第4話 田舎者、お金を知る
村を出て三日が経った。
リュートはついに最初の小さな町である《アドリンナ》に辿り着いた。
狩りで培われた強靭な肉体と体力で、通常の人が歩くと五日掛かる距離を、たった三日で到着してしまったのだ。まさに効率重視そのものだった。
休む時は食事をする時と睡眠の時だけ、後はひたすら歩いていたのだった。
しかもただ歩くだけでなく、木の矢の元となる枝を拾ったり少なくなった水筒をしっかり補給し、歩きながら鳥や獣を弓で仕留めたり……。
手際よく旅を進めていたのだった。
こうして村以外の集落に初めて足を踏み入れたリュートが思ったのは――
「たまにはベッドで寝てぇなぁ」
であった。
道中殆ど太い樹に背中を預けて寝ていたので、ふかふかの布団が恋しくなってしまっていた。
過去に商人から「町には宿屋というのがあって、宿賃を渡せば宿を貸してくれる」という話を聞いていた。
宿賃――つまり何か獲物を渡せば宿を貸してくれるのだろうと思っていたのだ。
そう、あの村にはお金という概念が全く存在しないのだ。
物々交換で全てが成り立っていたので、宿賃イコール獲物と思っていたのだった。
勘違いしたままリュートは町に辿り着く前に、適当にダッシュボアを仕留める。
このままだと重いので、ナイフで頭を切り落として軽量化し、道中ダッシュボアを担ぎながら地面に血を垂らして血抜きする。血が抜ける事でどんどん軽くなっていった。
そんなスプラッタ宜しくな状態のダッシュボアを担いだ状態で、町に入ったのだった。
「お……おおおおっ!! これがアドリンナっちゅう町だべか!! すっげぇなぁ、煌びやかだなぁ!」
別に煌びやかではない。
リュートの村が質素過ぎるだけである。
リュートの村の建物は、全て土壁と木で立てていて、非常に強い風には弱い。
しかしアドリンナはしっかりとした石造りの建物ばかりだ。
都会人から見たらアドリンナの町も十分に質素だが、流石は田舎者、これで十分に煌びやかに見えてしまったのだ。
「と、都会ってすっげぇなぁ! 王都もこんなに煌びやかなんだべか?」
それ以上である。
リュートの中で初めて見る煌びやかさに呆気を取られ、入り口で足を止めていると、皮鎧に長槍といった格好の男がリュートに近付いてきていた。
恐らく町の入り口を守っている門番だろう。
「ちょっとちょっと君! 随分と物騒なものを担いでるね!!」
「ん? あぁ、これか? こいつで交換しようと思って適当に狩ってきただよ」
「な、訛りがきついね」
訛り? 何の事?
リュートにとっては普通に喋っているので、訛っていると言われてもよくわからなかった。
「まぁいいや。それで、何と交換しようとしていたんだい?」
「いやな、宿屋っていうのがあるみてぇだかんらよ、これを渡して宿を借りようとしてただよ」
「へ? それを宿屋に渡すの? 何で?」
「えっ、何でって……。物々交換が当たり前だがや?」
「……?」
門番風の男は混乱した。
この男は何を言っているのだ、と。
だが、男は察した。
歩いて五日程の距離に、自分達では入ると帰ってこられないと言われる大樹海があり、そんな辺鄙な場所に村があると聞いた事があったのだ。しかも通貨等は流通していないと聞く。
もしかしたら、目の前にいる男はそこの出身者かもしれないと。
「えっと君、お金って知ってる?」
「おかね……? 何かの獲物か?」
「あぁ、はいはいはい、理解したよ」
リュートとしては一秒でも早く布団で寝たいのに、勝手に足止め食らって変な質問されて勝手に納得されて、イラつきが増してきていた。
門番風の男も察したのか、慌ててリュートを宥め出した。
「ああ、ごめんごめん。おそらく君が暮らしていた村と俺達の町のしきたりが随分違っていたから、ちょっと質問しちゃったんだ」
「しきたり? そんなに違うだか?」
「うん。何故なら、俺達の町――いや、どの集落でも物々交換なんてしている所はないんだよ」
「な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇ!?」
リュート、初めてのカルチャーショックを受ける。
思わず担いでいた大事な獲物を、地面にぼとりと落としてしまう程の衝撃だ。
「え、じゃあオラ、どうやって宿屋に泊まればいいだよ……」
そして衝撃に耐えられず、その場で崩れ落ちて無気力になってしまう。
自分の中では都会について調べたつもりだった。
しかし、どうやら調査不足だったようだ。
これからも王都までは野宿するしかない、そう考えると野宿に慣れているリュートであっても流石に絶望である。
「ねぇ君、本当に一銭もお金を持ってないの?」
「
「なるほどねぇ。そういえば、その担いでいるダッシュボア、君が一人で仕留めたの?」
「んだ。別にこいつ程度、どうとでもなるし」
「……マジか」
ダッシュボア。
基本的に森林部に多く生息している、人間にとっては一般的な害獣である。
ダッシュボアは猪型の魔物なのだが、脚力と鼻と牙に魔力が集中しており、異常な程の速さで獲物に向かって突進してくるのだ。
盾で防御しても成人男性が軽く数十
また、建物にも突っ込んでくるので突進力と鼻・牙の硬さで建物を突き破ってしまうし、毎年彼らによる死者も収まらない程だ。
危険度としてはCランクと、冒険者界隈では設定されており、主に銅等級か銀等級の冒険者が対処する程度の相手だったりする。
残念ながらアドリンナには銅等級より二階級下がる木等級冒険者しか常駐しておらず、門番も良くて銅等級より一階級下の鉄等級しかいなかった。
アドリンナの町もダッシュボアに悩まされており、常に一匹に対して六人の門番か木等級冒険者で対処するのだった。
しかし、目の前にいるリュートは、単独で仕留められる程の凄腕だった。
ならば収入が入る方法を提案しよう、と考えたのだ。
「なぁ、君の名前は何て言うんだい? 俺の名前はアルビィって言うんだ」
「オラはリュートだ」
「リュート、もしかしたらお金が手に入る話を、君に提示出来るかもしれないよ」
「ほ、ホントか!?」
「勿論ただじゃないけどね。君の村だってそうだろう? 働かない者は飯にありつけないって」
「んだ! ならオラが働けば、おかねっちゅうやつを貰えるんだな?」
「うん。俺だけじゃ決められないから、俺の上司にちょっと話してみる形になるけどね」
「よかよか!! アルビィ、ホント助かるだよぉ」
「いやいや、お互いウィンウィンな感じになると思うから、気にするなよ」
「うぃんうぃん……? 都会の言葉はよくわからん」
「とりあえず、俺の後に付いてきてよ。場所案内するよ」
「んだ、宜しく頼むべ」
リュートは仕留めた獲物を担ぎ、アルビィの後を付いて行った。
これこそが、リュートが各地で伝説を作る第一歩となるきっかけだったのだ。
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