第5話四人の男2

訝しむ優に、観月が続ける。


「はい、我等は、荒清(あらきよ)神社の遣いの者で、貴方をお迎えに参りました」


「荒清神社?」


「貴方は、ご存知ではないですか?」


「えっと…」


色々思いだしてみたが、優には思い当たるものは無かった。


「荒清神社は、知りません…」


冷静そうな観月の瞳が、動揺したように見開く。


だかそれは、ほんの一瞬だった。


「やはりそうでしたか。貴方は、お小さい頃の記憶、五歳位の記憶は覚えておられますか?」


観月の質問に、優はハッとした。


「五歳位?…俺…俺は…」


初対面の人間に何処まで言うべきか言い淀む。


「俺は?…」


観月が、囁やく様に呟く。


さっきからの厳し目の口調で無く、僅かに子供に言う様に優しげに聞こえるのは、優の気のせいだろうか。


「記憶が無くて、五歳位までの。その頃、川で溺れたのか記憶を失くして、倒れていた所を知らない人に助けてもらって」


「そうですか…」


そう言うと観月は、深い溜息を着いたが、次には一瞬、沈黙の間が空く。


だが彼は、すぐ思い切ったように告げた。


「貴方は、十三年前に行方不明になった、荒清神社の次男、観月春光(はるみつ)です」


「?」


本当に自分に言っているのだろうか?


優は不思議そうに、黒灰色の瞳を見た。

けれど、


「かんげつ…観月って、確かあなたも、観月じゃ?」


すっと、観月が口角を上げた。


「そうです。私は、観月頼光。荒清神社の長男です。ですから、つまり…貴方の兄です」


「!?」


いきなり迎えに来たとか、どこかの次男だとかも現実味は一切なかったけれど、いかにも無愛想で冷たそうな目の前の男が兄?


優にはこれが一番あり得ない話しだし、付いていけない。


「助けていただいたのはとても有り難いと思っていますが、いきなり現れたあなた達が言った事をすぐ信んじろというのは…。第一、俺がその、春光さんだという、何か証拠でもあるんですか?」


優は、なるべく冷静を取り繕った。


「我等が怪しと思うなら、ここの主人にお聞きください。主人は以前荒清の社殿で、私が宮司で主人が参り人として会っていて覚えておりました。そして証拠なら、我等が荒清の巫女が、貴方こそが観月春光だと神託を下しました」


「神託、巫女の神託?まさか、それだけで、俺が春光さんだと?」


「いいえ、それだけではありません」


観月は、優の瞳を凝視した。


「私の弟は、瞳の色が青かった。そう、正に貴方のように…」


更にこれをご覧ください。


そう言い観月は、おもむろに腰から刀を鞘ごと取り、優の前でゆっくりと横にして抜いた。


妖しい、鋭い生身の刀光。


優は、ゾクリと身体を震わせた。


「そ、それは…」


夢で見た、あの輝きと重なる。


「これは、荒清神社の守護刀のひとつ氷野江(ひょうのえ)。長い間誰かに封印されて、どんなに力の強い者が抜こうとしても一切鞘から抜け無かった。ですが…」


観月は、目を眇めた。


「あの時、貴方が身体から光を放った時、封印が解けた。私の持っている物だけではありません。他の三人の持つ守護刀もです」


「そ、それは、たまたま偶然では?」


思わずそれに手を伸ばしたい衝動を、優は堪える。


そして、じわじわと体温が上がってくる嫌な感じが始まる。


「ならば、あの、貴方の出した光、あれはなんだとおっしゃいますか?」


「あれは…」


出来るなら、夢であって欲しかったのに…


「それに、あの、あの男は、貴方が観月春光だから狙ってきたのです」


観月の言葉に、朝霧等三人の表情が歪む。


ハル…


あの男は、優をそう呼んだ。


蜜の様に甘く、氷の様に冷たく。


まるで誘惑するかのように。


思い出すと、急に汗が吹き出て顔に一筋流れる。


「このままここに居るのは、危険なのです。貴方も、そして、貴方だけでは無い。翁夫婦も…」


「辞めろ、観月!」


近くで見ていた西宮が、優の変化に声を上げると優の肩を抱いた。


キッと観月は西宮を睨むと、冷ややかに言った。


「西宮、今はお前が兄弟では無いぞ。今の春光の兄は、私だ!」


優しげだった西宮の目がキツくなり、観月を睨み返す。


普段の優なら、今は西宮が兄弟でなく、観月が兄と言う謎の言葉に反応したのだが、意識がボンヤリし始めた彼は、そこを聞き逃した。


「お爺さん達も危ない?」


優は、眉根を寄せた。


「辞めろ、観月、今日はもういい!」


朝霧が、観月の肩をぐっと掴んだ。


お互い膝立ちで睨み合い、観月も朝霧の胸ぐらを掴む。


「ちょっ、止めてください!」


身体の大きな男二人が、今にも殴り合いを始めそうな雰囲気に優が止めに入ったが、彼等はそのまま優を一瞥したが引こうとしない。


優が戸惑うと、定吉が間に入った。


朝霧と観月を引き離すと、溜息をついて観月の顔を見た。


「主を早く連れ帰りたいお気持ちは分かりますが、最近、いつもの貴方らしくありませんぞ。今日はもう辞めましょう、主も辛そうになさっている」


そう言うと、見た目では一番暴れそうな大男は、ニコリとして優の傍らに片膝を付いて座った。


「お爺さん達も危ないなら、外になんか出したら…」


ごく自然に、いつもそうするかのように、優は定吉の袂を握って彼に訴えた。


「ご安心下さい。ちゃんと近所の家に二人は頼んでありますし、観月様の頼りになる護衛もついてます」


「あの男は…誰ですか?俺の事、ハルって呼んでました」


優が袂を握る力を強めると、定吉は言いにくそうに下を向き、他の三人も視線を落とした。


「あの男、凄く、凄く、血の臭いがした」


思い出した途端に酷い寒気と目眩がして、優はそのまま定吉の胸の中に倒れて又気を失った。



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