第34話時の狭間
畳の上で目が覚めると、身体はあるのだが、優はなんだかフワフワとして雲の上にいる様だ。
でも、夢で無く、間違いなく現実だ。
上半身を起こすと、障子から夕刻の光が差すいつもの奥舎殿の優の部屋で、何故か横に朝霧が寝ていた。
そう言えば、藍の奴の声が玉からして、又変なものを奴が出して、みんな倒れたはず…なのだが…
他のみんなはどうしたのだろうと思い、その後息をしていないのでは無いかと恐る恐る朝霧の額から頬を撫でるとピクリと動き目が開いた。
二人の身体に、大きなタオルケットが掛かっている。
江戸時代にタオルケット?
優が不審に思った瞬間、朝霧がガバっと起き上がり、優を引き寄せ抱き締めた。
「あ…朝霧さん…」
優の戸惑いの声と同時に、抱擁の力は更に強まった。
「良かった…無事で…貴方が…無事で…」
朝霧の声はとても切なくて、優は、おずおずと自分も朝霧の背に腕を回し抱きつく。
それ以上、言葉などいらなかった。
暫く無言で、ただ深く抱き合う。
すると、朝霧は、抱擁を解き、すっと優の左頬に右手をやり、自分と視線が合う様に上向かせた。
自分に向けられる視線が余りに強くて、まるで今にもキスしそうな距離で、優は、胸をドキっとさせて居たたまれなくなって双瞳を外らせた。
「み、みんなは…どこだろう?」
優が朝霧から身体を離すと、朝霧は憂いた様に一瞬目を細めたが、とりあえず朝霧と部屋を一緒に出る事になり、いつもと様子が違う事を知る。
部屋の配置が違えば数も本当に少なく、だがそれ以前に、建物自体が舎殿とは呼べる大きさでは無く、普通の小さな日本家屋に過ぎない。
優は、半ばパニックになりかけながら朝霧と外に出ると、荒清神社は、その様相をガラッと変えていて二人を驚愕させた。
荒清神社は、中、小、ビルやマンションの群れに挟まれた小さな神社になっていて、優のさっき居た部屋は母屋でなく、こじんまりした別棟にあった。
しかも、すでに門は閉まり、本殿にもどこにも誰も居ない。
観月も、西宮も、定吉も、千夏達も一緒に飛ばされたのでは?
母屋は鍵がかかって開かないので、開いていた社務所や他も必死に二人で探すが、本当に居ない。
ただ聞こえるのは鳥の声と、近くを通る車の音。
みんな、みんな、今何処にいる?
頼む、無事でいてくれ!
優は、不安で唇を噛んだ。
そう言えば、一つ目を一匹消した後、優が観月に表舎殿の神職や本殿の参拝者の安全を尋ねたら、観月は、自分が奥舎殿に戻って来る途中に神職に一時退避と参拝者の安全確保を指示したそうだが、参拝者の方は、元々神社の区域は二重の結界になっているので絶対に安全だと言っていた。
彼等も本当に無事だろうか?
優は、ただ、朝霧と顔を見合わせ困惑した。
「過去って言ったのに、どういう事だろう?」
どうしようも無く別棟に戻り、優は廊下でそう言い、朝霧の困惑した顔を見て自分の居た部屋の戸を開けると、目の前に尋女が正座してこちらを見ていた。
「尋女さん!良かった、無事だったんですね!」
優が駆け寄ろうとすると、朝霧が腕を出し止めた。
よく彼女を見ると、その姿がたまにもやもやと揺らぎ、そして話し始める。
「春光様、貴方がおられる所は、時の狭間でございます」
「時、の狭間?」
優は首を傾げた。
「私の力は弱まっていて、詳しく長く話せませぬが、己の住む世界に似た、違う世界と申しましょうか。貴方と朝霧様は身体をこちらの世界に置いたまま、魂だけがそこへ飛んでしまい、本来居るべき世界ではありません。私を含め女達は皆無事で、参拝者も神職も皆無事です。私はこうやって居るべき世界から歪みの無い水晶を通して話しをしておりますが、頼光様と西宮様と定吉様は、お二人と同じ様に身体だけこちらに残し、魂がすでに過去へ飛ばされてしまい、何らかの理由で春光様と朝霧様の魂だけが時の狭間に落ち込んでしまわれた様です」
姿が又ぶれては戻る。
「貴方の今の身体は、魂の具現化であって本当の身体ではありませぬ。しかし、そちらで身体に何かあれば、そちらの身体もこちらの世界にある本体にも変化がありますし、痛みなどの感覚はあると思います。そして、そこの世界を去ったなら、そこで起きた全ての事は忘れます。どうか、どうか、決して無茶はなさらずに。我々はこれ以上この荒清社に悪しき物が入らぬ様にいたしまして、必ずやそこからお助けしますので、今暫くお待ちください!そして…」
スクリーンの映画がブツ切れるように、途中で尋女が消えた。
そして、そこに残ったのは、丸く大きな水晶だけだった。
「たっ、尋女さん!」
優の叫びが部屋に響くと、ふと背後に何かが来た。
朝霧が素速く優を背に庇ってそれを見ると、視線はどんと下へ行き、それは以外と小さな二足歩行の神職の格好をした、くりくり大きい目をしたたぬきだったのでア然とする。
「尋女様の話しは終わったか?」
しかも、言葉を喋った。
何…これ、すっごく、すっごく、かわいいんですけど!
優は、置かれた立場を一瞬忘れ、見惚れて内心喜んだ。
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