<Das sechste Kapitel>

「ん……」


 気がつくともう朝だった。夢は、見なかった気がする。

 目覚ましは……忘れた。部屋の時計は、9時か……。

 二度寝を決め込みたいところだが、ここで惰眠を貪るわけにはいかない。

ぼ~っとする頭を無理やり起こし、着替えをする。


 今日は、和樹と事件についての話。

 その後、考察の時間も少し取りたい。可能な限り資料を集めよう。あと、玖珠羽と祭りの約束。

 ……そういえば時間を決めてなかった。後で確認しよう。宿で用意してくれた軽い朝食をとり、部屋を出る。

 出掛けに耳に入った天気予報では、今夜は軽く雪が降るらしい。祭りの最中か、大降りにならなければいいけどな。

 とはいえ、それこそ冬のお祭りだ。少しの雪くらいでは延期になんてならないだろう。雪が降る事は想定内ということだ。

 空を見ると曇り空。でもまだ明るいので、今夜まではずっとこんな感じなのだろう。俺は白い息を手にあてがいながら、歩き出した。



「おっはよ! 今日も寒いね」

「あぁ、おはよ。どうした? こんな早くに」

「昨日言ったっしょ~? 今日のお祭り一緒に行こうって」

「そうだったな。和樹たちには声掛けたのか?」

「二人で、だよ」

「え?」


 二人きりか。なんかデートっぽな。それはそれで良いのだが、あの二人も居たほうが楽しくなりそうではある。


「なにかご不満でも? 女の子が二人きりでって誘ったぁげてるんでしょ~? 素直に喜びなさいよ」

「わ、分かったよ。それで、もう行くのか?」

「昼間はそんなに屋台とか開けてないから、夜がいいな」

「そうだな。俺もちょっと行きたいところがあるから。時間言ってくれれば合わせる」

「ふ~む。5時くらいでどう?」

「了解。場所は?」

「織水のバス停でどう? あっちからメイン通りを歩きたいから。最後に足湯もしたいかな」


 バスで降りたところか。街から戻ってくれば、そのまま足湯して帰れる。定番コースだな。


「それじゃ、5時にそこでね」


 約束が済んで帰ろうとする玖珠羽を呼び止める。


「図書館に行きたいんだけど、どっちだっけ?」

「図書館は……一緒に行ってあげたいんだけど、あたし資料館に行くから逆なんだよねぇ。えっとね、ここを真っ直ぐ行って……」


 玖珠羽から道を聞き、俺たちはしばし別れる。

 朝のせいか静かな会話だった。まぁ、こういうのも悪くない。逆に玖珠羽にしてみれば、珍しいくらい大人しかったくらいだったけど。

 どことなく、いつもよりテンションが低かったように思う。低血圧なのかな。スロースターターな俺にとっては、合わせやすかった。


 さて、和樹は……っと。

 問題なく図書館にたどり着き、和樹を探す。昨日の別れ際、約束しておいたのだ。

 調べたいことがあるから、付き合って欲しいと。

 そしたら和樹は、図書館を指定してきた。静かな場所で、色々な資料もあるということだった。

 しかし、まだ着てないな。9時半の約束なんだけど、和樹は現れない。

 すると、図書館から出てくる二つの人影が見えた。


「あの二人は……」


 見覚えがあるぞ。

 ええと、誰だったか―――。いつも二人で一緒にいる双子姉妹の……。

 片方はお団子、片方は三つ編みだ。当時まだ小学生だったから、今は高校生くらいか。

 あの頃そのままで、髪型も変わっていない……ように見えるが、少し伸びたりアレンジが入っているようで、とても大人びて見える。

 ……あ、思い出したぞ。いつも二人セットの豊坂姉妹だ。これは吟味せねばなるまい。まだ名前は出てこないが、二人の特長さえ思い出せればきっと。


 片側のお団子少女は、頭の高い位置でお団子を作っているが、前髪を残しているせいか、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 そこに、シュシュと言っただろうか? それを付ける事で、少しやわらかいイメージにまとまっている。

