第123話交換条件
「苦しいから、ハル…ギュッとしてくれ…抱いて、抱いてくれ…」
小寿郎が、白い仮面の下からまだ汗を滴らせる。
そして、春陽に抱き付いたまま小袖の一部を握り、苦しそうな息と共に呟いた。
最初は、春陽の中に囚われる優に喋りかけていた小寿郎だったが…
今は、優か春陽かどちらに言っているのか…
小寿郎自身も曖昧だった。
春陽は無論、自分に言っているんだと思っていたので答えた。
「飲んだら、この白いの飲んだら、お前を抱いてやる…」
すかさず豆丸が、小さい体でそれが入った小皿を豆丸の頭の上に持ち上げ…
早く飲め!と必死でアピってくる。
「ハハッ…こんな私に交換条件か?ハル…お前は酷い奴だな…」
そう苦笑いした小寿郎を見て、今度は優が叫んだ。
そして、これも小寿郎の耳に届いた。
「小寿郎…頼む、飲んでくれ。死んじゃいやだ!死んじゃやだ!死んじゃやだ!」
前世と生まれ変わりの表裏一体の二人のはずなのに…
見た目武士らしく落ち着いている春陽と違い子供みたいに言う優に、小寿郎の春陽に抱き付いた手に力がこもった。
すると、春陽も、小寿郎の長い金髪を優しく撫で始めた。
やがて小寿郎は決心して、春陽に言った。
「ハル…薬飲む。飲むから…ハルが飲ませてくれ…」
春陽は、小寿郎を横抱きにして、小皿を小寿郎の仮面の口元の穴に寄せた。
「そう…白いの飲んでいい子だ…小寿郎」
春陽のささやくような、優しい声。
「白いの飲んでいい子だ…小寿郎。そう…飲んで、いい子、いい子だ…」
小寿郎は、春陽に髪を優しく撫でられながら…
苦味と濃くドロっとした粘りに耐えながら…
その反面、仮面で分からないが、どこかうっとりとした雰囲気を全身で浮かべ、皿のモノを飲み干した。
しかし、小寿郎の仮面の右の口の端から、薬の一部が喉に流れたので…
春陽は、それを優しく右親指で掬い、小寿郎に舐めさせた。
小寿郎は、その春陽の親指を舐めると次にそれを片手で取り口に入れて、まだちゅうちゅう吸った。
余りにいつまでも、ちゅうちゅうちゅうちゅう、熱心に吸うので、優も春陽も戸惑い、春陽はそっと指を引き抜いた。
そして…
「小寿郎…白いの全部飲んでいい子だ…」
春陽はそう言い終え、約束通り小寿郎をギュッと抱き締めてやり、優も、全く同じ事をしている感覚だった。
そして、小寿郎も春陽に抱き付き、穏やかに目を閉じた。
だが…
「ハル!!!」
ダンッ!
と障子が勢い良く開く音がした。
開けたのは、手燭の灯りを持った朝霧だった。
朝霧も睡眠中途中で目覚め、猫の小寿郎が居ないのに気付き、
そして、春陽の事も気になって見にきたのだが、
春陽がこんな深夜に、誰か男と喋る声に腹の底から嫉妬が湧き上がり、その勢いのまま開け放ったのだ。
「なっ?!!!…」
朝霧は、春陽の腕の中に…
頭に獣耳の付いた白皙の仮面の男がいて抱き合っている余りに艶めかしい姿にその場で固まる。
そして、二人の姿が婬靡で衝撃で…
まるで愛妻の浮気を見た夫のように顔を引き攣らせたまま瞼だけを何度か瞬かせた。
すると…
確かに仮面の男がいたはずなのに、今は、春陽と、その春陽の膝の上に猫の小寿郎だけがいた。
小さくて発見されずに済んだ豆丸は、咄嗟に姿を消し…
小寿郎は、サッと人型から獣型に姿を変えて、その場は、朝霧が寝ぼけて見間違えたで事は済んだ。
しかし、一瞬であれ、あんなに鮮明に見えた二人の姿に…
朝霧の中に、何か仄暗い春陽への疑惑が愛するが故に又一つ増え、いつまでもいつまでも消える事が無かった。
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