第140話祭りの後…
祭りが終わり次の日には、神社や屋敷は、いつもの日常を取り戻した。
しかし、春陽の鬼の様な姿は、一晩経っても元には戻らなかった。
家族以外には急病だと誤魔化し、朝起きてもその姿のまま、春陽はずっと布団で横になっていた。
そして、顔にも化粧ただれが出来たと嘘を付き、両親、春頼以外とは会わない事にした。
春陽の枕近くに、全く手を付けられていない朝食の膳が置かれていた。
だが、もう朝もだいぶ過ぎている。
「少しは食べなければ…」
心配して、すぐ傍らに胡座で座る春頼が諭す。
「ああ…分かっているんだが…それより、さっきのお前の話しを聞いて貴継と話さないといけなくなった。姿を見られたら不味いから、貴継と障子越しに話す。すまないが縁側まで貴継を連れて来てくれないか?」
春陽は、天井を見詰め力無く呟いた。
春陽の中にいる優は、前世の自分である春陽が、朝霧に何を言おうとしているのか…大体見当がついていた。
「はい…」
春頼は答えると、暫くは黙ってその兄の表情をじっと見詰めた。
春頼の昨日の宣言はウソでは無かった。
掃除、食事、着替の小袖や諸々の用意。
春頼は、頭の角や口の牙、青い瞳を隠くすため自室に閉じこもる春陽の面倒を、全て甲斐甲斐しく見始めていた。
春頼は、ゆっくり腰を上げようとする。
だがそこに…まるで計ったように…
「ハル…」
朝霧が、春陽のいる閉め切られた座敷の縁側に片膝をつき呼んだ。
「どうだ、ハル…具合は?何か、俺に出来る事は無いか?」
朝霧の声は、本当に春陽を心配していた。
「貴継、顔は合わせられないが、丁度話しがある…」
春陽はそう言った後小声で春頼に、春陽と朝霧二人きりにして欲しいと頼んだ。
障子の前には、春陽が見えないよう大きな屏風が置かれていたが…
春頼は念には念を入れ、、春陽の姿が露見しないよう座敷の端の障子を開け、不承不承という感じで出て行った。
その時、ふと座敷に入った春風が、春陽の下ろしていた長い黒髪を少し揺らした。
パタンと静かに閉まる音がすると、跪く朝霧と立った春頼が一瞬目が合った。
お互い、表情が固くなる。
町から帰って来てこの方、あんなに幼い頃から仲が良かったのに、朝霧と春頼の間にもおかしな空気が流れ続けている。
春頼は、朝霧にただ黙って頭を下げただけで、静かに背を向け歩き出した。
春陽は、布団から上半身起き上がる。
優にも緊張が走る。
「貴継…」
障子越しで互いの姿は見えなくても、少し緊張気味だと朝霧には分かる春陽の声がした。
「ああ…」
やはりお互いギクシャクしていて、朝霧の表情と声が更に固くなる。
「貴継…お前、明日に決まった出立を延ばすと、私の為に延ばすと春頼から聞いた…」
「ああ…その通りだ。お前がちゃんと治って、お前の顔を一目見て別れを言え無い内は行かない…」
朝霧のその言葉に、春陽の顔が苦痛に歪む。
この角や牙、瞳の色は、いつ元に戻るか分からない。
一生このままかもしれないと考えるとおぞましい…
「貴継…気持ちは有り難いが…これはいつ治るか分からない。お前を迎えに来た者達にも都合がある。婚約先も大変な時で、すぐにでもお前に来てもらい祝言を挙げたいはず。それに…美月姫も、ずっとお前を待っておられるぞ…」
今度は朝霧の表情が苦々しく引きつり、袴の上に置かれた両手をぐっと握って吐露する。
「ハル…俺が心配なのは…心配なのは…お前なんだ。お前だけなんだ…」
それを聞き春陽は黙ったまま、そっと両目を閉じた。
同時に、優の心も激しくかき乱された。
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