第19話深まる謎
「…ル…ル…春光!いつまで寝てるつもりだ!」
翌朝、優がその声で目覚めると、又装束姿の観月が仁王立ちで、冷静な視線で彼を見下ろしていた。
夜は、あんなに優しかったのに…
優は、そう思いながら仰向のまま黙って暫くその姿を眺めた。
「何だ?」
訝し気に観月が聞いて来た。
「何でもありません」
優が微笑むと、観月は無表情でクルリと踵を返し、そのまま部屋を出て行こうとして一度立ち止まった。
「それから、そのだらしない寝相と浴衣、なんとかしろ」
振り向かずそう断じてと言うと、足音無く行ってしまった。
「まぁ、確かに…でも、浴衣に慣れてないからなぁ…」
口煩い自称兄だが、優が起き上がって自分の目覚めの姿を新ためて見ると、布団もくちゃくちゃで、胸もはだけかけていた。
「浴衣なら、その内お慣れになりますよ。それに、寝相の悪いのは、私はお元気でいいと思いますがね。さぁ、主、お着替えしましょうか?それと、あの…今日も口元に涎が…」
じっと優の胸の辺りを凝視していた定吉だったが、昨日と同じ様に朗らかに笑う彼が、優の口元を優しく拭った。
もう、朝霧達の朝稽古は終わっただろうか?
明日こそは、自分でもう少し早く起きようと優は思った。
朝食の後、優はどうしても帰城しなければならない中尾と再び接見した。
こちらから昨日の事を謝罪すべきと思っていたが、先に三指を突き、ひたすら頭を下げたのは中尾の方だった。
「申し訳ございません。永きに渡り江戸城の護りにとお預かり申し上げていた春光様のお刀を、先日何者かに盗み出されてしまうという失態を犯してしまった責任は、この中尾が、どの様な処罰も受け賜る所存で御座います」
畳にめり込むのでは無いかと思う程平伏す姿に、優は困惑し観月を見れば、観月は、本来なら切腹ものだと、自分の父親と言っていい程の年齢の中尾に尊大に断言したが、中尾による刀の捜索を優先し、当日刀を警護していた者とまとめ役の上官の高い地位と報酬を剥奪とする事、彼等の数日の禁錮で今回は様子を見ると決着した。
中尾の話しでは、将軍家としてもすでに捜索しているという事だったが、未だ何の手掛かりも無いと言う。
そして、幕府内では一部の人間しかまだその事を知らないが、護り刀が無くなった事で、永松家に又、何か良からぬ事が起こるのでは無いかと言う者が居るという。
中尾は浮かない表情を浮かべたまま、昼食後、数人だけの共を連れ、裏門から人目を忍んで帰路に着いた。
昨日聞いたアレとは、正に春陽の魔剣の事だったのだ。
その後優は、観月達四人と小寿郎を連れて、再び床に付いていた尋女の元を訪れた。
今日の彼女の顔色は、若干良さを感じられた。
「俺を襲った、あの藍と言う男が刀を盗んだんでしょうか?」
優の問いに、彼女は項垂れた。
「それは分かりません。水晶を持ってしても…」
「あの男は、その、春陽さん達が倒したのではないのですか?」
答えに間が空いた。
「倒したと、文献には記されておりますが、詳しい話しは余り残っておらず、どう戦ったのか、最後はどうだったのか、戦いの終わった後、春陽様がどうお暮らしなさったのかさえ分かりません。もしかしてですが、何者かが、わざわざ文献を始末した形跡も有ります」
「そうですか…」
優は、畳に視線を落とした。
「だだ、あの男は、又貴方様の御命を狙っておるのだけは確かな上、盗まれた刀は、貴方様の血で出来た貴方様の分身の様なもの。探し出し取り戻さければどの様な事になるか…どうかくれぐれもお気を付けください。しかし、永松の家も、無理矢理貴方様の刀だけ己が城に城護りだと奪っておいて、みすみす盗まれるとは…」
尋女は顔だけ優に向けて、更に静かに続けた。
「ただ…淫魔を滅しなければなりませんが、元を正せばその根源を呼んだのは人間の方。そして、いつもその力に取り憑かれて事を起こすのも、人間の弱さと醜さで御座います」
「はい…」
優が静かに頷くと、背後で人知れず西宮が目を伏せた。
西宮は、ここでは自分と朝霧と小寿郎しか知らない、もう二度と会う事の無いだろう、純真だと疑わなかった梨花のもう一つの顔を思い出した。
無論、とうに婚約は解消していたから、彼女が誰と何をしようと自分は何か言うつもりも無い。
しかし、復縁したいと、自分の子供を産みたいと熱く言って来たその日の夜にあの姿は、本当に心底驚愕した。
そして、もし、あの口ぶりから、梨花が主を貶めるのに敵に加担していたなら、調べてあるべき処分を下さなければならない。
「春光様は、向こうの世界に帰りたいとお思いですか?」
尋女が、突然に以外な質問をした為優は動揺した。
帰りたい。
それは帰りたいに決まってる。
でも…
「これから自分がどうなるか分かりませんが、今すぐは無理でも、いつかは帰りたいとは思います。あっちには好きな人もいますし…」
優は正直に言ったつもりだが、無論ここで言った好きな人と言うのは、現代の東京の父と母の事だ。
だが、背後の朝霧等五人には、恋愛関係の人間の事だという印象と誤解を深く与えてしまっていた。
五人は、いつか帰りたいと聞き、自分達がそれぞれ顔には出さないが内心酷く動揺している事に、その感情に戸惑った。
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