 手を繋いでいたはずなのに、いつの間にか広海は俺の手から離れていた。姿すら追えなかった。

 闇雲に走った。名前を叫んだ。吼えた。そこで始めて俺は、涙を流していることに気付く……。

 人の姿は無い。

 いくら叫んでも、誰の耳にも届かないような異世界に迷い込み、ただ闇が口を開け、俺をあざ笑うかのように迷走させた。

 全てを俺から奪い去ったこの村を、心から憎んだ。気付かぬうちに引き裂かれた顛末と。目の前で無力さを貫かれた後悔と。


 俺は、独りになった――。


 この時ばかりは村全体が俺を陥れたんじゃないかとすら疑った。

 これが村ぐるみなら、今俺がいる場所は村ごと密室にもなり得る。クローズドサークルのつもりか……。リアルじゃねぇ……。

 だが実際、奇しくも俺自身が、この事件の不可解さを身をもって証明することになってしまったのだ。


「はは、やっぱり俺には、海は青く見えねぇよ。広海……」

「翔平……」


 和樹の言葉は後に続かず、目を伏せる。

 いいんだ。誰にも俺は癒せない。いや、癒しを求めてここに来たわけじゃない。

 俺にはやるべきことがある。そして、最後の願いを叶えるために。


「悪い、感傷に浸るの後だ」

「いや……」


 ちなみに俺は灰色のままだったが、都会に住む祖母の家に引き取られた。

 だから、その後に続く事件があったことは、後になって知ったことだった。

 事件は、まだ終わらなかったんだ……。それも意外な犠牲者がここで浮上してくることになる。


「まだ二日残ってる。行くぜ……」

「あ、あぁ……」


 俺が村を離れた翌日。

 すなわち、事件第6夜。被害者は、榎本 緒瑠羽おるは。…そう、玖珠羽の姉だ。当時、まだ17歳だった。

 今までは村人以外の人であったが、今回の犠牲者は村人。犯行の手口は同じ。特性も、遺体状況も酷似していた。

 玖珠羽は、7年経った今ああして笑顔で接してくれるが、昔はお姉ちゃんお姉ちゃんと口癖のように言っていて、泣き虫なやつだった。

 強く、なったんだよな――。

 あの笑顔の裏には、今にも泣き出しそうなほどの不安を抱えているに違いない。

 親父さんの言葉が思い起こされる。


『あの子には、もうあんな悲しい想いはさせたくないのだよ……』


 榎本さん自身も辛いだろうに、娘のことを一番に考えていた。玖珠羽に笑顔が戻ったのはきっと、残った家族のお陰だろう。

 そして、緒瑠羽さんは茜さんと同級生である。

 親友の仲で、並んで歩けば10人が10人振り返るほどの美人二人組みだった。当時の俺も、大人っぽい二人にドギマギしたのを覚えている。

 茜さんも、きっと泣いていた。茜さんの親友だった彼女が失踪したんだ。

 その胸の内を察することすらおこがましい。あの寂しそうな横顔は、昔には無かったものだ。

 昨夜、最後に笑った茜さんは、心の闇は誰にだってあると言っていた。それはきっと、自分もということだ。

 心の闇……。それが何を指すのかは、俺と茜さんでは違うのかもしれない。

 ただ、裏を返せばそれは、人はみんな二面性を有し自分しか知らない己が居ることを示唆しているとも言える。

 もちろん、それが人間の魅力でもあり、二人として同じ人が居ないことの証明でもある。

 性差を含めた人間の姿は、感性や倫理、道徳など多岐に亘り一概に、心の闇を悪とするのは邪推に繋がる。


 だが……この夜が一番謎に包まれていた。

 この時点ではすでに、マスコミ大衆はこの連続失踪殺人事件を、『オニガミの神隠し』と称し、囃し立てている。

 事件の特異性も相まって、警察から公式発表がされる前に雑誌に取り上げられてしまうのだ。

 村のマイナスイメージを払拭すべく、地域団体が働きかけ警察から公式発表されることは差し控えられることとなった。

 しかし、世間一般では同じ事件が繰り返されているというのが報道の力によって拡散していく。

 だから俺も、この夜の出来事すら同じものであったと認知している。

 ひとつだけ気掛かりだったのが、この夜一緒に居たのが……。


 茜さんだった――。


