第194話たらい
春陽が藍と初めて会い、戦国時代の観月屋敷が大騒動になっていた頃。
その観月屋敷から少し離れた山と木々の緑に囲まれた民家では、自分の前世春陽の窮状を知らない優が、天気の良い庭を井戸に向かい歩く佐助の背中に向かい叫んでいた。
「わーっ!ちょっ!ちょっ!ちょっとタンマ!」
「優様。タンマって、なんですか?」
佐助は、くるりと後ろを向くとにっこり笑い尋ねた。
佐助は、両腕でおおきな木製たらいを持っていて、その中には優と千夏の洗濯物があった。
「タッ、タンマって、ちょっと待ってて意味です。そっ、それよりっ!その洗濯物っ!」
優は、たらいの中を見た。
「ああ、これですか?これは今から俺が優様と千夏殿の洗濯するんすけど、何か?」
事もなげに軽く言う佐助に、優は天を仰いだ後言った。
「いや……それは俺がやりますから。置いといて下さい!」
「えっ?どうしてですか?優様にさせられませんよ」
「いや……その……そのですね……」
優は少し俯きながら、たらいの中の洗濯物の数枚の小袖や手拭いの中からチラリと見える優の白い褌(ふんどし)を、佐助に分からないよう注意を払い見た。
優は、もう子供では無く年頃の思春期なので、下着を洗って貰うにしても誰でも良い訳ではない。
(ヤバっ!俺の使用済み下着を佐助さんが洗うなんて!)
だが、佐助も忍者だ。優の視線が何を見て何を気にしてるかすぐに分かってしまった。
「ああ……これ、優様のふんど…」
佐助がそう言ってる所に、優が大声で被せてきた。
「わーぁぁぁっー!それ以上は言わないで下さい。洗濯は、洗濯は俺がやりますから」
優は、佐助からたらいを奪おうとした。
しかし、忍者の佐助に優がかなうはずは無い。
ヒョイっ!ヒョイっ!と、優は佐助にかわされた。
そして、又、優はたらいを奪いにいくが…
又、ヒョイっ!ヒョイっ!と軽快にかわされる。
「何をそんなにムキになってるんですか?まさか、同じ男なのに、褌を俺に洗われるのが……恥ずかしいとか?」
優が気付くと、優の顔のすぐ間近に佐助の顔があった。
いつも飄々としている佐助の表情が、今は端整に引き締まりけれど優しそうに微笑んでいた。
朝霧や定吉や西宮や観月達もイケメンだ。
しかし、優は、何度見てもやはり佐助もかなりの男前だと佐助の顔に釘付けになった。
そして、この笑い方、誰かに似てると優は思うとドキっとした。
そう……朝霧だ。
佐助と朝霧は顔立ちも性格も全く違うが、同じ様な笑い方をする。
「あっ……ええっと……その…」
優は、佐助を見詰めなから朝霧を思い出すと、激しく気持ちが動揺してしどろもどろの表情を浮かべた。
すると佐助は、優と顔の近いままクスっと笑い、甘やかすようにすぐに優に譲歩した。
「なら、優様の褌だけ、ご自身で洗って下さい。他は、俺が洗いますから。ねっ?でも……残念だな」
「えっ?!」
優は、ポカンっと佐助の笑顔を見詰めた。
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