第196話過去の悪夢

 洗濯が終わると、佐助は昼ご飯の用意を釜戸で始めた。

 佐助は一人でやると言ったが、やはり優はじっとしていられず佐助を手伝い、優と千夏と佐助で居間で昼ご飯も食べ終わる。

 そして、釜戸での片付けも優と佐助の二人でやり、その間も千夏は優の側を離れなかった。

 片付けが終わると、三人は釜戸から居間に戻ろうと移動を始めた。

 そろそろ千夏にお昼寝をさせないといけない時間だった。

 優の中では、常に行方不明の小寿郎と真矢の探し方を思案したり、朝霧や定吉達の心配をしたり、一つ目の化け物の動向が気になったが、千夏のお昼寝が終わり、又佐助と夕ご飯を作り、今日はこのまま平穏に終わる予定だった。

 だがしかし…

 真っすぐな廊下を居間の入り口近くに戻った所で、佐助の様子が一変した。佐助は急に優の前に立ち、優の両手を佐助の両手で握った。そして、優の顔を真剣に見ながら小声で言った。


 「優様……居間に何かの気配がします。俺が先に居間を見て来ますから、もし危なかったら手で合図しますから、千夏殿を連れてここから逃げるんです。いいですね。どんな事があっても俺の事は構わず、俺を振り返らず。いいですね」


 「えっ?!」


 優は、急に言われた事について行けずに戸惑う。

 しかし、優が佐助を引き止めようとする前に、もう佐助は優と千夏を背に庇って居間の入り口に立ってその中を見ていた。

 佐助の下ろしていた右手が、中の相手に見えないように、優に逃げろとさっと右に払う合図をした。

 しかし、逃げろと言われたのに、優は千夏を大事に抱き抱えると、自分も居間の入り口に立って中にいる人物を見た。

 もしかしたら、佐助が知らない西宮や観月、そして朝霧が前世の体から出てきて、或いは、行方不明の小寿郎と真矢がひょっこり優の元に帰って来てくれたかも知れないと心の底から心配したからだ。

 もしそうなら、佐助との無駄な争いは避けさせなければならない。

 

 「優様!」


 佐助は驚き叫ぶと、優と千夏を背に庇った。

 そして、優の目の前にいたのは想像とは全く違う、この世のモノとは思えない風体の体付きから男だとわかった。

 顔は、ギラギラした右目と右眉とその周り以外は全て細い白布でぐるぐる巻きで覆い、屈強な体は紅の小袖を着流しただけで、腰紐には大きな刀の入った鞘をぶら下げていた。そして左肩には、カラスが一羽乗っていた。

 最初は顔だけ佐助を振り返っていたその男は、優の顔を見たと途端、すっと全身を優の方に向けた。

 優と男の視線がガッチリ合った。

 初めて会ったはずの男なのに、優は知っている男の気がしてめまいすら感じ、額から嫌な油汗が沸いてきた。

 それなのに男の方は、さっきまでギラついていた右目をにっこり細めて優に向け言った。


 「結界が張ってあり、霊力の無い人間や妖力の低い物の怪に見えない妙な家があると思い入ってみれば……こんな所でやっとお会いできるとは……春姫様…お会いしとうございました」


 優は確かに、小寿郎が安全の為に民家に結界を張ったと言う事を小寿郎自身から聞いていた。

 しかしすぐに優の前世の母、春姫の名前が出てきて、そして、男が優と春姫を見間違えている事に思わず目を見開き驚愕した。

 すると、カラスがかわいい声で人の言葉を呆れたような口調で喋り、更に優は驚いた。


 「大師様。よく見て下さい。あの御方は春姫様じゃありませんよ。きっと春姫様のお血筋か何か関係者ですよ。大師様お可哀想に。あまりに春姫様に深く恋するあまり、遂に大師様は頭がおかしくなってしまわれた。人の子とはほんに難しく、お辛いものでございますね…」


 しかし、大師と呼ばれる男はクスっと笑い低くとても美しい声でカラスに返す。


 「何を言うか勘助。あの御方は春姫様だ。あれほど美しい御方がこの世に二人といる訳が無かろう」


 (この男が……前世の俺の母さんに……恋を?)

 

 優は、眉間を寄せた。

 そんな男が母の春姫の夫以外にいるとしたなら、優には一人なら思い当たる者がいた。

 優がこういう運命を辿らないといけない大元の元凶を作った男。


 (そんなはず無い。道尊は、道尊は、前世の俺、春陽さんが産まれる前に……死んだはず…)


 そう思いながら優は、千夏を強く抱きしめると更にくらくらとめまいを感じる。

 そこに、男は微笑みながら一歩前に出ると、優に向けて怖い位に穏やかな口調で言った。

 

 「人々は私を過去の災厄だの、過去の悪夢だのと申しますが、一度は終わったであろう災厄も悪夢も、仮にどんなに時が経とうが何度も何度も又再びこの世に甦るものなのですよ。そう……人に心と言うものがある限り…」


 そして更に男は、佐助の背後で体が固まる優を見詰めながら、優しく囁くように優に告げた。


 「地獄の底よりお迎えに参りました。我が愛しき花嫁よ…」


 その頃、朝霧は馬を駆り、思った以上に早く春陽の元に戻っていたが、方角的に、知らず知らず春陽より先に優に近ずいていた。


 


 


 

 




 

 


 


 

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