第14話血のプレッジ(盟約)
「前世って…」
「今の貴方様は、春姫様のお産みになった春陽様の産まれ代わりでございますれば、どうか、この玉をご覧下さい。貴方様の力があれば、もしや私が見たものと同じものが見られるやもしれません」
そう言うと尋女は小夜に、箱から大きな水晶を取りださせ、彼女にそれを優の前に置かさせた。
だが、それは、なんの反応も示さない。
「そ、それで、春姫様は、その後どうなったんですか?」
優は、身を乗り出した。
頼宗は、春姫の全てを受け入れ結婚し、春姫は夫からのみ血を与えられ、彼との営みのみで性欲を満たし、その愛でやがて心の傷が和らいでいった。
彼は、春陽を自分の子で無いにかかわらず愛し養子にし、やがて春姫と頼宗の間にも男児春頼が産まれた。
「それが、あそこにおります、西宮様の前生の姿。何んの因果か今生は観月の家に産まれず、今の貴方様より先に産まれましたが、前生は、紛れも無く貴方様の弟君でございました。今の観月様が、前生では西宮家に産まれておいででした」
尋女の視線に合わせ、優は西宮を見た。
彼は、切な気に優を見て微笑んだ。
この気持ちは?
優に、なんとも言えない感情がせり上がってくる。
その二人の様子を、観月がチラリと見て、今度は彼と優が目が合った。
だが、西宮の時とは又違うなんとも言え無い緊張感が漂うと、観月の方から気まず気に視線を外してしまった。
「それで、あの、ち…」
父、と言いかけて、優は慌てて言い直した。
「淫魔の二人は、どうしたのですか?」
「力を取り戻した蓮は、身体の弱り切った翆を抱き、その場から何処かへ消えたと弟子の日記には書いておりますが、それから先は、もう人の子は誰も知る由もなき事かと…」
尋女は続けた。
義理の息子の愛人となった椿の力は絶大となり、横暴な目に余る振る舞いも増えた上に更に淫行に歯止めも効かなくなる。
尚一切年を取らぬ美しいままの彼女は、魔物だなんだのと影で囁かれ恐れられたが、一族では誰も逆らう事が出来なかった。
その内、中京の大名、永松家が頭角を現し、魔物が支配していると悪名高い都倉家を嫌悪して激しく対立した。
やがて、永松家の周りに、美しい銀髪の男が現れて不気味な事が次々に起こり始めた。
銀髪の男は、椿と翆との間の子供だったのだ。
遂に一族の危険を感じ恐れた永松家は、銀髪の男と同じ力を持つ春陽に助けを求めた。
元は、春陽も都倉の縁者であったが、椿が実権を握るようになってからは、すでにかの家とは絶縁状態にあったのだ。
戦いは、長く苦しいものになる。
それを悟った春陽は、信頼できる男四人に自分の血を混ぜ打たせ魔力を付け、邪悪な者を滅ぼせる刀剣を与え、それが使えるよう更に自分の血を彼等に飲ませた。
だがその血には、副作用もある。
淫魔の血は、同族には影響ない上、人間が飲めば淫魔にはならないがその者を隷属させる事が出来た。
その血を受け継いだ春陽のそれも又然り。
春陽と男達は、椿と銀髪の男を滅ぼし、やがて永松家は過酷な戦国大名達の戦いを制し、天下統一を成し遂げた。
「西宮様だけで無く、観月様、朝霧様、定吉様は、今生では確かに永松家の命令と自らの一族の為に貴方様に奉公する事になりましたが、前生では貴方様の血を飲んで盟約を交わした、貴方様の下僕でございました」
尋女が言い終わると、澄んだ玉が明るく光り、次に、紅い炎の色が部屋を広く染めた。
優と長尾は驚き、一瞬後ろへ引いたが、他の者は微動だにしない。
やがて優は、引き込まれる様に水晶の中を覗きこんだ。
神職の振る鈴の激しい音と何人もの経を読む僧の大きな声が聞こえて来てた。
暗い部屋の中、激しい大きな炎を中心に、四方に今と顔、身体の変わらぬ朝霧、観月、西宮、定吉らしき武士が正座していた。
スッと横から別の武士が入って来て、優はその顔を見て驚愕する。
紛れもなく、自分そのものの姿だったのだ。
自分そっくりの男は、自分の左腕を曲げて心臓の高さまで上げると、躊躇もせず左ひじ近く表側に縦に小刀で切れ目を入れた。
すぐに、鮮血が肌を下に這い、木の床にポタポタ落ちる。
彼はそのままで痛みを見せず、朝霧の前に来た。
彼が下を向くと、朝霧が彼を見た。
朝霧の両眼は、ただ美しい程に真っ直ぐ優そっくりの男を見上げ、右足だけ立てて、その傷口に唇をそっと付けようとしている。
「ダメ、ダメだ貴継!その血を飲んだら!貴継!」
優はガバッと立ち上がり、玉の中に向かって絶叫した。
だが、
何故、下の名で呼んだのか?
