第122話小皿と豆

「ハル…ハル…」


獣耳を持つ白皙の仮面の少年は、まだ目を閉じたまま柱にもたれかかり、そう苦しそうに呼ぶ。


春陽は驚いたが、それは、春陽の中に閉じ込められている優もだった。


「小寿郎!」


優は叫んだが、無論、外には聞こえない。


そして、早く、早く何とかしたくオロオロするが、何も出来ない。


しかしその内、春陽が人型の小寿郎に近づき呟いた。


「もしかして…お前、猫の小寿郎?」


小寿郎は、仮面の穴の下の瞼を閉じたまま、更に汗を流しながら返事をしない。


だが…春陽はなんとなく分かった。


あの、山で春陽を背中に乗せて疾走した大きな野獣は、この小寿郎ではないか?と…


真矢が言っていた事は、冗談では無かったと。


すると、立っていた春陽の小袖の裾を、足元で何かがクイクイっと引っ張った。


それにも驚き春陽が見ると、ぼんやり白く発光した、見覚えのある小さなかわいい物の怪の豆丸だった。


豆丸は、相変わらず白い布を頭から全身被った感じの姿で、何か白い液体を入れた小皿を持参していた。


「えっ!何?」


春陽が豆丸に聞くと更にクイクイと裾を引っ張り、春陽に、大きな目と必死の身振り手振りで何か訴えてきた。


「えっ?これを、この人に飲ませればいいの?もしかして薬?」


春陽の問いに、豆丸はうんうんうんと頷いた。


しかし、春陽が戸惑うと…


豆丸は、早くして!と言わんばかりの泣きそうな顔で、更に裾を引っ張った。


「分かった…分かったよ」


春陽は、小寿郎を背後から抱いた。


すると、小寿郎が薄目を開けて、豆丸と小皿を見て嫌そうに、苦しそうに呟いた


「豆丸…何度…言ったら分かる…私はその薬は苦くて嫌いだと言った。絶対…飲まないからな…違う薬を早くよこせ…」


豆丸は、又泣きそうな顔で、ブンブンブンブン首を振る。


そして優も、自分以外聞こえないのは分かっていても、言わずにはいられなかった。


「見掛けによらず八十八歳のくせに、子供みたいな事言わないで、頼むから早く薬飲むんだ、小寿郎!」


そこに…


「あまり、そんな小さいのを困らすな…小寿郎…」


見かねた春陽が声をかけた。


やっと自分が誰かに抱かれているのに気付いた小寿郎は背後を見た。


「ハ…ル…」


小寿郎は呆然と呟くと、春陽の顔に手を伸ばそうとして痛みに顔を歪めた。


「ダメだそんなに動かしたら!」


春陽が焦りの声を上げた。


そして、その春陽の中から、優が心底謝罪した。


春陽が、あの角のある多分婬魔に襲われたと言う事は、すでに春陽が知らないだけで、


前世の藍の刺客としか思えなかった。


「ごめん…ごめん…小寿郎…小寿郎…痛いよな…痛いよな…ごめん」


その優の声は、聞こえないはずなのに、今は小寿郎にだけは届いてくれた。


やはり、春陽の中にいると優の声が外へ漏れ出るのは不確実性が余りに高かった。


「ハル…大丈夫だ…すぐ、元気になって見せるから…」


汗をまだ滴らせながら小寿郎の声が苦笑を作り、春陽でなく、優に向かって言った。


無論春陽は、自分に向かって言ったと思った。


やがて小寿郎は、まるで優にするように、春陽の胸に顔を埋めて抱き付いた。


奇妙な…


三人の遣り取りだった。


















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