第31話水晶
「瀬奈さんを、何処へやった?」
瀬奈に向かい優は目を眇め、地を這う様な声で尋ねた。
サッと朝霧が前へ出て、優をその背に庇う。
瀬奈は一度無視して、手の、尋女が持っているのと同じ様な水晶の玉を大事そうに撫でる。
そして、優達に向かい優し気に微笑んだと思うと急に別人の様に目が釣り上がり赤く染まり、凶悪な顔付きになった。
「大丈夫だよ、観月春光。女の意識は今、深く眠っているだけさ…」
ニヤニヤ嗤う瀬奈を、優と朝霧がキッと睨む。
声は瀬奈だが、彼女が出すにしては低過ぎる。
「おお怖い怖い。でも本当さ。魂が宿る生きた人間を使わないと、この水晶は清過ぎて我には触れないからねぇ…」
「藍か?お前、藍の手下か?」
優が問うと、瀬奈を借りたニヤけた魔物が急に優を睨み返し、背後の黒い気が膨れ上がり、暫く嫌な、ジリジリと何かが燃える音だけが部屋にする。
「あの方を呼び捨てに出来るのは…あの方の御母上様かお前位だ。勿体ないね…その力で藍様をお助けすれば、この世の何もかも全てが思いのままになるかもしれないのにさ。なんなら、お前が元居た世界に帰える事が出来るかもしれないよ…」
「何を…」
優が唇を噛む。
朝霧は一度優を横目で見たが、再び魔物を睨む。
「お前が、その背中のガキや人間如きの為に働いた所で、お前も結局化け物だと罵られ、有る事無い事言われてコソコソ隠れて暮らさなきゃならないよ。そう、そう。しかも、お前が全て泥を被り、人間など助けにならないしさ。そのガキだって、水晶の物見の最中に気持ちが酷く乱れて集中できず、水晶の中に歪みが出来て、たまたま我をここに招き入れてくれたんだよ。そういっても、歪みに入るだけでもそれなりのこちらの力がいるけどさ。折角ここは完璧な結界に護られていたのにさ。確かに力は強いけど馬鹿なガキだよ」
千夏の腕が更にギュッと優にしがみつき、彼女の震えが更に大きくなる。
そこから、幼い子供の恐怖と贖罪が優に充分伝わる。
「大丈夫。心配する事ないよ…」
優は千夏の右手を優しく握ると、彼女はハッとして目を閉じた。
そして、朝霧が必ずや何かいい考えが有るのだろうが、動こうとしかけたのを、優が彼の前に腕を出して止めた。
「主!」
低く唸る朝霧を優が見上げ、首を横に振る。
「瀬奈さんなんだ…」
「しかし!」
優は、顔に感情が出ない様にアイコンタクトだけをとる。
今は、まだ動か無い様にと…
そして、近づく何かの気配を確実に感じつつ、時間稼ぎに魔物に話し掛けた。
「そう言っても残念だけど、藍は俺の肉を食うつもりらしいんだけど」
フっと、魔物は鼻で笑った。
「藍様は、お前も傷一つ付けず連れて来る様にと我におっしゃった。大丈夫さ。お前が藍様の言う事を黙って聞きさえすれば食われやしないよ」
「さぁ、それはどうだろう?」
優は言うと同時に朝霧を右側に軽く押し、真ん中を開けた。
突然、走り来る音もさせず気配を消し観月が廊下の角を曲がり来て、人間離れした速さで部屋に入り、瀬奈の顔に向かって懐から出した札を飛ばした。
そう、多分、観月がするだろうと優が想像した通りの行動をしたが、どうして分かったのかなんて、そんな事は今はどうでも良かった。
だが、目にも止まらぬ速さの札は、額に届く寸前で魔物の手で簡単に払われる。
そして、その瀬奈の右の手の平に突如大きな口が現れて、観月に向けられた。
「観月さん!」
優は腹の底から叫び、千夏を降ろし観月の前に立とうとし身体を動かす。
その声は、優自身の大切なものが傷つけられそうな時の様に鬼気迫っていた。
だが、その動きを朝霧が封じて、千夏を背負ったまま優は朝霧に抱かれ右奥へ下がらされる。
「朝霧、主を頼む…」
