第112話交点

その頃優は、藍がいるとは知らない屋敷の中をひたすら歩く。


だが、本当に、テーマパークの精巧なお化け屋敷にいる気分だ。


額と背中に尋常でない油汗がしたたり流れ、着流しの小袖は濡れ、緊張感はマックスになっていた。


それでも朝霧が何処かにいるのではないか?と心配で、一つ一つ部屋の襖をそっと開けて中を見る。


しかし、どれだけ開けても中は誰もいない。


いないのに、この屋敷には、得体の知れない気味の悪い気配が幾つもする。


そして更に、たまにどこからか野獣の低い呻き声の様なものや、女性の悲しくすすり泣くような声も聞こえてくる。


ただ…どんなに行っても行っても、同じような部屋が、悪夢のようにひたすら延

々と続く。


それに、もしかしたら、同じ所に又戻っている気さえする。


(朝霧さん!朝霧さん!朝霧さん!)


それでも優はそう呼びながら、同じ行動を何度も繰り返す。


その頃…


藍は、母の椿の懇願に…


「はい…母上…私には母上しかおりません。私は、母上に天下と永遠の命を差し上げますようお力になります…そして、必ず必ず、母上に害なす者を如何なる者であれ血祭りに上げ、母上を御守りいたします…」


藍は、まるで催眠にかかった者のするような、しかし、澄んだ純粋な瞳で、まだ腿辺りに抱き着きながらまっすぐ母を見上げた。


「ああ!藍!母は安堵した。安堵したら水ではいやせぬ方の…淫魔の血が騒ぎ出した!喉が、喉が乾いてきてならぬ……先程の二人の美しい男子(おのこ)の精を精をわらわにおくれ!」


およそ、母が自らの子に言うような事では無いことを椿は、闇の狂気の浮かぶ瞳で呟いた。


藍の顔を上から見下ろしながら。


藍は頷くと、すくっと立ち上がり歩き出し、隣とその又隣の広い部屋の襖を次々に開け続き部屋にした。


すると、一番奥の部屋には、すでに蝋の灯りが灯り、紅の大きさな褥が用意され…


その横にさっきの男二人が、全裸で正座しすでに待機していた。


「そう言われると思いまして…母上…どうぞ、御存分にその乾きをお癒やし下さいませ…」


藍は、椿の正面まで戻ると、さっと正座し頭を下げた。


「ホッホホホ!ホッホホホ!早う!早う!二人して妾を抱いておくれ!」


椿は狂ったように笑い言いながら、その場でさっと打ち掛けの下の小袖を止めていた帯を取った。


そして、


ハラリと、小袖と打ち掛けが、椿の白く美しい裸を滑り落ち脱ぎ捨てられると、全裸になり男達の元へ行く。


広大で静まり返った屋敷に、椿の母としてでは無い、女としての激しい奇声と矯声が響き出した。


藍は、再び頭を下げて立ち上がると、そっと廊下側の襖を閉めて部屋を後にした


「藍様…藍様の今宵の閨の相手はいかがいたしますか?」


廊下に座し待機していた使用人が、立っている藍を見上げ尋ねた。


「今宵は…いらぬ…今宵は、一人になりたい…一人にしてくれ…」


何故か静かにそう言い残し、藍は自分の寝所に一人で…


どこか寂し気に戻って行った。


廊下には、さっき優が見た物と同じ火玉が浮かび視界を照らす。


やがて角があり藍は何気に曲がるが、そこで、藍の胸に何かが当たった。


「わっ!!!」


その当たったモノが、大きな声を出した


藍は自然と、その勝手にぶつかって来た者をガッチリ抱き止めた。


その藍の胸に飛び込んで来たのは、優だった。


「あっ…藍…」


優は驚きの余りに、自分より背の高い藍を見上げその瞳を見て、絶対に言ってはならないその名を呟いてしまった。


珍しく、藍が酷く動揺した表情を浮かべた。


藍の名を呼び捨てにして許されるのは、世界広しと言え母の椿だけだ。


それ以外は、許さない。


母以外は何があろうが即、血溜まりの中に浮かべてやるのが通常だ。


しかも、眼前に突然現れた少年の容姿が驚きだった。


今、自分が求めて求めて止まぬ、観月春陽に瓜二つだ。


優は、しまったと思ったのと同時に逃げなければと身をかわそうとする。


しかし…突然…


藍が、優の体を前から激しく抱き締めた


(なっ…何?!)


何故藍が自分を抱き締めるのかが分からない優は頭が混乱して、藍の胸の中で硬直した。


そして、そのままの状態で藍が呟く。


あの藍とは思えない位、優しく溶けてしまいそうな声で。


「私の…願いが叶ったのかとも思ったが

、観月春陽は私の事を知らないはず。お前は誰だ?…何故私の名を知っている?何故、そんなに観月春陽に似ている?そして…」


不意に、藍が優を左腕で抱いたまま、優のおとがいを人指し指でそっとすくって上向かせた。


そして…


藍の唇が、優のそれに重なりそうな位に近づく。


「何故…私と同じ、青い目をしている?」


その前世の藍の、半分熱い息の混じった呟きの美しい声に…


生まれ変わりの藍と初めて会った時と同じ、藍の肌の冷たさに…


優はブルリと、嫌な汗に濡れた背中を震わせた。




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