第131話 中ボス戦前の休憩
帝国の攻略チームが第一階層で蹂躙されている頃、リュート達は第十階層へ来ていた。
はっきり言って道中は非常に快適であった。
当然ながら職業のおかげでもあるのだが、パーティ自体の相性が非常に良かった。
攻略中のリーダーであるガンツが指示を飛ばさなくても、全員が状況判断に優れており、全員が安心して背中を任せられたのだ。
中でも予想外な働きをしているのが、《黄金の道》である。
冒険者の中では彼等の評判はすこぶる悪く、誰も近寄りたくなかった。
しかしこうして一緒に行動をしてみると、非常に判断力に優れていた。
味方が不意打ちを仕掛けられても、まるで見透かしていたようにフォローに入り、敵を排除する。
ラファエルのスキルはそこまで強力ではないものの、《俊足》を使って一瞬で相手との距離を詰め、《パワースラッシュ》で両断する。
ゴーシュはリーチの長い槍を使って敵を突いたり、時には足を払って転倒させ、敵の追撃を阻止したり、非常にテクニカルな行動をして攻略に貢献している。
トリッシュはリュート程ではないが、的確にクロスボウで敵を射貫き、仕留めるというよりかは敵の攻撃や追撃を妨害する動きを見せていた。
このように全員が一致団結して行動を行う為、攻略速度は非常に速いペースで進んでいた。
そしてあっという間に第十階層まで辿り着いた。
階層間の階段を降りた先には、まるで城門のような扉が設置されていた。
恐らく十の区切りで中ボスが設定されているダンジョンなのだろう、一行はここで睡眠を取る判断をする。
各々がテントを設置して寝床の準備をし、広い空間があったので仮設トイレの場所も確保できた。
更には飲む事が可能な泉まで湧いているので、休憩場所としては最適である。
リュートは手際よくテントを設置した後、第九階層へ戻った。
第九階層では食べられる魔物が多数出現した為、食事用として確保する為である。
その魔物は《ワイルドベア》。
リュートの約二倍の大きさを誇る、純粋な熊型の魔物である。
膂力が凄まじく、鉄製の防具は一撃で粉砕されてしまう程だ。
動きがそこまで俊敏ではないのが弱点で、リュートにとっては狩りやすい獲物なのだ。
「一匹で充分だべ」
第九階層へ戻った瞬間、ワイルドベアが三匹襲い掛かってきた。
だが、リュートは焦らず一匹を確実に仕留めた後、残りの二匹に向かって殺気を放つ。
普段抑えている殺気を意図的に開放すると、まるで決壊したダムから放出される鉄砲水かのような、鋭くて濃密な殺気が二匹を襲う。
数々の冒険者を屠ってきた勇猛な彼等も、リュートの殺気に足が止まり、全身が震えてまともに動けない。
「……いい子だべ」
リュートは仕留めたワイルドベアの首根っこを両手で掴み、ずるずると引きずりながら寝床まで運んでいく。
ダンジョンで産まれた魔物は不思議な事に、階層間の階段へは侵入して来ない。
むしろ嫌がっている素振りすらある。
その為、ある意味一番の安全地帯はこの階段でもあるので、いざという時は階段で休憩や治療を行うのだ。
階段を降りる度に引きずっているワイルドボアからずどんずどんと音が鳴るが、毛皮とかは今は必要がないので傷付こうが構わない。
(職業のおかげで力付いたのか、案外重くないだべよ)
特に苦労する事無く拠点に付いたリュートは、声を挙げる。
「みんなぁ、飯さ確保しただよ! 熊肉祭りだぎゃ!!」
『おおおおおっ!!』
リュートの声に、テントの設置が完了したパーティメンバー全員が歓喜の雄叫びを上げる。
その直後、全員がリュートに向かって土下座する。
『リュート様、お恵みをありがとうございます』
「……気持ちわりぃだよ」
全員に気持ち悪さを感じつつ、リュートは手際良く解体用のナイフでワイルドベアの皮を裂き、可食部分を剥いでいく。
内臓も食べられると言えば食べられるのだが、万が一腹を下しては攻略の妨げになるので、内臓は第九階層へ戻ってそこにばら撒いた。
第九階層で湧く魔物が、勝手に食べて処理してくれるだろう。
このリュートの手際の良さに、感心する一行。
特に改心した《黄金の道》は食い入るように見つめ、彼から学ぼうという姿勢が見られた。
そして帝国で販売されていた紙製の皿を各自用意し、それに熊肉を均等に配っていく。
火を焚き、火を囲むように皆が座る。
「……えっと」
リュートは困惑する。
右隣にはエリー、左隣にはカズネが座っていた。
しかも随分と距離が近く、腕に二人の身体が密着されていた。
「エリー、カズネ」
「どうしたの、リュート?」
「どうしました、リュートさん?」
「ぅ」
最近わかったのだが、リュートは心を許した異性が不意に見せる色気ある仕草や、身体の接触にはたじろいでしまうのだ。
リュートは狩りでは捕食者なのだが、恋愛関係では常に狙われる側にあり、あからさまなアプローチを見せるとリュートは逃げる。
だが、普段は普通に接してくれる異性が、急に身体の接触をしてくると流石に意識をしてしまう。
それにエリーとカズネは、彼から見ても可愛らしいと感じる。
