第139話運命
まるで、おとぎ草紙の中の地獄の鬼のような…
口に、二本の牙。
頭に、二本の角。
春陽は自分の姿に絶望しながら、春頼に大事に抱きかかえられ屋敷に戻った。
そして着替え、人目を忍び実の母の春姫の座敷に向かった。
春姫は、春陽の今の姿を見て絶句したが…
やがて父も交え、家族四人だけで春姫の座敷で向い合う。
ちょうど祭りの儀式は全て終わっていたが、まだ片付けや何やらで屋敷内も人の行き来が激しい。
しかし、屋敷内は、春姫の座敷周辺だけは静まり返っていた。
正座する春陽は、まだ全てが現実の気がせず顔色が悪い。
そこにふと横に座っていた春頼が、その春陽の右手に春頼の左手を上から重ね強く握った。
春陽が春頼を見る。
すると春頼は、いつもの優しい目元で春陽を見詰めて言った。
「大丈夫です。どんな事があっても、私が兄上を御守りします」
春陽は、春陽の双角や牙を平静で直視してそう言える春頼が不思議だったが…
朝霧にもこの姿を言えない今、春陽にとって春頼のこの言葉は偉大だった。
そして春陽は、何度も心の中で真実を告げられない朝霧に謝り、何度も朝霧の名を呼んだ。
重たい雰囲気の中、母は泣きながら、「春陽…本当にごめんなさい…」床に手を付き頭を下げ…
父も謝罪し、静かに息子達に真実を告げた。
その間もずっと、春頼は春陽の手を握り続けた。
春陽は、春姫と以前の婚約者との子では無く、春姫を無理矢理犯した淫魔との間の子である事。
そして春陽は、その血を受け継いだ淫魔であるという事。
春姫は淫魔と関係した事で淫魔になった事。
人間から淫魔になった者と関係しても淫魔にはならず、春姫と結婚した父は淫魔にならなかった事が語られた。
しかし、春陽の中にいる優も知らなかった事実があった。
けれどこれでやっと、淫魔で歳を取らないはずの春姫が歳相応の姿になっていた謎が、優にも分かった。
淫魔に春姫を襲わせた術師、道尊の弟子の今は亡き元信が、春陽の幼い頃…
師の起こした事の罪悪感から、淫魔の部分を取り払う祈祷を春陽と春姫の為に敢行したと言うのだ。
ただそれは、どんな術師でも出来るような簡単なモノでは無い。
それでも春姫は、激しい性欲と吸血欲と角と牙から開放され、普通の人間のように年齢も取り始めた。
これにより当然春陽も普通の人間と変わらなくなったと、父も春姫も安心しきっていた。
だが今日の春陽の姿で、春陽の中の淫魔の部分は、春姫のように消えなかった事が露見した。
そして、元信の祈祷が春陽に効かなかった理由を幾らどんなに考えても、父にも春陽にも答えが出ない。
春姫の話しでは、角や牙は、慣れればいずれ自分の意思で出し入れが可能になるらしいが…
やはり見た目と同じ位重大な問題は、他にあった。
春陽はまだ完全に覚醒していないようで今の所感じていないが、いずれそうなれば、春陽も激しい性交か、性欲が満たされなければ吸血の欲求に苦しむ事にな
る。
そして更にこんな時に、春陽は都倉の主君から城へ招致されている。
かと言って春陽が亡くなった事にしてどこかに身を隠せば、父、春姫、春頼所か、荒清村の全員が死罪にされる。
春陽は、まだ気持ちが地に着かず、自分がこれからどうすれば良いのかが分からない中…
暫くは、春陽は病気だと言う事で城への招致を引き延ばし、その時間でなんとか招致自体が取り消されるよう父が様々な手を尽くす事になった。
だが…親子の話し合いの最後…
春頼が春陽の手を離し、突然切り出した。
「父上!母上!私はこれから、兄上がどのように生きられようとも、兄上がどこへ行かれようとも、兄上に付いていきお側で兄上を支えて生きて参ります。何卒、何卒この春頼の身勝手、お許しくださいませ!」
春頼は、ガバっと畳に頭を付け懇願した。
「春頼!何を言ってる?!お前は、この神社の…」
春陽は慌て言いかけたが、春頼は頭を上げ春陽を見詰め遮った。
「兄上…私は、もう決めました」
ただでさえ眉目秀麗な春頼の顔が更に引き締まり、瞳は強い意思を宿していた。
兄である春陽は知っている。
幼い頃から春頼がこんな顔をすれば、もう何が何でも己を貫くのを…
そしてそこに、春姫も畳に頭を伏し夫に懇願した。
「あなた様!どうか…どうか…春頼の願いを、願いをお聞きとどけ下さいませ!」
「何?!」
父は激しく驚き、眉間を寄せた。
「母として自分の思いより、子供が幸せになる生き方をさせてやりたい…春頼の生きたいようにさせてやりたいのです。どうか…どうか…」
春姫は、泣きながら声を震わせた。
父は深い溜め息をつくと、目を閉じ腕を組み、暫く黙っていた。
座敷に、だだ深い静寂だけが流れた。
春陽は、父がどんなに春頼に神社を継いで欲しいと思っているのかを知っているだけに…
ここ数日も、父と春頼が継ぐか否かで激しい喧嘩をしていた事からも、決して許しは得られないと思った。
そして許されなくて良いと思った。
春陽自身、弟には春陽の事で負担をかけたくなかったから。
春陽が何処かに消えるなら、それはたった一人であるべきだと思っていた。
しかし…
春陽は、返事に驚愕した。
父は何故か、春頼の、春陽に寄り添い運命を共に生きて行くという選択を了承した。
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