第23話 田舎者弓使い、商人と再会する


 ザナラーンから徒歩で離れて五日経った頃、リュートは王都までの道のりで最後の宿泊場所となる《ライーカ町》に到着した。

 ライーカは華やかさはないがのどかな町並みで、至る所に畑があったり家畜を放牧しており、農村をちょっとグレードアップしたような場所であった。

 リュートは相変わらず結論が出ずにゆっくりと歩みを進めていた。

 町の門をくぐると、牛や馬、鶏の鳴き声が耳に入り、町民が家畜を世話していたり農作物の手入れをしていたりと、人々が生きる活力に溢れている様子が目に入った。

 ザナラーンで人の闇を垣間見て心が荒んだリュートにとって、ライーカの風景は荒れた心を和らいでくれるものだった。


 リュートは早速宿を探す。

 もう王国兵士の募集に間に合わないのは確定事項なので、二日程滞在して休もうと考えていた。

 ライーカから王都までは馬車でも一週間も掛かる距離だ、今から走ったとしても間に合う筈もなかった。

 とにかく今は、ふかふかのベッドに身を沈めて、今後の身の振りを考えたかった。

 町民に適当に声を掛け、宿屋の場所を教えてもらった。

 大通りに面した所に、さほど大きくない宿屋があった。

 悪く言えば質素だが、町の外観に溶け込んでいるので、その質素さは正解なのだろう。

 リュートは扉を開けて、受付に行く。


「すまね、オラ二日位泊まりてぇんだが、部屋さ空いてるだべか?」


「あっ、はい。空きは御座いますよ。二泊三日で千ペイ頂きます。食事を三食付ける場合は四百ペイ追加になりますが、いかがなさいますか?」


「飯も三食頼むだよ」


「かしこまりました、ご利用ありがとうございます。こちらが部屋の鍵で、階段上がって手前から二番目がお客様の部屋です。どうぞゆっくりお寛ぎください」


「ありがと」


 リュートは料金を支払った後に鍵を受け取り、階段を上ろうとした、その時だった。


「おや、リュートさんじゃないですか」


 聞き慣れた声に驚き振り返ると、そこには村によく来る商人がいた。


「おお、商人さんだべか! まんさかここで会えるとは思わなかっただべよ!」


「ふふ、私もですよ。ついにリュートさん、村を出たんですね」


 この商人、名前を一切教えない二十代半ばの男で、常にフードを被って顔を目の部分まで隠している。

 その為、彼の素性を知っているのは村長のみとなっている。

 商人は木造のラウンドテーブルの前の椅子に腰掛けており、食事を取っていた。

 そういえばもう昼食の時間か、リュートも少し腹が減っていた。

 リュートの様子に気が付いた宿の従業員が、


「お客様も昼食をお食べになりますか?」


 と尋ねてくれたので、頷くと「今からお作りしますのでお待ちください」と言って店の奥へと姿を消した。


「しかし、まさかここでリュートさんと出会えるとは、思ってもみませんでしたよ」


「オラもだよ。なして商人さんはここにいるんだか?」


「ちょうどこの町で取引があったんですよ。取引が終わったので、休憩としてここの食事を頂いてるんです」


「なるほどなぁ」


 リュートと商人は、他愛もない雑談を楽しむ。

 雑談の途中でリュートの昼食も届き、それを食べながら会話が弾んだ。

 主に話題を提供するのは商人で、その足で各地を飛び回る彼から聞ける話は、村という閉鎖空間の中にいたリュートにとってはとても新鮮で、商人の話に聞き入っていた。

 二人とも昼食を食べ終わった頃に、商人は別の話題をリュートに振った。


「リュートさん、どうですか? 村の外に出た感想は」


 この質問に、リュートの表情が曇る。

 商人は内心「何かあったな」と察する程、彼の表情に陰が落ちたのだ。


「……私で良ければ、お話をお伺いしますよ?」


「……いいんだか?」


「ええ、勿論。話せば楽になる事だってあると思いますから」


 商人はリュートに微笑みかける。

 その様を見てリュートも、ぽつぽつとザナラーンで起きた出来事を話す。

 盗賊が街の人達を好き勝手虐殺していた事、盗賊の慰み者になっていた女性を助けたが逆に何故助けたのかと責められた事、そして盛大に自爆をしてこの世を去った事。

 生きる事が最優先のリュートにとっては、アイデンティティの崩壊一歩手前に陥る程の衝撃を覚え、ガンツ達には王都でこのような事が結構起こるとも伝えられた。

 故に王都で王国兵士としてやっていける自信がなくなり、村に戻った方がいいのか答えが出ないままここまで来てしまった事も話す。

 そんなリュートの独白に、商人は適度に相槌を入れて聞き手に回っていた。

 

 そして、リュートはぽろっと漏らす。


「なぁ商人さん、オラ、どうしたらいいだべか?」


 物心ついた時から今日までで初めて漏らす弱音。

 リュート自身もらしくないと思っているが、もう他人から答えを得たかった。

 

「そうですね、私の考えとしてはとりあえず王都に行って、いける所まで足掻いてみる、ですかね?」


「え?」


 予想外の答えが商人から飛んできて、リュートは呆気に取られた。


「人間って、実際望まない状況に陥る事があるんです。それは自分が思い描いている理想や夢を無遠慮にぶち壊して、強制的に現実を見させるような出来事が」


「……」


「そんな時、人間には二択しか与えられません。逃げるか、進むか。しかもこの二択、どちらも正解なんですよ」


「……どっちも?」


「ええ。悪く言えば選択肢に正解がないし不正解もない。ただあるのは『後悔する選択肢』か『後悔しない選択肢か』のみなんです」


「後悔するか、しないか……」


「私の性格上、人生やってみなきゃわからないを信条に生きていますので、答えは出ていなくても進んでみたら、自然と答えが生まれてくると考えています」


「……そういうもんか?」


「そういうものです、人生って。必ず自分が描いていた理想的な人生設計なんて絶対に出来ません。私だってそうでした」


「商人さんもか?」


「ええ。私の場合、無理矢理ここに呼ばれて・・・・・・・・・・訳の分からない状況に置かれ、もう戻れないと知ったので、じゃあとりあえず命続く限り足掻いてみるかって頑張って歩を進めているんです」


 無理矢理ここに呼ばれたという部分に引っ掛かりを覚えたリュートだが、とりあえず商人の言葉に耳を傾き続ける。


「私が選んだのは商人の道です。商人をしていれば、自然と様々な情報が耳に入りますからね、もしかしたら戻れる方法・・・・・が見つかるかもしれませんから」


「……事情はよくわかんねぇけんども、商人さんはどっかに戻りてぇんだか?」


「……戻りたいですよ。家族もいましたし、友達や彼女がいました。突然ここに放り込まれてパニック――失礼、混乱してしまいました。もう十年近く経ちますけど、未だに帰りたいです」


「だから、商人さんは今でも足掻き続けている、と」


「はい。まぁ足掻いた結果、商人としてそれなりに成功して、不自由なく暮らせているんですけどね。従業員に任せればいいんですけれども、やっぱり情報は仕入れたいので、私自身が動いています」


 いつも笑顔で話している商人が、一度も見た事のない真剣な表情と声色で話していた。

 どんな事情があるかはわからないけど、彼も必死に足掻いていて、苦しみながら前に進んでいる。

 しかも物知りな彼であっても、未だに先の見えない《答えを探す旅路》を続けている。

 

(……そっか。答えを探りながら先に進んでも、間違いじゃねぇって事か)


 正直まだ迷いはある。

 だけど、もしかしたら自分がまだ都会に慣れていないからかもしれない。

 なら、答えが出るまで王国兵士の募集には応募せず、何かで食いつないでもいいかもしれない。


 その時、ガンツ達パーティの姿が一瞬頭の中をよぎった。

 彼ら曰く、冒険者とは自由に活動できる存在だという。

 ある程度制限はかけられるけど、それでも自由に生きられるのには変わりがない。

 ならば、答えが出るまで冒険者活動をするのもいいのかもしれない。

 リュートの目に活力が戻り、気が付いた時には商人に質問をしていた。


「商人さん、オラに冒険者の事を教えてほしいだ!」


「……成程、冒険者ですか。冒険者は生き方の制限が緩いですからね、答えを探すにはもってこいかもしれません。いいでしょう、しっかりと聞いてください」


 リュートが頷くと、商人は冒険者について教えてくれた。

 冒険者は《冒険者ギルド》と呼ばれる組織に所属する事で、初めて冒険者を名乗る事が出来る。

 主に冒険者の活動内容としては、王国全土から寄せられた依頼をこなして資金を得、それで気ままに暮らすのもよし、資金を貯めて財宝が眠るダンジョン攻略アタックをして、一攫千金と名誉を狙うのもよしという、割かし自由な生き方が出来る職業だ。

 実際王国兵士が対応できない魔物の討伐や駆除等も請け負ってくれる為、他国と比べて強い魔物が跋扈するラーガスタ王国にとっては非常にありがたい存在だったりする。

 そして冒険者には等級制度というものが存在している。

 駆け出しは石等級から始まり、鉄等級、青銅等級、銅等級、銀等級、金等級と上がっていく。

 等級が上がるとより難易度の高い依頼を受けられるようになり、得られる報酬も高くなる。

 基本的に銅等級になれば冒険者として一人前と呼ばれ、余裕で暮らせていけるようになるのだが、青銅等級と銅等級の間には相当高い実力の壁があり、銅等級に上がれない冒険者も相当数いるのだとか。

 そして資金を貯めてダンジョン攻略アタックする者もいれば、《ステイタス》を掛けて金等級より上の階級を目指す冒険者もいるようだ。つまり、《ステイタス》なしでの最高階級は金等級となる。


 ちなみにこの時にリュートは《ステイタス》の事も詳しく聞いたが、同時にデメリットも教えてもらえた。


「《ステイタス》は素晴らしいものなのですが、普段よりも数段階力が増すので、当然ながら剣とか弓とか、感覚が重要なものもガラリと変わってしまいます。リュートさんの弓の腕はそれは素晴らしいものですが、《ステイタス》を掛けてしまったら下手すると感覚を取り戻すまで数年かかるかもしれません」


「す、数年!?」


「はい。実際剣の達人が《ステイタス》を掛けたら自分の身体能力に振り回されてしまい、剣の腕前が素人のそれになってしまったそうです。なので、もしかしたらリュートさんには《ステイタス》はお勧めできないかもしれませんね」


「わかっただ、オラは《ステイタス》を掛けねぇで冒険者やるだ!」


「ふふ、それがよろしいかと」


 リュートが一旦冒険者になると決意した事によって、表情に明るさが戻ってきた。

 商人は自分のアドバイスで活力が戻った事に素直に喜び、リュートを微笑ましく見ていた。


(ああ、願わくばこの少年の行く先が明るいものでありますように。でも、この世界はそんなに甘くない。だから、立ち止まらないで進んでほしい)


 そして商人は思い浮かべる。

 いつか、元の世界に帰れる事を。

 だが、最近あまりにも手掛かりがなくて諦めかけていたのだった。


(でも、リュートさんだって辛い現実を見て足を止めていたのに立ち直って歩き始めたんだ。俺も負けてられないな)


 遠い異世界にある自分の世界を思いながら、商人は密かに気合を入れなおすのであった。

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