第176話峠
それでも千夏は、強烈な漢方薬の匂いに、首まで振りだしむずがり続ける。
「千夏ちゃん!薬を飲んで元気になって、小寿郎が帰ってきたらおこづかい貰って、三人で一緒にお菓子買いに行こう!千夏ちゃんの大好きなあめ買いに行こう!」
優もそんな小さな千夏を背後から抱き締め続け、もう兎に角自分が思いつく限りの事を言い始めなだめる。
すると、霊力の強い巫女の千夏もやはり子供なのか?あめのフレーズが効いたのか?急に大人しくなった。
優は、定吉に再び視線で合図して、定吉はそれに答え再び千夏の口元に湯呑みを持っていく。
だが大人しくなったものの、千夏はやはり息を止め戸惑い飲もうとしない。
優は、どうしたらいいのか再び迷う。
しかしそこに、定吉が千夏を見ながらボソっと言った。
「千夏……薬を飲んで体が良くなったら、誰かが帰るのを待たなくても俺がすぐにアメでも人形でもなんでも好きなもの好きなだけ買ってやる。約束する」
千夏は、さっきあれ程怖がっていた定吉を一瞬じっと見た。
優は、何故この時代の定吉が千夏の名前を知ってるのか又疑問に思ったが、やはり今は聞けなかった。
そして千夏は、意を決したように両目をぐっと閉じると、差し出されていた湯呑みに口をつけ中身を飲み出した。途中一度えずきかけたが優が励まして、湯呑みはすぐ空になった。
優は、千夏を再び布団の中に横たえた。そして春頼から貰った冷石を手縫いにくるみ、千夏の額を冷やす為にそっと乗せた。
それからそれほどは時間は経ってはいない。
春頼の漢方薬の効き目は抜群だった。
今も千夏は眠ってはいたが、顔色が嘘のように良くなり、優が千夏の額に手をやると、熱も引いていた。
「はぁ…」
ずっと千夏の右横に座っていた優は、思わず深い安堵の溜め息を着いた。
しかし…
この千夏が落ち着くまでの間も、その優の目の前には佐助が、優のいる居間の入口の近くには、優と少し距離をとり定吉があぐらをかいてずっと座っていた。
この間優は、千夏の顔を見続けて佐助とも定吉ともしゃべらなかったが、千夏が落ち着くと、今度は定吉と佐助が気になるのは当然だった。
しかし優は、どう定吉達に接したらよいのかの判断に迷う。
そこに…
「どうやら、峠は越えたみたいっすね」
佐助が優の顔を見てニコリとして、千夏を気付かってか小声で言った。
「あっ……はい」
優も小声でそう言いながら、このしゃべってる目の前の男の名前すら知らないし、定吉も怪しい所も多々あるし、今礼を言うべきかどうか悩んだ。しかし、やはり千夏が薬を飲むよう最後の一押しをしたのは定吉だと思って続けて言った。
「あの……ありがとうございます」
ただ優は定吉を見ず、佐助の方だけを見詰めて言った。
「とっ…とんでもないっす!俺は何もしてません。アキニが、アニキが…」
佐助は、何故か顔を紅潮させながら頭を掻いた。
優は、今の定吉との間にはかなりの緊張感があるので、心の準備をしてから次に定吉の方を見て言った。
「ありがとうございました」
「……いや…」
しかし……定吉は、腕を組みどしっと座って優をじっと見詰めてそうぶっきらぼうに言っただけだった。
優はさっき千夏に、今目の前にいる定吉と生まれ変わりの定吉は一緒だと言ったはずだったが、目の前にいる定吉のいかつい迫力にやはりいたたまれなくなりさっと前を向き思った。
(やっぱ俺の前言撤回!生まれ変わりの定吉さんとは……余りに違い過ぎる!)
すると、優しい感じで優を見ていた佐助と優の目が合う。
(この人……俺よりちょっと年上の感じだな。遊んでる感じはするけど……でもこの人も……イケメンだよな。俺の回りって、なんでかめちゃくちゃイケメン率だけは高いんだよな)
優が佐助に対しぼんやりそんな事を考えると、佐助は又ニコリとして優に聞いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます