第20話花衣

自分に与えられた部屋に戻った優は、一人だけ用事の無かった朝霧と二人きりになった。



小寿郎も、どうして自分に付いてきたのかと未だ聞けないまま、猫の姿でさっき黙ってふらっと何処かへ出掛けて行った。



あの物事に疑り深そうな自称兄が、喋る猫を見ても一切動揺せず、邪気が無いからと放っておいてくれるのは幸運だ。



静寂が支配し、観月、西宮や定吉と一緒に居る時と別の、又何か緊張感のある雰囲気になる。



すると、朝霧がおもむろに尋ねてきた。



「障子を開けてもよろしいですか?」



「あっ、ええ、どうぞ」



「主、庭に、是非見て頂きたい木があります」



朝霧は、庭に面した方のそれを開けた。



眩しい光が、一瞬で広い部屋に広がった。



暇が無かった為、優は初めて部屋から外を見る事が出来た。



縁側に出ると、左側に大きな桜の木が見え、思わずその花の美しさに感嘆の声を漏らした。



置いてあった履き物を履いて、優は子供の様に庭へ飛び出した。



「凄く綺麗だ…」



大きさから、かなりの樹齢だろう。



立派な太さの幹を撫でると、心地良い風に薄紅色の花びらがハラハラと舞った。



「荒清社が出来る、そのずっと前からここにあるそうです…」



そう言いながら、朝霧が近づく足音がした。



何気に彼を振り返ると、彼が静かに、しかし射抜く様に優を見詰めている気がした。



この感じ、優には概視感があった。



この桜、あの初めて朝霧に助けられた時に、走馬灯の様に脳裏に浮かんだ時のやつかも…



あの時、自分に似た男は、朝霧に似た男に後ろから抱かれていた。

そう、穏やかに、幸せそうに…



「そう、なんですね…」



優は朝霧に笑い掛けると、その回想に思わず顔が赤くなるのを隠す為、前を向き、花を見上げた。



あの、抱かれていた自分が事実なら、朝霧自身もそんな優を抱く過去の彼自身を何処かで見たりしているのだろうか?



そう考えるて、すぐハッと我に返った。



何考えてんだろ…俺。

朝霧さんも俺も男だし、あの脳裏に浮かんだ映像も、ただ脳がバグっただけだろうし…



そう思いながらも、これとは別に以前から気になっていた事を思い切って聞いてみようという気になった。



「あの…朝霧さんは、春光さんとは幼馴染だったんですか?」



全て言い終えると、静かに朝霧の方を振り返った。



朝霧は突然で少し動揺したが、優を見据えたまま暫く沈黙した。



その内、ゆっくり朝霧の唇が動いた。



「ええ、そうです。幼い頃、貴方と私はいつも一緒でした。私は、ずっと貴方に、貴方に又会える事を信じて生きてきました…」



この一瞬も、花衣は風に攫われ散らされていく。



春の光は、夢の様に、おぼろげに、足速に消えて逝く。










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