第170話温もり
突然、兄の春陽そっくりの男が目の前に現れ、春頼は呆然自失した。
しかし…
「あの……春頼さん……春頼さん…」
春陽そっくりの優は、縁側で立ち尽くし固まっている前世の自分の弟に、周りに気をつけて声を小さくかけた。
「え!…」
春頼はハッと我に還ったがその後思ったのは、姿が兄そっくりの男は、声も兄と全く一緒だという事。
そして、兄そっくり男は、その瞳の色まで今の兄と同じ澄んだ青い色をしていると気付いた。
春頼は、裸足で庭に降りると、優の右手を握った。
「あっ……あの…」
優が戸惑うと、春頼は、いつも春陽に向けるのと同じ甘い優しい声で言った。
「君が誰かは分からないが……兎に角屋敷の中に入りなさい。話しを聞こう」
春頼は、優の右手をまるでエスコートするように引いて、優の前世の春陽の眠る座敷の横のそれに障子を開けて入れた。
そして…
庭の暗闇に隠れていた定吉は、
縁側から座敷の下の縁の下に潜り込み、忍びの異能の力で気配を消し聴力を増強し、優と春頼の話しを楽々聞き取った。
「で……君は、誰?」
正座する優の真正面に春頼は来ると跪き、やはり優しく尋ねた。
座敷の灯りは、畳に置かれた春頼の持っていた手燭のものだけ。
その小さな炎が、不安定にゆらゆら揺れる。
「あっ……えっと……えっと……」
優は、何と言ったらいいか分からず、しかも、仕方無いとは言え過去を変えている大罪を犯しているあまりの恐怖心から焦り、目の焦点が定まらないまま、額から汗を滴らせ、自分の膝の上に置いた握った両手が震える。
「大丈夫。震えなくても大丈夫だから…大丈夫」
春頼は、そっと優のその震える両手に春頼の両手を被せて握った。
優は、春頼の顔を見た。
やはり、春頼の視線は優しい。
そして…
春頼の声も手の温もりも優しくて、優は少し落ち着きを取り戻した。
優は、懸命に春頼の目を見て訴えた。
「すいません……俺……自分が誰かはどうしても言えないんです。でも、今一緒にいる小さな女の子が急に熱を出して。薬とか何にも無くて……で、でっ、俺、前から春頼さんの事は知ってて、春頼さんなら俺を助けてくれるんじゃないかって…本当にすいません。勝手でおかしいのは充分分かってるんです!でもお願いします!女の子を、千夏ちゃんを助けて下さい!」
「…」
春頼は、視線は優しいが優の顔を怖い位じっと見詰めたまま、ほんの一瞬間が空いた。
(やっぱ……やっぱ……いくら何でも、俺、怪し過ぎて無理だよな…)
優は一瞬、諦めかけた。
すると春頼は、春頼の着ている小袖の懐から手拭いを出して、初対面なのに優の額の汗を拭いてやると、優の黒髪を一度そっと撫で言った。
「分かった……今すぐ薬を調合しよう。いくつの子なの?」
優の胸は、安心感で大きく撫で下ろされた。
「あっ、五歳です!でも、体が小さくて、三歳とかにも見えるかも」
千夏は、本当に同年代の子供より更に小さい。
あんな小さな子に罪など何もないと優は思う。
「もしかして、君の子供?」
春頼が、何故か優の膝に置く優の両手を又さっきと同じ様に握って、急に優に顔をグイッと近づけて質問した。
この戦国時代なら、18歳で子供がいてもおかしくないとはいえ… そんな訳無くて、優はブンブン首を振る。
「いえ、違います。俺の妹みたいな子です」
「そう。分かった。少しここで待っていて。すぐに作ってくるからね」
春頼はそう言うと、さっきからの優の両手を握る力を強めた後さっと立ち上がり、近くの座敷行灯に手燭の火を移した後、元火を持ち座敷を出た。
そして、隣の座敷の障子を開けて、布団で眠る春陽が無事か確認しつつ、やはり、春陽に似た人間がこの世にもう一人いるのが夢でないと、現実だと実感した。
春頼は本当なら、ほんの少しも春陽の側を離れたくなかった。
しかし…
あまりに春陽に似た男を突き放す事も、春頼には絶対に不可能だった。
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