第30話いかずち

「大きな一つ目の化け物がいる」



優は、男らしい腕で強く護ろうと腰を抱いてくれている西宮を見上げた。



「私にはそこまで見えませんでしたが、馬鹿な…荒清の龍刀の結界で護られているこの舎殿に悪しきものが入ってくるなんて…」



西宮が眉根を寄せた。



「やっぱり、千夏ちゃんが危ないかも!」



優が言うと二人は、再び彼女の元に走った。



今度は足音など気にせず、ずかずか部屋に入り込む。



優は、まだ穏やかに眠る千夏に一瞬安心したが、彼女を揺すって起こすと、まだ寝ぼける彼女を背負おうとして、それを西宮が自分がと代わると言った。



だが、西宮が刀を片手にしゃがんで背中を見せると、やはり千夏は申し訳なさそうにしながらも躊躇したので、優がすんなり背負って部屋を出た。



朝霧さんが付いてるから絶対安心だけど…



「瀬奈さん達も危ない!」



優が西宮に訴え、三人は尋女の部屋へ向かおとした。



ヒュンッ、ヒュンッと空を切り、目の前の、廊下の交差している所を右から左へ影が過ぎる。



何が目的だ?

俺か、千夏ちゃんか?

何か探しているのか?

それとも、わざと煽って楽しんでる?



しかも、もしかして、一匹じゃないかもしれない…



嫌な匂いが…



きつい、不吉な血の匂いが漂ってくる。



そう考えを巡らす、嫌な汗が流れる優の背中に、千夏の可哀想な位の震えが伝わってきた。



兎に角、ここに居る女性達を守らないといけない。



優が走り出そうとした時、前から朝霧が走って来た。



「主!」



「朝霧さん!」



朝霧と強く目が合った瞬間、優の、血の匂いからの身体の強張りがかなり緩んだ。



叫んだ優は彼に西宮とかけ寄る。



「瀬奈さんが、厠へ行くと言って出たきり、なかなか戻ってきません!それにさっきから…」



朝霧も、すでに抜き身の刀を持っていた。


「居る。一つ目の化け物が…一匹じゃないかもしれない…」



優の言葉に、朝霧が頷いた。



その後、朝霧もやはり千夏を背負うと言ってきた。



先程の西宮の時と違い、珍しく千夏は、なんとなくそっちへ移ってもいいかも…という顔をした。



だが、優にはそれが見えなかったし、又目の前を黒い塊がよぎって行き、色々かける時間も無く、多分無理だと丁寧に優は断った。



「主は、安全な部屋へ。さっ、行きましょう」



朝霧が優の手を取り引いた。



だが優は、その体勢のまま動こうとしない。



「瀬奈さん、尋女さん達や、女中さんが!」



「貴方が…貴方が一番大切なんです!」



朝霧は、優をグイッと引っ張り自分に近づけて、痛い位右手を強く握り、冷静に、けれど、愛の告白の様な強い声で囁いた。



眇められた朝霧の視線の強さに、優は一瞬、そのままさらわれてしまいそうになってしまった。



しかし、



それは、朝霧さん達は幕府にそう思えと言われてると思うが…



自分も何かしないと!



そう優が行くのを拒否しかけた時、西宮が止める。



「尋女殿達は、私が必ずお助けします。主は、千夏さんを御守り下さい」



「西宮さん!」



「さっ、早く。貴方との約束だけは、何があっても必ず守りますから」



西宮は、こんな時も余裕の王子様スマイルだ。



「主!我が君!我が君!」



定吉が優に向い、大声でそう叫びながらこちらへ走り向かって来たのを、西宮も走り彼を途中で捕まえて言葉を交わすと、彼等は二手に分かれた。



「千夏ちゃん。しっかりつかまって!」



もう彼等に任せて、先に千夏だけでも安全な場所へと優は意を決すると、細い幼い腕がひしとしがみついてきた。



彼女を背に、朝霧の手を握り彼と共に走る。



優の手は朝霧に固く握られ、何故かそこが、チリチリと熱い。



こんな時は、馬鹿程広い奥舎殿が本当に無駄に優は感じた。



長い廊下を一気に駆け抜け様とすると、不意に見逃しそうな位、少しだけ襖の開いた部屋が優の気をかなり引き、朝霧の手を引っ張り立ち止まる。



「どうしました?」



優は、朝霧の問いに彼を一見したが、ざっと思いっきり襖を開けた。



目の前に、螺鈿の棚にある桐の箱から水晶を取り出し手にした瀬奈がいた。



「瀬奈さん!良かった、無事で!」



優が声を弾ませた。



しかし、すぐ、違和感に気付く。



いや、違う。瀬奈さんだけど、瀬奈さんじゃ無い…



優に危険な直感が、いかずちの様に激しく突き刺さった。



その時、本殿では、たおやかに流れる雅楽の中、観月が若い男女の結婚の儀を、完璧で美しい所作で厳かに執り行っていたが、観月は何かを感じとったのか急に動きを止めて、助手の神職や新郎新婦や多くの参列者を大困惑させたかと思うと

、急に後を頼むと言い助手に任せてその場を放り出し、突如走り出た。






















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