上目遣いで見られると、流石のリュートも心拍数が上がってしまう。
というのを、エリーとカズネはわかっていた。
長くやりすぎるとリュートには逆効果なので、短い時間だけどこのようにアピールをする。
これが効果抜群であった。
「リュート、美味しそうなお肉、ありがとね♪」
「リュートさん、感謝しています♪」
「ぉ、ぉぅ」
両腕から、二人の胸の柔らかい感触――この世界にはブラ等の下着がないので、感触はダイレクトだ――が伝わり、リュートの身体は硬直する。
嬉し恥ずかしという思いと、胸から湧き上がってくる劣情を抑えるのに必死だ。
(……こんな気持ち、初めてだよ)
女性を恐怖の対象としていたリュートは、この二人から迫られるのは困惑するが、不思議と嫌ではなかった。
むしろ湧き上がってくる劣情の正体すら、本人は自覚していない。
兎に角、この気持ちは抑え込まないとダメだ。
リュートは本能的にそのように感じ、必死になっている。
そして三人のやり取りを見ていた外野は、内心にやにやしながら見守っていた。
実は彼等、誰がリュートを落とすのかというトトカルチョに参戦していたのだ。
今男冒険者の中でホットな話題が、『誰がリュートを落とすのか』である。
リュートは冒険者の中では非常に珍しく、女遊びをしないどころか、女っ気が一切ない。
非常にモテるのだが、女性から一歩引いた立ち回りをしている。
その為一時期男色家なのではないかと噂になったのだが、あまりにも女性に迫られるので、軽い女性恐怖症になっているという情報を得て、何となく納得出来た。
そして、トトカルチョが男冒険者の中でやり取りをされていて、リュートの恋路は注目の的でもあった。
(頼むぞエリー。俺はお前の恋の成就の為に、金貨十枚を賭けたんだ! 何としても成就しろよ!!)
とは、エリーの仲間であるハリーだ。
何とも欲に塗れた願いである。
(カズネ、俺は内気なお前の頑張りを知っている。冒険者としての実力を磨くのと同時に、女としての魅力をリュートの為に磨いたのも知っている。だからリュートを落とせ! 俺は白金貨一枚を投入したんだから!!)
とは、ガンツだ。
カズネの努力は知っていて、非常に魅力的な女性となった。
何度か帝国の冒険者に告白されたり迫られていたのを目撃する位、色気が漂う女になった。
それも全てリュートの為。
だから彼女の健気な頑張りが成就するように、まるで神社にお賽銭をして祈るかのようにトトカルチョに参戦し、大金を賭けた。
そして色恋沙汰が大好きな女性陣も、内心二人にエールを送っていた。
まるでボクシングのセコンドのように、声には出さずに「いけ」とか「そこだ」と叫びまくっているのである。
エリーとカズネの猛攻にたじろぐリュートの姿も珍しいので、見ていて非常に楽しい。
楽しい光景だが、とりあえず一度引き締めようと、ガンツが咳払いをすると彼に視線が集中した。
「楽しい所を申し訳ないが、一応本日の冒険の締めをさせてもらう。まずは皆お疲れ。今の攻略速度は非常に順調で、計画よりも速く進んでいる。これもひとえに皆のおかげだ、本当によくやってくれた」
ガンツの言葉に、全員が頷いた。
「特に《黄金の道》の皆は素晴らしい働きだった。正直俺は君達の評判を聞いて不安しかなかったのだが、どうやら心配する必要はなかった。俺は、君達 《黄金の道》を完璧に信用する事にした」
そして《黄金の道》の評価をガンツが言うが、誰も驚かないし反論も無い。
全員が彼等の働きを見て、信用に値すると判断している。
ガンツは誰も声を挙げないが、肯定している空気であるのを察知し、全員が同意したという前提で話を進める。
「明日も同様に、君達の働きに大いに期待する。よろしく頼む」
ガンツは《黄金の道》のリーダーであるラファエルの前まで歩き、右手を差し出す。
「……オレ達は、本当にやっちゃいけねぇ事をした。だから初心に返ってひたすらに、懸命にこの仕事に向き合ってきた。……お前達に認められた今、ちょっとだけ、報われた気がするぜ」
ラファエルは声を震わせながら、ガンツの手を取り固い握手をする。
「オレ達 《黄金の道》は誓うぜ。無事にそこの流れ者達を元の世界に帰すとな。安心して背中を預けてくれ」
「ああ、任せた」
ラファエルは目尻に涙を浮かべながら、頑張ってガンツににやりと笑みを見せる。
ガンツもそれに応え、ふっと小さく笑った。
その時だった。
ラファエル、ゴーシュ、トリッシュの身体が光を纏ったのだ。
「な、なんだ!?」
「何が起こった!?」
「え、え、え、えっ!?」
三人が驚いている間に、光は徐々に輝きを失い、元に戻った。
何が起こったのか全員がわからず茫然としていた。
ただ、一人を除いては。
「おめでとうございます《黄金の道》の皆さん」
拍手をしながら喋るのは、カズキだった。
「貴方がたの想いに応え、職業が進化しました!」
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