第168話這蛇(はいだ)

 優は、変わった優しい男から魚などを貰い、その後潜伏先に帰り自分の前世春陽を真似て木刀を振った後、千夏の為にも昼食を作り始めた。

 優の世界の戦国時代は食事は朝と夜の二回だったと学校で習っていたが、この世界の戦国時代は、三食食べるのが普通のようだった。

 そして、突然いなくなった小寿郎の話しでは、この戦国時代は、味噌󠄀ですら農民達が各自で作るのが普通らしかった。

 しかし…


 「味噌汁しかまともに出来なかった…」


 優は、釜戸で作った昼食の惨状にため息混じりに呟いた。

 釜の中の炊き上がった米は酷く固い。 網の上の二匹の魚は焦げてる。

そして唯一マシに出来たのは、鍋の中の味噌汁だけだった。

 そして、優の顔や小袖は、釜戸のすすで所々黒くなっていた。

 今日の朝食は、まぁまぁ米も魚もそれなりに形になったのに。あれはたまたまで、ビギナーズラックだったのだ。 やはり戦国時代で食事を作るのは食材への熱の入れ方やタイミングがかなり難しい。

 優は千夏に味噌汁と桃しか与えられない罪悪感に落ち込んだ。

 しかし、結局千夏は、ずっと居間で眠り続けた。

 起こすのも可哀想なので、優は一人、定吉から貰った野菜の入った味噌汁と定吉から貰った桃で昼食を済ませた。

 その後優は、再び千夏の為に夕飯を作った。しかし又炊飯も焼き魚も火の入れ方を失敗し、優の顔と着替えた小袖がすすで又所々黒くなっただけ。まともに食べられるのはやはり味噌汁だけだった。

 優は、自分の使えなさにがっくりした。こんな事なら、東京の母にもっと料理を教わっておけばと後悔もした。


 優が戦国メシと格闘している内に、外はいつかもう美しい茜色にうっすら染まり始めていた。

 「あれじゃ、いくら俺達が食材を渡しても、その内千夏とか言うちびっ子もあのお姫様も餓死しますよ……アニキ」


 定吉と共に優の行動を遠くから見ていた佐助が、いつもの軽い感じでなく、神妙な面持ちで定吉に向い言った。

 定吉も佐助も、特殊な一族出身で視力が人間離れして良い。

 定吉と佐助は、ずっと優の行動を遠くから、時には民家に近づき観察している。

 釜戸の煙が凄いので、釜戸のある土間から外にでる為の引き戸は常に開けられていて、優の行動は定吉と佐助に丸分かりだった。

 定吉は、小袖越しでも分かる逞しい腕を組んだまま、ほんの少し考えたが決断は早かった。


 「佐助。今から握りメシと焼き魚か牛の肉を焼いたのと根菜の煮物を二人前用意しろ。あの男の仲間が帰ってくるまで、もう俺があの男とチビに直接メシを食わしてこれから先も面倒を見る。ほら、この中のを使え!」


 定吉は、自分の袴にぶら下げていた小袋を取り佐助に投げた。

 定吉の言う、あの男の仲間とは真矢の事だ。

 佐助は、それを両手で受け取るとずっしりと重たい。そして中を見ると、小判がギチギチに詰まっていた。


 「そうこなくちゃね!」


 佐助はニッと笑うと、だが次に又真剣な顔つきになった。 そしてその男前度があがった表情で言った。


 「しばしのお待ちを、我、頭領」


 それを聞いて定吉は、まだ遠くから優をじっと見詰めたまま返した。


 「佐助……その言い方は止めろと何度言ったら分かる?俺は、這蛇(はいだ)一族の頭領じゃ無い。俺はもう……過去は全部捨て去って忘れた…」


 だが佐助は、その言葉に負けず切り出した。


「でも……俺や、里の他の多くの奴らも、アニキが本当の頭領だと思ってますし、いつかアニキが這蛇の忍びの里に帰って来て、本当に俺達の頭領になってくれたらと…」


 佐助は、語気を強めた。そして、まだまだ言い募るつもりだった。

 しかし、定吉はそれを切った。


「佐助……さっさと行け!お姫様が……腹を空かしてぶっ倒れるぞ!」


 佐助は少し間を開けたが、顔をすすで汚した遠くの優の姿を見てハッとなりすぐに返事をした。


「相承知!」


 佐助は、その場から疾風の如くさっと消えた。


 

 



 










 

 




 

 



 










 

 

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