 左目の下に泣きボクロ、美人の3要素のひとつ。確かこっちが姉だったはず……。


 対して三つ編みの子は、すごくオシャレな雰囲気だ。

 左側で結われた三つ編みは肩から前に降ろしてあって、左耳が露わになっている。

 そこにハデ過ぎない髪飾りが目を引いて、俺側から見る角度が素晴らしいくらいに映える。こちらは、右目の下に泣きボクロ。妹は明るい子の印象を受けた。


 最近の子は、図書館に来るだけでもオシャレに気を使ってるんだな。

 もちろん、玖珠羽や茜さんもその点では変わらないだろうが、みんなちゃんと成長してるんだよな。

 きっと、二人とも結ってる髪を解いたら同じくらいの長さで、見分けなんて付かなくなるだろう。

 これぞ双子のシンメトリー。それがオシャレでここまでイメージも、受ける印象も、想像できる性格も変わるのだから、女の子は末恐ろしい。

 成長した二人に声をかけずに素通りするなんて選択肢は、俺には無かった。


「よう、久しぶり。変態という名の淑女たち」

「「変態ではありませんっ!」」


 おおぅ。衰えていない鋭い突っ込み。

 朝の眠気を吹き飛ばすには十分な爽快な突っ込みだった。自分たちのことだと、認めているに他ならないわけだが。


「あら……」

「まぁ……」


 二人して同じ仕草をする。

 声を掛けてきた俺を見て、驚いているようだ。当時まだ11歳だった彼女たちでも、俺のことは覚えているらしい。


「変態ですか?」

「紳士ですか?」

「……変態という名の紳士と言わせたいのか?」


 先ほどの俺の言葉からの仕返しときた。

 頭の回転の速さはさらに磨きをかけ、どんな言い回しにも切り返してきそうだ。

 確か姉の方はパソコン大好きな子だった。打ち込みで自分のホームページを作って公開していたり、簡単なノベルゲームくらいだったら作っていたのを覚えてる。

 当時、HTMLやCSSをいじっているだけでも舌を巻いたくらいなのに、プログラミングも勉強していたのだから恐れ入る。


 妹の方は絵が大好きで、アナログ絵描きに関しては当時でも舌を巻いたくらいだ。

 可愛らしいデフォルメから風景画までジャンル問わずだった。愛用していたのはゴシップだったか、レリックだったかのペンでその多種多様の色を選択する色彩センスには、もはや将来を予感させた。

 暇さえあればノートにペンを走らせていた彼女。

 あれだ、妹に関しては学校の授業中「すいません、ノートの端に絵描いてました、テヘ」という定番の絵描きっ子の想像が容易だ。

 最近はデジタルに移行されてきているが、どうなのだろう?

 次第に遠い記憶を手繰り寄せていくうちに、彼女たちの名前に辿り着いた。


 記憶ってのは曖昧なモノだが、それは必ず繋がっている。

 Aルートで思い出せなければ、Bルート、Cルートと遠回りしたって別に構わない。意図的にプライミング効果を誘発させれば、あとは面白いように当時の記憶まで手繰り寄せることも可能だ。

 そうして、色々なことを懐かしみながら思い出として補完出来る。それが顕著なのが、エピソード記憶。

 そんな懐かしい思い出が蘇ることに、心なしか俺は嬉しさを感じていた。


「二人も相変わらずだな。変態の汚名は頑張って挽回してくれ」

「「汚名は返上しますっ!」」


 的確だ。相変わらず気持ち良いくらいそろった声だ。

 正しくは名誉挽回と、汚名返上。よく間違っていた教訓が生かされた瞬間だった。


「それにしても女の子に対して変態とは失礼です、翔平さん」

「変態なのはあなたの頭の中だけで結構です、翔平さん」

「うぐ……。毒舌なのは健在か」

「見境無く女性を変態扱いして襲い掛かるなんて不届き者が、まだこの世に居たなんて信じられますか? 翔平さん」

「自分が変態なのを良いことに、周りの人も変態と思い込んで手を出そうなんて不躾だと思いませんか? 翔平さん」

「い、いやいや! 俺はそんなこと思ってないから! そもそもなぜ俺が変態前提で話が進められている!?」

「あら、おかしいですね。お名前は翔平へんたいさんで、あってますよね?」

「そうそう、昔はよく翔平へんたいさんと遊びましたが、今私の身体が清らかなのが不思議でならないです」

「ひどい……。これはひどい……。君らの中で俺の存在って一体……。そうか、『自分自身に対してとことん正直になること、それが心身に良い影響を与える』。だから二人はこんなにも綺麗な笑顔で、生き生きとしていて、肌つやもよく成長したのか!? そこには俺の犠牲があったということか、フロイトのおっさーん!」


 自分の気持ちに素直になるのは良いことだ。それは認める。思ったことを素直に言葉に出来ることのなんと素晴らしいこと。

 しかし、これは……心が痛い。言ったことに対して2倍返ってくるのは辛い。ここは俺が折れるしかなさそうだ。


「失礼しました。もう許してください……。希さん、望さん」


 年下に対してへりくだって言うのも、彼女らに対してだけだ。


「ふふ、お久しぶりですね、翔平さん」


 お団子の姉、めぐみが会釈する。

 俺が折れて頭を下げたのを認めると、二人も個々に話してくれた。


「7年くらい……でしょうか。あは、お元気そうです」


 三つ編みの妹、のぞみが微笑む。

 二人ともじっとしてれば、それなりにかわいいのになぁ。豊坂希と豊坂望。二人合わせて、希望。

 二人の父親からそう教えてもらった気がする。


「そういえば希、あのホームページはまだ更新中か? 望の絵も久々に見てみたい」

「”希望の庭”ですか? あれは残念ながら閉鎖しましたよ。でもですね、生まれ変わったのです」

「その名も、エンドレスガーデン~hope~!」


 仰々しくなったな。でも、ホープ……なるほど。


「今も望の絵を公開してるんですよ。望の絵のファンだっているんです」

「お、お姉ちゃんのショートストーリーも私は好きだよ。私は、挿絵や表紙を描いてるに過ぎないもの」

「ありがとう。でも私のSSなんて、おまけみたいなものだから。翔平さんも興味があったら、ぜひ遊びに来てくださいね。コメントも残せますから」

「ああ、ぜひ行かせてもらうよ」

「ち、ちなみに私の絵はこんな感じです。……ちょっと、恥ずかしいですけど」


 今も変わらず、ノートを持ち歩いているのだろう。

 見せてもらった絵は、あの頃から相当成長していた。

 当時も上手いと思ったが、7年という歳月は恐ろしい。人を成長させるには十分過ぎる時間だった。

 どのくらい衝撃だったかと言うと、俺のような素人にはどんな言葉でも霞んでしまうほどで、どう形容しても望の絵の良さは伝えきれないだろう。

 これだけ繊細な絵が描けるなら、さぞファンも多いに違いない。


「それから、こっちはペンタブで書いたデジ絵なんですけど……」

「お、アナログだけかと思ったら。やっぱりデジタルにも手を出していたか。って、うぉ……」


 透明のファイルに収められていた用紙には、パソコンからプリントアウトしたであろう美麗なイラストが描かれていた。


「ペンタブはまだ、なかなか慣れなくて。……あ、こういう絵が苦手だったらごめんなさい」


 描かれたのはキャラクターの立ち絵だった。

 聞けば納得で、物語には多くの登場人物がいる。そのキャラを望が描く、いわばキャラクターデザインのようなものらしい。

 いやしかし、これでまだ不慣れって……。俺の拙い言葉で形容してみるが、バランスや細部は言うに及ばず女性は可愛く、綺麗に、表情が豊かで本当に生き生きしている。男は格好良く、シブく、躍動感に溢れ今にも動き出しそうだった。


「いや、すごいじゃないか! 望の描く絵をもっと色んな人に見てもらうべきだよ。俺、小さい頃も思ったけど、なんか感動した。望の絵、すごく良い!」

「あ、ありがとうございます! 嬉しい……」

「翔平さんご安心を。すでにエンドレスガーデンで、大好評公開中でっす。望の絵のファンはたくさんいるんですよ」

「そうか。じゃあ、もっと布教活動しないとな」

「そういうことは私にお任せを。 望の絵を見に来た人はどこの人なのか、何を見ていったのか、どの絵が人気なのか分かります。あのページに解析を仕込んで、あっちではアレを踏ませて……。ふふふ、宣伝場所はあのサイトが良いですね、ふふ、うふふ…」


 希さん、ちょっと目がマジですよ……。

 いや、美しい姉妹愛ということにしておこう。


「……いえ、私の絵はまだまだなんです。もっと上手くなりたかったのですが、もうお母さんは居ないですし……。もっとお母さんの話、聞きたかったなぁ」


 望が遠い目をする。

 そうだ、彼女たちの母親も祟りに取り込まれてしまっていた。人は、独学で学ぼうにも頭打ちになってしまう。そこに師匠が居るだけで、伸び代も、才能の開花も、成長スピードも桁違いで変わってくる。