「色々と、大変だったんだぜ。みんな辛くても、変わろうと必死だった」

「そう、だよな……」


 和樹の表情が陰る。

 茜さんがこの夜に、緒瑠羽さんと一緒に居たという情報は、警察のとある監察医と話したときに教えてもらったことだった。

 ここを掘り下げたいところではあったが、今は追及しないことにする。和樹の表情から、相違ないことをうかがい知ったから。

 この夜と、そして最後の夜については、公式発表されていないためほとんどがマスコミの情報源に頼ることになる。だから実際のところ、裏は取れなかったというのが現状だ。


「そして最後の日。ここまで来ると新聞記事どころじゃないな。雑誌でも取り上げられてる。毎晩繰り返される失踪と殺人。両足首切断という奇行は人ならざる者の犯行か。この村に古くから眠る鬼神が目を覚ます。神の仕業か、鬼の犯行か。これはもはや血肉の宴。オニガミの恐怖はいつまで続くのか。……だとよ。風評にも程がある。面白がってるとしか思えないぜ」


 もはや祭りだった。一大ムーブメントが起こっていたといっても過言ではないかもしれない。

 和樹は茶化さない。そうだな、と薄く笑ってみせる。和樹なりに思うところがあるのだろうが、謎が多い夜ゆえ口を開いてもらわなければならない。

 もちろん、茜さん本人とももう一度話さないといけないだろう。


「被害者は、豊坂保奈美32歳。自営業、元美術教師。これまた犯行は同じ。奇しくも、7日間全てに共通する犯行だった。そしてこの日を最後に、ぴたりと終わりを告げた。理由は分からない。後にこれを、湯ノ足村連続失踪殺人事件。通称、オニガミの神隠しと、呼ばれるようになった」

「……相違ない。一人でよくこれだけ調べられたな」

「事件の全容だけは、な。資料さえ集まれば、このくらいは簡単だった。問題だったのは無責任に囃すマスコミ情報の信憑性。ウラが取れたり取れなかったものもある。幸い、顔の広い教授のコネで色々な人と話をすることが出来たが、俺がこの村を離れてからの二つの事件については、ほとんどウラは取れなかった。ちなみに聞きたいんだが、この豊坂は、あの豊坂であってるよな?」

「ご名答。豊坂希望姉妹の母親さ。今は父子家庭で自営業だから、結構大変だと思うぞ」

「やっぱりそうか。今日、和樹と会う前に見かけたんだよ。相変わらずだったけどな」

「ほう。あ、1個補足だ。この豊坂家の生まれはこの村じゃない」

「そうなのか?」

「ああ、もとは都会に住んでたらしい。子供が出来たら静かな村で過ごそうと話していたんだそうだ。悲しくも、犠牲者になってしまったけどな……」


 となるとやはり、村人の犠牲者はいよいよもって緒瑠羽さんだけになってしまう。なぜ、緒瑠羽さんなんだ……?

 そして、豊坂さんの事件で終わりを迎えたのは意味があるのか?

 ……ふむ。あの姉妹も、変わろうとしてたんだよな。

 いつもの調子、っていうのは些か失礼だったかもしれない。母親を失った悲しみ。二人はそれを胸に抱いて7年を過ごしてきたんだ。

 みんな俺みたいに泣き寝入りしなかったのに、それに俺が何かを言うのはおこがましいことだ。


「把握した。俺の調べたことは無駄じゃなかったことが証明出来て良かった」

「……そうか」

「俺からも1個補足がある。当時、広海の失踪を許した夜。俺はあの時、何かを嗅いだ気がするんだ」

「……匂い?」

「ああ。でも、嗅いだことの無い匂いだった。気になって東京で警察関連の資料を調べている時に、元鑑識だったじいさんと話をすることが出来たんだ。守秘義務はあったが、色々話してくれたよ」


 鑑識のじいさん。監察医の姐さん。そしてもう一人……。

 情報源は秘匿するが、こういったバックアップは心強い。

 アプローチの方法は変わってくるが、様々な見地からの考察は俺にとってすべてを知る上で重要な鍵となる。

 次は、和樹の見地も交えながらディスカッションしていこう。


 まだようやく、確認が終わっただけだからな……。

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