第18話帰路
優が小寿郎を抱えながら、灯りを持つ西宮を先頭に、朝霧に背後を守られて川沿いの帰路を行っていると、向こうからランプを持つ人がかなりの速さでこちらへ向かって来た。
「主!」
仄かな光の中、定吉が歓喜の声を上げた。
「主!主!」
「うわっ」
定吉が、小寿郎ごと優を軽々抱き上げた。
「何処かケガは、痛い所は?」
定吉は、まるで小さい自分の子供を心底心配して聞いている父親の様で、優は首を横に振り、申し訳なさに顔を歪めた。
「本当にすいませんでした…」
「定吉!」
朝霧が背後から咎める。
だが、言われた本人は悪びれない。
「貴継様、これは決して邪な気持ちからでは有りませんから御安心を」
はぁ…と朝霧の溜息が漏れた。
「春光様、良かった。ご無事で、本当に良かった。観月様もまだ探しておられるでしょう」
定吉から出た観月と言う名に、優は体をビクリとさせた。
彼はどんなに怒っているだろうか?
あの絶対零度の視線で睨まれると思うと、背筋が急速に冷えて表情も強張る。
「許してくれないかも…」
優の呟きに定吉は、身体に似合わず優しく囁いた。
「観月様なら大丈夫です。けれど、もし許していただけないなら、私は主に付いて何処へでも行き、共に生きて参りますから」
何故、知り合って間の無い自分にここまで言えるのか?
やはり、前世の血の盟約が関わっている部分が有るのだろうと思うと、優は湧いてくる複雑なものをそっと飲み込んだ。
途中、捜索していた神職や幕府の用人何人かと合流し、やがて暫く行くと又灯りが見えた。
駆け寄って来たのは、観月だった。
彼は少し優等と距離を空けて止まるといつもの彼らしくなく、酷く息を切らせて汗を額から流していた。
暫く、そんな彼の姿を以外だなと優は瞠目していたが、後ろから定吉に肩を掴まれた。
「なんなら、御一緒に謝りますが…」
定吉の提案は心底有り難かったが、優はニコリと笑って見せた。
「大丈夫。ちゃんと一人で謝ります」
小寿郎をその腕から放し、優から観月に近づいた。
暫く言い淀み、優が謝罪しようと口を開いた瞬間観月の腕が上がり、てっきり頬を叩かれると覚悟して唇を噛んで目を閉じた。
だが、その予想は、驚く形で裏切られた。
気づけば、優は観月に抱き締められていた。
「済まなかった。春光…私が、事を急ぎ過ぎた…」
観月の声に、いつもの余裕が感じられない。
「俺の方こそ、すいませんでした…」
優が戸惑い気味に抱き返し、更に顔を彼の胸に寄せると、彼の熱い体温と香の芳しい匂いを感じ、速い鼓動が聞こえた。
「もう、いい。無事ならもう、いいんだ。帰るぞ、春光…」
こんな声も出せるのだと驚く程、観月の声は、別人の様に甘く優しかった。
すっかり夜も更けていたにも拘らず舎殿に戻ると、千夏と小夜、尋女、中尾も眠らず優を待っていた。
特に千夏は、興奮して寝ないとぐずり姉をかなり困らせたらしく、優の姿を見ると駆け寄って、その腰に黙って抱きついて来た。
「ごめん、千夏ちゃん」
優は、抱き上げて抱擁した。
何か、彼の危険を察していたかの様に、無表情でも、言葉は無くても、千夏が心配してくれていたのがよく分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます