第195話てんとう虫

 優と佐助は、もう一つたらいを用意し、井戸の近くで少しだけ離れておのおのの洗濯を始めた。

 すると、家から千夏が出てきて、しゃがみ込み洗濯する優の横に来た。


 「千夏ちゃん。まだ寝てないとダメだよ」


 優が優しく愉すが、千夏は優の右肩に小さな手を置いて無言で優の顔をじっと見た。

 そして千夏は、さっき捕まえて自分の右手の人差し指に止まらせていたてんとう虫を優に見せた。


 「おっ!てんとう虫だ!」


 優はそう言いにっこりしたが、急にあの毒蛇を思い出す。

 この世界は、優の元いた世界とは違う。昆虫もどんな毒を持ってるか分からない。

 優は佐助に尋ねた。


 「佐助さん!ここら辺の虫は、毒とか持ってます?」


 「えっ?ムカデや蜘蛛や蝶の一部に毒の有るやつがいますよ。後で詳しくお教えしますが、出来るだけムカデや蜘蛛や蝶には近づかないで下さい」


 佐助は即答したが、この戦国の世にうとい優は本当に一体どこから来たのか?佐助は内心不思議で仕方なかった。


 「分かりました!ありがとうございます!」


 優は笑顔で返し、江戸時代の観月屋敷での千夏を思い出した。

 江戸時代の観月屋敷内の千夏は、兎に角、霊力の高い、しかし体の弱い巫女だと姉や周りの人間に大事にされていて、土や草や虫、花すら触る事も汚いからと一切許してもらえてなかった。

 そして、千夏の世話をしていた者達は、千夏の自由を奪い護る事こそが千夏の霊能力をいつか完全覚醒させると信じているように優には見えた。


 (千夏ちゃんの霊力がどうとかは俺には全然分からないけど、やっぱ、体の弱い千夏ちゃんの為に虫に触っちゃダメって言うべきかな?でも、あれもダメ、これもそれもダメって、江戸時代にいた時の千夏ちゃんは凄く窮屈そうだったからな。少し位自由にさせて上げたいな…)


 優はそう思うと、ずっと表情の欠落している千夏に微笑み言った。


 「てんとう虫、かわいいね。でも、触った後は一緒に手を洗おうね」


 そして、佐助の方はしゃがみながら洗濯を中断し、そんな優と千夏を見詰めながらふと思った。


 (もし、俺に、俺の選んだ伴侶がいたらこんな感じで暮らすのかな?こんな毎日なら……俺は…)


 しかし、佐助はすぐ否定した。


 (何を考えてるんだか……俺は這蛇(はいだ)の忍びだ。俺は、這蛇一族の為にのみ生き、忍びに個の幸せなど有り得ない。俺は、這蛇の長が決めた相手何人かと文句言わず結婚して、這蛇の為に純粋な忍びの血統の子を沢山なさないといけない。それに、優様はアニキの…)


 それでも佐助は、千夏に笑いかけ話しかける優をしばらくボーッと見詰めていた。


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