第16話蔵の中

「失礼いたします。お布団を引かせていただきます」


商家の若い美しい女中が、蝋燭の灯りをかざしながら蔵の階段を上がって来た。


優は真っ暗な中、色んな事が有り過ぎて、膝を抱えたまま気を失うようにほんの短い時間眠っていた。


「ありがとうございます」


正座し直し力無く言う。


女中は手際良く引き終えると、座って下を向いていた優をじっと見詰めてきた。


「どうか…しましたか?」


優が不思議そうに見ると、女はスルスルと自分の帯を解いたかと思うと着物を脱ぎ、下の薄い白襦袢だけになった。


そして、艶のある妖しい微笑みと共に、衿元をずらし白い両方の肩から鎖骨を出した。


「なっ…何ですか!?」


優が顔を赤くしながら顔を引き釣らせると、女はどんどん近づいて彼の前に来た。


「梨花様に、貴方様の夜のお世話をする様いいつけられましたので…」


「そ、そんな事、頼んでません!」


立ち上がり眉間を寄せハッキリ拒絶すると、女はどんな男も逆らえないような、優しさと淫靡さを溶かせ合わせた微笑みを浮かべると、優の右手を優しく取り自分の豊満な胸に導こうとした。


「俺、出て行きます!」


優はなるべく穏やかに自分の手を取り戻すと、壁に背を付けたまま右手へ移動し、走り出そうとした。


「なっ!?」


ガシッと左手首を捉えられる。


しかも、女性とは思えない強い力で。


そのまま女が身体を押しつけてきて、優は壁との間に挟まる。


押しのけられないこの力の強さ、普通じゃ無い。


そう思った時、女は、滴るような色を滲ませた笑みを浮かべた。




朝霧が商家に着いた時、店内に入ったすぐの土間にすでに西宮が居て、この家の奉公人の男と揉めていた。


「只今主人と奥様は不在でして、今暫くこちらでお待ちください。すぐ、すぐ梨花様をお呼びしますので」


男はえらく慌てた様子で、店内より奥に上がりこもうとする西宮を両手で押し止めていた。


「待てん。梨花がいつも泊まる部屋はこっちだったな!」


業を煮やした西宮が草履を脱ぎ、畳の上に上がり、店と続きの私邸の奥へ入って行き、朝霧達も後に続いた。


「どうか、どうか、お留まりを」


男の小声の必死の懇願を皆無視してどんどん行くと、やがて西宮がある部屋の前で止まり、障子を開けた。


「り…か…」


ランプをかざす西宮の目に、乱れた布団の中、裸の梨花と見知らぬ男が横たわっているのが映った。


周囲には、脱ぎ散らかした着物や下着が散乱していた。


梨花は目覚めると、最初少し寝呆けていたが、すぐ目の前に未だ恋しい元婚約者や朝霧がいるのを見て酷く驚愕し青ざめた。


「雅臣様…」


西宮は怒るでも無く、ただ酷く哀れみの籠もった目を向けた。


たが、梨花はそれが気にいらず、上半身を掛け布団で隠しつつ起こすと、くくっと笑い、吐き捨てるように彼に言った。


「これを見ても、やはり貴方は少しも怒って下さらないのですね。でも、これも全て雅臣様が悪いのですよ。今頃雅臣様の大切な御美しいあの方も、蔵の中で私と同じ様に汚れておいでだわ。所詮誰も一皮剥けば同じですわよ。雅臣様…」


ハッとして、西宮はすぐ横の廊下の雨戸を開け放ち飛び出し叫んだ。


「蔵は、こっちだ!」


西宮、朝霧、小寿郎はそちらへ走りだした。


「俺は、こ、これで…」


梨花の横の裸の男は、暗がりで、脱ぎ捨ててあった着物を手探りで急ぎ探し小脇にすると、そそくさと逃げて行った。


「くくっ…」


梨花は自嘲する様に笑いながら、両目から涙を零した。





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