一度は優の叫びに身体をピクリと反応させた観月だったが、前を見据えたままどこまでも冷静にそう言うと、魔物に向かいニィっと口角だけ上げた。
ガバッと、大きな牙の生えた手の口が開き、そこから出るなんてあり得ない位の赤黒い火球の様な大きな邪気が観月に向かい飛ばされる。
「頼光!頼光!」
朝霧に抱き押さえられながらも、優は腕を伸ばし絶叫した。
優は頭の中が真っ白な今、何故自分が観月の名を呼び捨てにしているのか、そんな事は考える余裕すら無い。
しかし、それはまるで…
優の前世春陽が、臣下であった観月の前世西宮を呼んでいる姿を彷彿とさせた。
激しく音を立て、邪気玉の風圧で襖や障子戸が何枚も飛ばされ、縁側の縁柱も一本が折れて吹っ飛んだ。
朝霧は、優と千夏を部屋の壁に寄せて自分の背中を盾にして全身で護る。
風が止み、優の髪に唇を付けていた朝霧が、抱いていた優と目が合う。
そして、優は、千夏の無事も確認したが…
「よ、頼光…頼光…」
無惨に破壊された部屋から、優は青ざめながら恐る恐る外を見た。
庭は、木々も折れて辺りの草木も爆発の後の様にズタズタに。
そんな中、観月は、超人的な跳躍力で後ろ向きに庭へ飛んで玉を魔刀で受けて消し、そこに立っていた。
つぅーと、右の頬が少し切れて、血が、観月の美しい顔を唇の横を流れていき、彼は舌でペロリとそれを舐めて又魔物に向かい不敵に笑った。
まだ解決していないのに、傷が小さくて優は少し安堵する。
だが、瀬奈の身体が、右へ左へ後ろへ、嘲笑うように色んな所へと瞬間に移動した。
観月はそれをずっと冷静に見ていたが、ある瞬間、どの方向からいつ又攻撃が来るのを見極めて、その前に又懐から札を出し飛ばした。
ギャーっと声が上がり、札が瀬奈の額に今度はピタリと貼られた。
朝霧は即座に反応して、顔に札が貼りつき喚き苦しむ瀬奈の背中を刀の柄で打つ。
断末魔の悪鬼の様な声を上げ、黒い一つ目が瀬奈から抜け、朝霧がその肉を素速く魔刀で二つに断ち斬り、その力で消した。
そして尚、瀬奈の身体が畳に倒れ込む前に、その身体を受け止めた。
「あれだけじゃ無い。もう一体いるはずだ」
部屋に戻った観月が、チッと舌打ちした。
だが、次に優の身体を反転させ、自分と向かわせると、上部で髪を結んで出ていた優の左耳辺りに自分の右手を置き顔を上げさせ尋ねた。
「春光、大丈夫か?千夏も?」
観月のいつもの、誰に対しても高飛車な表情が陰を潜める。
優は、観月の無事な顔を見上げ酷く安心したのと同時に、気持ちが昂り言葉を失っていた。
「ん?」
観月が、とても優しい声を出し、優を見た。
いつも冷ややかに光る観月の瞳が、今は少しだが笑っている様に優には見えた。
優は観月の顔の、すでに止まったがまだ乾かぬ出血の縦に走る跡を、見上げながら優自身の袂でそっと拭いた。
以外と観月は、されるがままだった。
「俺と千夏ちゃんも大丈夫。でも、瀬奈さんが」
優が瀬奈に走り寄ろうとすると…
「あら?私…どうしたのかしら?」
瀬奈がキョトンとしてのんびりした声を出し、朝霧の腕の中で目覚めたので、優達は息を付き安堵した。
「あの化け物、神社の結界は破れてないのに、どうやってここへ入りこんだ?」
冷静そうな観月の口調の端々に、イラ立ちが見える。
まさか、千夏の所為とは言えず、優は朝霧と互いの顔を見た。
「玉を盗む気でいたなら、尋女がもう一つ持っている」
瀬奈の手から畳に落ちても傷ひとつ付かなかった玉を拾い、観月が眉間に皺を寄せた。
「この玉は、昔、龍神の目だったのだ。だから、二つ有る…」
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