自分で無い、誰かが自分の口を動かせた様な違和感に固まる。
そしてその声に反応した、その中の朝霧と目が合う。
急に辺りの光は玉に吸い込まれ、やがてそれは何も映さない、静かな透明を取り戻した。
はぁはぁと息を荒げる優は、この世界、壁近くで苦悶の表情を浮かべていた朝霧とも視線が合った。
気が付けば感情が乱れて暴走し、優は走り出し部屋を飛び出していた。
「主!」
朝霧、観月、西宮、定吉が同時に叫んで後を追った。
廊下に待機していた神職や武士達も、驚きながら優を捕まえようとした。
しかし、今の優は、現代にいる時より何故か身体能力が上がっていて、走る足に只人は付いて行けず、朝霧等四人のみが互角の速さを出せていた。
だが、なかなか優を捕まえられない。
観月はこんな時、式の紫炎が使えたらと追いながら思った。
彼は、先日の銀髪の男の攻撃を受けて、今も酷いケガが治りきらず呼べる状態では無い。
更に、他に四人いた式も、優を迎えに行った日以前に二人が銀髪の男に消されてしまった上に、残り二人も紫炎と同じ状態にされてしまっていた。
優は、方向も分からぬまま奥舎殿内を走り抜け、足袋のまま外へ出て、広い裏庭を突き抜け、何故か高く跳躍出来ると直感した瞬間、舎殿を囲む高い築地塀(つきじべい)の上の瓦に飛び乗った。
これは、魔物の血が入っているから?
自分でやっておいて、こんな事が出来るようになった自分に驚くと共に、罪悪感が湧いてくる。
彼は自分の名を必死で叫ぶ朝霧達の姿を一度振り返り見ると、そこから飛び降り、向こう側へ姿を消した。
ズシャっと地面を擦る音がした。観月が庭で朝霧に殴られ、飛ばされて地面に尻餅を付いたのだ。
「これで満足か、観月!」
朝霧が、腹の底からの怒声を出した。
唇の端が切れて血の出た観月は、そのままの状態でそれを拭い、殴った本人を下から睨んだ。
「こんな事をしている場合じゃない!早く主を!」
西宮の声は、叫びに近かった。
定吉は、すでに優を追って再び走りだしていた。
「ハルに何かあれば、お前を…!」
朝霧は怒気の籠もった低い声で観月を睨み告げると、西宮と裏門向けて駆け出した。
口内も切れて血の味を感じながらよろよろと観月も立ち上がり、そちらへ急ぎ外へ出た。
道に、白い紙の人型が落ちていた。
彼が優が塀を降りる時、遠くから飛ばした護身用の物だった。
自分の弟は、まだこれを跳ね返す術など持っているはずが無い。
ならば、誰が…
嫌な予感が駆け抜けた。
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