 望の場合も、美術の講師であった母親の影響を大きく受けているのは間違いない。

 では、師匠が居なくなったなら、彼女の成長は止まってしまう?……いや、そうはならない。もう一人、彼女には支えがいる。

 望の髪を撫でる希が、微笑みかけた。


「……ほら、望。そんな顔しないの。まだ私たちはお母さんの遺してくれた作品をすべて学べていない。これからだって、まだお母さんの絵を見られるよ。ね? 一緒にお母さんの絵を見て、もっと作品を作っていこう?」

「……うん」


 …玖珠羽もそうだった。残された人の心には、陰が落ちる。

 でも、ここの人たちはみんな懸命に生きていた。俺が止まっていた時間、みんな前に進んでる。俺は本当に、何をやってたんだろうな―――。


「私はお姉ちゃんの書いたお話に絵を描いて、本を出すのが夢なんです! 今はその下積み時代、修行中です!」

「ふふ。私は望のイラスト集でも全然良いと思うけどね。もしも本が出せたら、読者第一号になって下さいね、翔平さん」

「……あぁ。もちろんだ! 玖珠羽たちにも勧めておくからな」

「「よろしくお願いしますっ!」」


 もう一度小気味よく揃った声で言った姉妹は、笑顔で、とても素直な子たちだった。

 歳月は人を変えるというが、人の本質は変わらない。いや、変わって欲しくないと思うのは、それが人間の性だからだ。


「それでは翔平さん、私たちはもう行きますので」

「お祭りで会えたらいいですね、ではではっ」


 これまたピッタリと息の合った会釈をして、すすすっと去っていった。

 豊坂姉妹か、また賑やかなのと再会出来て浮れてしまった。誰にも会わずになんて、居られないんだな。

 小さい村でのことだ、玖珠羽が女のカンとやらで村中を駆け回れば俺のことなんて周知の事実だったのかもしれない。

 本当に、何事もなく過ごせていたなら、良い友人達と出会えて最高の旅行だった。

 ……いや、これは口にしてはいけないな。っと、和樹のやつは……お、来た来た。


「お待たせ! ちょっと所用を済ませてきた」

「そうか。用があるなら、もう少し時間ずらしても良かったんだぜ?」

「すぐ片付くと思ってたんだよ。けど、なかなか強情な敵だったってわけ」


 和樹の手を手こずらせる敵か。顔を見てみたいものだ。

 ……ひょっとしてそいつは、二日酔いという見えない敵じゃないだろうな?


「さ、中に入ろうぜ。さみぃよ」

「あ、時に、和樹」

「ん?」

「茜さんとはどういう仲なんだ?」


 若干遠まわしに聞いてみる。


「どうって……。幼馴染? 大学の先輩?」


 和樹……。どうやら最大の敵は、自分自身のようだった。



「さて、早速本題に入りたい」


 和樹は何冊かの郷土史と文献を持ってくる。

 俺はここ2,3日分の新聞と、研究ファイルを机に置いた。図書館には何日か前までの新聞が置いてあったので、拝借したのだ。


「まず、俺が調べたことの確認がしたい」


 何しろマスコミの情報だ。多少の憶測や風評も乗っかってるだろう。何しろ遠い異郷の地での出来事だ。

 新聞沙汰になったとはいえ、その細部は隠蔽されている可能性がある。

 まずは、地固めからだった。


「事件初日。まだこの日はマスコミも囃していない。だからコラムの記事も小さいものだった。足湯で有名な○○県○○市の寒村で、男性が死亡。被害者は28歳の会社員。死体は両足首から下が切断されており、事件現場に足首は残っていなかった。死因はナイフなどの鋭利な刃物での心臓を一突き。足首の切断は殺害後と見られる。犯行現場には謎の文字。“Helfen Sie mir”と書かれていた。……と、ここまでだ」

「ああ、相違ない。続けてくれ」


 ここからは俺の調べと推測を含む。

 どこまでが本当で、どこからが上塗りされたものなのか。俺はまとめた資料を静かにめくる……。

 これからもう一度、事件の全容を紐解いていく。俺の見地から。俺の至った解釈をぶつけていく。

 そこに真実なんて無いのかもしれない。和樹がどこまで話してくれるかも分からない。

 だが、それでもいい。

 すべてを曝け出す、最初の戦いはもう始まっているのだから。


 さぁ、第1夜から、始めるぞ……。


 オニガミなんて、俺が殺してやる―――。

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