第51話 田舎者弓使いの一日 其の四
リュートは王都にある、とある一軒家の前まで来ていた。
そして、扉をノックする。
「オラが来ただよ」
「どうぞ、お入りください」
中から初老の男性の声がする。
リュートは遠慮なく扉を開けて家に入る。
「リュート様、毎日授業に来るなんて、偉いですね」
「オラの将来に関わる事だかんな、毎日来るに決まってるべ」
初老の男性の名は《オーギュスト》という。
エリッシュが「知識を提供する」という事で、彼を王都へ向かわせた。
オーギュストは王都立大学を首席で卒業したエリートなのだが、異常なまでの出世争いに辟易して辞めた所、エリッシュに拾われて筆頭執事になったそうだ。
そんな彼の知識量は尋常ではなく、教え方も非常に上手い為、リュートは楽しく毎晩授業を受けていた。
それに、授業開始初日、授業を始める前のオーギュストの言葉に感銘を受けたのだ。
「恐らくリュート様は、最初の内は楽しく授業を受けて頂けるでしょう。しかし、その内こう思う筈です。『何故こんな生活の役にも立たない事を学ばなくてはいけないのか?』と」
リュートは勉強というものをした事がないので、首を傾げつつオーギュストの言葉に耳を傾けた。
「実際、これから私がお教えする事、そして王国兵士になる為の筆記試験で使われる問題の大半は、実際の生活ではほとんど使わないでしょう。では何故知識を蓄える必要があると思いますか?」
オーギュストはリュートに質問をする。
が、勉強をした事がないリュートには、答えられなかった。
「いくつか理由があります。一つ目は「学習する」という行為を身に付ける事で御座います。今まで、リュート様はどのように勉強したらいいか、全くわからなかったのではないでしょうか?」
リュートは深く頷く。
「今までのリュート様は恐らく試行錯誤を行って弓や狩りを学んだと思いますが、知識を蓄える場合は試行錯誤では学べません。では本を与えたとします。しかしこれまた読むだけでは知識として蓄える事は、大半の人は出来ません」
そしてオーギュストはいつの間にか何処かからか取り出した、白紙の分厚い束をリュートの机にどさりと置く。
「学習する事、それは見て、聞いて、読んで、自ら書く事で知識として深く定着するのです。それらをしないでただ見ただけでは、当日は覚えていたとしても何かがきっかけですぐ忘れてしまうでしょう」
更にまた、何処からか取り出した万年筆とインクを取り出し、リュートの机にことりと置く。
「ここで二つ目に繋がるのですが、努力をし続ける力を身に付ける意味合いもあります。勉強とは、生きている限り生涯行っていくものです。私ですら、未だに勉強する毎日で御座います。それ程知識というのは絶大な量があり、日々新しい知識が増えていっているのです」
「……なるほど」
「新しい知識を取り入れるのは、やはり継続した努力が必要です。勉強は、努力をする力を身に付ける練習、みたいなものですね」
「ふむふむ」
「そして私の中で一番大きな意味を持っていると思うのが三つ目。勉強する事で視野が広がり、様々な事が見え、様々な事を感じられるようになります」
「……様々な事が見え、感じられる?」
オーギュストの言葉があまりにも抽象的過ぎて、頭を傾げてしまうリュート。
「この様々という意味、わかりますか?」
「……正直、さっぱりだ」
「では、お答えします。勉強をして知識を蓄えると、視野が広がります。視野が広がるとどうなるか? 知識量や個人の性格で大きく変わってきますが、様々な選択肢を思い浮かべられるようになるのです」
オーギュストの言葉の意味はこうだ。
知識がない人と知識がある人、この二人が右足を怪我してしまったとする。放っておいたら出血多量で死んでしまう酷い怪我だと想定する。
ではどうやって生き残ればいいか? という問題が発生した時。
知識がない人は、自分で治療するという知識がない為、ひたすら大声で助けを求めるだろう。
しかし知識がある人は、まずは止血をする行動を取って生存確率を上げるだろう。そしてさらなる自己治療の知識があるのであれば、更なる生存確率上昇の為に行動を取るだろう。
つまり知識の有無で、その場で判断が問われた時の対応の選択肢の幅が広がるのだ。
どんなに頭の回転が速い人物であったとしても、知識が無かったら何もできないのだ。
そうならない為に、日頃勉強しておいた方がいいのである。
と、オーギュストは語った。
「この先、貴方様は故郷では遭遇しなかったであろう困難に見舞われるでしょう。その時どのようにすれば解決するかは、貴方様の知識次第で御座います。大変かと思いますが、どうか頑張って勉強をしていってください」
「ああ、頑張るだよ!」
こうして、銀等級になってから一日も欠かさず、オーギュストからの授業を受けていた。
元々リュートは賢いので、水を吸収するスポンジのように知識を蓄えていった。
その中でも数学はまだ上手く要領を掴めておらず、計算間違え等が頻繁に起きていた。
しかし間違いを恐れる事無く果敢に問題に挑む姿は、オーギュストから見ても非常に好ましく、教え甲斐もあった。
リュートが好きなのはどうやら歴史のようで、歴史に関しては覚える速度が他教科よりも段違いだった。
(この方、きっと王都で生まれ育っていたら大学でも上位に食い込んでいたでしょうね……)
勉強にのめり込むリュートを見て、そう思ったのだった。
このように、リュートの一日は結構な過密スケジュールであった。
しかし本人は非常に充実しており、毎日が楽しく感じていた。
特に最近、依頼で学んだ知識が活かせた場面があり、それがたまらなく嬉しくて、更に勉強に力が入っていく。
リュートは全く自覚していないが、知識を身に付けていく事で更なる進化が起きていた。
とある冒険者パーティと合同で依頼をしている時であった。
「リュートさん、この茸は食べられるでしょうか?」
野営の際にあまり良い食料に恵まれず、腹を空かせていた時であった。
まだ新人の冒険者が茸を持ってきたのである。
今までなら茸の有毒性を見分けられなかったので、食材としては真っ先に除外するものであった。
しかし、今のリュートは違う。
リュートは茸を受け取り、ナイフで傘部分を切ってその断面を自身の腕に押し付ける。
すると腕に痒みが発生してきた。
見てみると、茸を押し付けた部分が赤くなっているではないか。
これは所謂
一.腕にある程度押し付けて異常があれば毒、なければ次の項目へ。
二.唇にある程度押し付けて異常があれば毒、なければ次の項目へ。
三.舌にある程度押し付けて異常があれば毒、なければ毒性無し(舌に押し付ける場合は飲み込んではいけない)。
今回リュートのパッチテストでは、項目一で異常が見られた為、新人冒険者が持ってきたのは毒キノコだったのだ。
「へぇ、そういう確認方法があるんっすね! 勉強になります、リュートさん!!」
こうしてパッチテストを知った冒険者パーティは、今度は自分自身でテストを行って、大量の安全な食料を確保する事に成功したのだ。
このように、勉強をした事でリュートは日々、進化をしていく。
もしかしたら、半年程度で金等級冒険者に昇格出来てしまうのではないか。
冒険者内ではそのように騒がれていた。
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