第113話口付け

(しまった!)


優は、目の前の前世の藍に、その青い瞳も知られてしまった。


それにまさか…


優は観月春陽の生まれ変わりで、目の前の前世の藍自身の生まれ変わりに、未来からこの時代に飛ばされて来たとは言える訳が無い。


「くっ!離せ!」


優が逃れようと藻掻くが、藍の優を抱く左腕は驚く程びくともしない。


淫魔として完全覚醒している藍だけに、その腕力は強力だ。


そしてそれ所か急に、又優を強く両腕で抱き締めてきた。


優は頭まで抱き込まれ、藍の、着痩せする小袖越しのたくましい胸板に顔を深く埋められる。


そこから甘い匂いと血生臭さが溢れていて、優は頭がクラクラしだす。


それでも優が暴れると、今度藍は、後ろ向きに優を乱暴に軽々肩に担ぎ上げ歩き出した。


「離せ!離せぇ!」


広大な屋敷に、優の叫びが響く。


「フフッ…」


藍は余裕の、楽し気な笑みを浮かべた。


やがて軽々と優を抱えたまま、藍がとある部屋の襖をバンッと勢い良く開けた。


そこは、紅い壁と紅い襖に囲まれ、広い畳の上に大きな紅い褥が敷いてある。


そしてすでに、部屋の端の二つの背の高い燭台の蝋に、妖しくゆらゆらと火が揺れていて…


頭がおかしくなりそうな甘美な香りが充満していた。


途端に藍は、優をかなり分厚い柔らかい褥の上に乱暴に放り投げた。


優は青ざめ褥から逃れようとしたが…


優は、上半身起きあがれただけで、褥の上で膝立ちの藍に背後から抱き締められてしまった。


「くそっ!離せ!離せ!」


尚暴れる優に、藍の抱擁が更に強くなる


それに優は、手足を封じられ息苦しさを感じ必死に喘ぐ。


「はぁ…」


不意に藍が、後ろから暴れる優の長い黒髪に顔を埋め頬ずりし、何故か深い息を吐いた。


まるで、やっと安住の地に辿り着いた旅人のような…


そして、暴れて乱れた着流しの小袖から見える優の左肩の素肌に、藍はそっと唇を寄せ…


おぞましい程優しく…口付けた。


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